第13話 尾行
「好きな相手ってどんな人なの?」
アドラーナの言葉に、視線を天井に向けたままチェインが少し考える。
「幼馴染みなんだ、彼女のお祖父様と僕の父さんは人魔戦争で長く一緒に戦った戦友でね。それで僕とエリシアもよく会う機会があった」
チェインはエリシアと初めて会った日を思い出した、綺麗な金髪に、自分の事を見て、緊張しているチェインに向かって笑いかけてくれた。
歳は3才か4才。
チェインの一番古いエリシアとの記憶は父親の脚の影に隠れながら見たエリシアの笑顔だ。
「ある出来事がきっかけで、10才くらいだったかな? エリシアにプロポーズしたんだ、そしたらエリシアに、「お祖父様より凄い大将軍になって、バルハラーより強い勇者になったら結婚してあげる」って言われて、それを真に受けて僕は大将軍を目指してるんだ」
こんな話しも、雰囲気を和らげるなら良いかと思い喋り出したが、チェインはなんだか気恥ずかしくなってきた。
「凄いですね、それでずっと頑張ってるんですか?」
ミーシャも面白そうに聞いている。
「それに、父さんみたいになりたかったのもあるし。他の何かになる自分を想像出来なかった」
チェインは今まで、自分の道を何も疑わずに必然のように歩んできた。
「それで本当に|万騎長(マルズバーン)になってるから、尊敬します」
「いや、ハッキリ言って僕1人の力じゃ
チェインの実力は間違いなく全
「凄いわね、その人」
アドラーナはエリシアが、チェインと出会った次の日の朝に家を尋ねた人だとなんとなく気付いた。
「うん、僕がここまで頑張れたのは彼女のお陰だ。こんな僕じゃ釣り合わない」
「チェイン様が結婚を申し込んだら、誰だって嬉しいですよ。絶対に」
「ありがとうレオナ、さあ、もう寝よう。明日は朝から引っ越しで忙しくなる」
ランプを消して、布団に潜る。
チェインは落ち着かない気持ちで横になった、この家にこんなに人がいるのは初めてだ。
意識すると眠れなくなりそうで、明日する事を考える。
(引っ越して、午後からは王都の僕の直属の部隊3,000人で演習がある。エリシアがいない状態では初めての演習だ)
何かを考えるたび、チェインはエリシアの事を考えてしまう。
(命令系統から少し弄る必要があるな、今まではエリシアが副官筆頭で、その後ろにウーラスとサームがいた。これからはウーラスとサームに僕の両翼を頼むことになる)
今のチェインの隊に、エリシアに代われる人物はいない。しかし、ウーラスとサームに並べる者もいない。
もう一人、指揮官級の人物を立てたいが、めぼしい人物が思い浮かばなかった。
(ん?)
寝床で動く気配がする、ゆっくり、物音を立てずに体を起こした、チェインはおおよその場所からそこにいたのはアドラーナだと分かった。
アドラーナは立ち上がり、チェインが金貨の袋を放り込んでいるチェストから金貨の詰まった袋を1つ取り出して家を出ていった。
(誰かに会うんだろうか? それより、こんな夜中に一人歩きが危険だ)
どちらにしてもついていくのが良いだろう、そう思い、チェインも音を殺して立ち上がった。
外に出ると、離れた位置にアドラーナの後ろ姿が見えた。
宵闇の中に揺れる真っ白な髪が月明かりに照らされると白銀のように輝いて見える。
その髪の輝きに、チェインは既視感を覚えたが、逸れる思いを振り払って尾行に集中した。
チェインはアドラーナの後ろを物陰から物陰へと移りながら追っていく。
(どこへ行く? やっぱり、傭兵と繋がりが?)
アドラーナは建物を確認しながら、道を確かめつつ早足で歩く。
進んでいるのは中区の方、繁華街がある方向だ。
(傭兵崩れが多いのもそっちの区画だな)
チェインは徐々に増えてきた人の流れに紛れ込む、この辺りは夜も眠らない。
酒場や色町にはあちこちを転々としながら生活する冒険者が多い、彼らは魔物を専門とした戦士だ。
行儀が良いとは言えない彼らを相手に商売をするのが傭兵崩れがまた多い、ここはそんな血の気の多いヒームが集まっているので喧嘩や揉め事は日常だ。
そんな場所に、夜中で1人女性が出歩くのは安全とは言えない。
チェインが(大丈夫かな?)とアドラーナを見ている最中、案の定アドラーナは酒に酔った冒険者に絡まれている。
チェインの所までは喧騒に紛れてなんと言っているのかは分からない、冒険者も魔族に対して根強い差別意識がある。
冒険者がアドラーナの手首を掴んで強引に引っ張った時、チェインはたまらず止めようと走り出した時だった。
アドラーナの両手に魔力が籠り、掴まれていない方の手を冒険者の脇腹に当てると冒険者が3メートルは吹っ飛んだ。
「なっ」
チェインが驚きに声をあげるともう一人いた冒険者もアドラーナに殴られ同じように吹き飛んだ。
2人をあっという間にやっつけると、アドラーナはすぐにそこから走り出した。
チェインは倒れた冒険者を見に行った、見たのは最初に飛ばされた男。脇腹は着ていた革鎧が弾けて生身が見えている。
凄まじい威力だ。
出血こそしていないが真っ赤になっている、生きていたら明日は脇腹が茄子のような色に変わっているだろう。
(これは、間違いない。魔力を拳に込めて当たった瞬間に弾けさせる簡単な、魔法というよりも魔力の手遊びのような物だ。昔、見たことがある。けど、こんなに高威力になるのか。凄い練度だ)
チェインは姿の見えなくなったアドラーナを追った、見失ったアドラーナを探し、路地を一本一本覗きながら走る。
大きな十字路まで行き、どちらだろうと周りを見ると、そこはアドラーナを引き取った奴隷商の近くだった。チェインはもしかしたらと奴隷商の店へと進んだ。
ゆっくりと奴隷商のあった路地を覗き込むと、白い髪をなびかせた後ろ姿が見えた。
アドラーナは奴隷商の扉を叩くと周りをちらと見回して中に入っていった。
(やっぱり、あそこは傭兵崩れの隠れ家か……。どうしよう、もうちょっと様子を見ようか)
周りに見張りがいないかを気にしながら、チェインは扉へと近づいた。
中から揉める人声が聞こえてくる。
「なにをやってる、さっさとあの男を操れ」
「効かないのよ、だから出来ない」
「裏切るのか、親を見捨てて」
「最初から仲間じゃないわ、母さんを返して!」
「誰のお陰であそこから出れた、恩知らずが!」
「だからお金を渡したでしょ、十分じゃない!?」
「この役立たずの糞女がっ! ぶち殺してやる!」
激しくやり合う物音が聞こえ、そこでチェインは部屋に飛び込んだ。
アドラーナと、7人の傭兵崩れらしい男と目が合う。
その内の一人に見覚えがあった。
「アドラーナさん、こっちへ!」
手を伸ばし、アドラーナの服を掴んで引っ張りチェインは自分の背中へ隠した。
「アドラーナ、てめぇ、連れてきたのか?」
「違う、僕が尾行しただけだ。貴方は元傭兵部隊の副官スナイダー氏とお見受けするが、如何か?」
細面の頬に大きな傷がある男、人魔戦争を戦い抜いた古強者だ。
「ほう、俺を知ってるのか。親の七光りで軍にいるわりにゃあモノを知ってるな」
スナイダーは素性がバレても余裕の表情を崩さない。
「それはどうも」
「あんた、なんでこんな所にいるのよ?」
チェインの後ろから恨めしそうな声が聞こえる。
「アドラーナさん、それは後にしませんか?」
ゆっくりと男達がチェインとアドラーナの周囲を囲む。
(どうする? アドラーナさんを庇ったままこの室内でやり合うのは良い策とは言えないな)
男達は手に手に刃物を持っている、チェインはドアの外まで後退した。
ドアを出てすぐのところで足を止める。
「アドラーナさん失礼します」
チェインはアドラーナを抱き抱えると一目散に走って逃げた、凄まじく速い、疾風のように走るチェインに傭兵達は口をぽかんと開くだけで一歩も動けなかった。
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