第12話 ぎゅうぎゅう詰めの夜
家の中へ入り2つしかない椅子の内、1つはジョアンナ、もう1つにはチェインが座り、女性陣はベッドに腰をおろした。
チェインは室内がいつも以上に狭く感じた。
「食事にしても良いでしょうか? 食べながら話しましょう、ジョアンナさんはお食事は?」
「私は結構です」
パンとスープカップを手にしただけの簡単な食事になった、チェインは明日の朝御飯は外に食べに行こうと考えながら、パンをかじってスープを飲んだ。
家にあるものじゃ明日の朝食も賄えない。
「少し辛いことを聞くけど、答えてくれるかな?」
ベッドに腰かけて食事を取る女性達に、あまり食事中に相応しくない話題だと思いながらも、これ以上先延ばしにしていても話が進まない。
チェインはまたスープ一口飲んでから口を開いた。
「この中に、家に帰りたい人はいるかい? みんな、あそこにいた事情はそれぞれあると思うから聞いておきたいんだ。僕としては、お金の事は一切気にしないでほしい。君たちの幸せを最優先に考えてくれ。ミーシャは道端で拐われたと聞いた、故郷は近いのかい?」
全員の食事の手が止まった。
「私の家は、セントラルサニーのレイン領です」
レイン領なら近い、馬車に半日も乗っていたら着く距離だ。
チェインの食事の手も止まり、意味もなくパンを弄んだ。
「でも、家には帰れません」
ミーシャはスープカップを手に俯いた。
「どうしたんだい?」
「夜、外に出てはいけないと言われていたのに。その日は町に旅芸人が来ていてどうしても見たくて、こっそりと家を抜け出したんです。その帰り道に拐われました。きっと父も母も怒っています……。帰れない」
ミーシャはそう言うと膝に顔を埋めて泣き出した。
手にもったままのカップのスープがすすり泣くミーシャの体にあわせて揺れる。
「ミーシャ、絶対に両親は心配していると思うよ。僕もついていってあげるから、一度家に顔を出そう。僕から両親に話してあげるよ、それでも駄目なら、僕の所で良ければ雇ってあげるから。勇気を出して会いに行こう」
チェインは背中を叩いてあげようと手を伸ばしかけたが、男の自分が触れるのは躊躇われた。それを見たアドラーナが代わりにミーシャを抱き締めてくれた。
「ありがとうございます」
ミーシャはそれだけ言うとアドラーナさんに抱かれたまま泣き続けた。
「レオナは? 故郷は近いのかい?」
レオナは泣くミーシャを見つめながら喋り出した、その顔に表情は薄い。
「私の両親は、2人とも死んでしまっていて、親戚を頼って暮らしていました。最後はその親戚に騙されて売られたので……。ここでチェイン様のお力になれるならそうしたいです」
(辛い、酷い話だ)
どんな顔をして良いか分からず、チェインがレオナを見ていると、レオナはチェインの方を向いて笑った。
「救って頂いて、凄く感謝しています。精一杯頑張ります」
「ありがとうレオナ、よろしく」
チェインの差し出した手を、レオナは握り返した。
「はい、よろしくお願いいたします」
手を放し、リリスの方を向いた。
リリスは静かにスープを飲んでいる。
「リリスは?」
「私はノースウィンターのスノウ領です」
遠い、ウェザーラ王国の北の端。
「ですが、実家が貧しくて、酷いと分かっていて両親に奴隷商人へ売られたので、会いたくはありません。仕方なかったのは分かっていますが……」
「そう……。それじゃ、リリスはどうしたい? 僕の所で働くかい?」
「そうしたいです」
「じゃあ、よろしく」
チェインの差し出した手を、リリスはすぐに握ってくれた。
「ハポニカ、お喋り出来るかな?」
チェインの呼び掛けに、ハポニカはリリスの服を引っ張って隠れた。いつもリリスだ、多少でもリリスには気を許しているのかなとチェインは思った。
「リリス、ハポニカはあれから喋れた?」
チェインの言葉に、リリスは首を左右に振った。
「いえ、一言も」
リリスは自分に隠れて震えるハポニカの頭を優しく撫でる。
「そうか、リリスにハポニカの事を任せられるかな? 大変かも知れないけど、出来るだけ話しかけてあげてほしい」
「分かりました」
「……。それでは、リリスはそのハポニカという女の子に付きっきりになるわけですから。実質働けるのはレオナだけになりますね、私とレオナだけではお屋敷は管理出来ませんので、あと6人は雇うことになります。その手配はこちらでしてもよろしいですか?」
「はい、ジョアンナさんにお任せいたします」
ジョアンナなら、レオナ達にも大丈夫な人選をしてくれるだろうと、チェインは全てを任せることに決めた。
「あの、きっと両親も受けた恩を返すように言うはずなので、私の居場所も空けておいていただけませんか」
ミーシャの言葉にジョアンナさんが優しそうに笑った。
「大丈夫、貴女が働きたいと言うならたっぷりとこき使ってあげるから。安心して戻っていらっしゃい」
少しシンと静まった、チェインがジョアンナの顔を見てクスクス笑い出すと、皆が遠慮がちに笑った。
「ミーシャ、そういう事みたいだから。とにかく両親に無事を報告に行こう」
チェインの言葉に、ミーシャは少しだけ笑顔を見せた。
「はい」
「では、人の手配もこちらでさせていただきます。お屋敷の方は明日からでも入れますが、どうなさいましょう?」
「では明日にでも入りましょう、今日はここで最初で最後に皆でぎゅうぎゅう詰めで寝ます」
「ここで休まれるんですか?」
ジョアンナが部屋を見回した、台所、チェインの衣装箪笥、鎧兜を入れる箱に、机とベッド。
机を外に出さないと布団を敷くスペースもない。
「宿ではみんな落ち着かなかったらしいんです、護衛の僕がいた方が安心らしいので、少しずつ慣れていくしかないでしょう」
「そうですね、私の寝る場所はなさそうなので今日はお暇させて頂きます。明日の朝にお迎えに上がればよろしいですか?」
「お願いいたします」
「畏まりました、では明日」
ジョアンナが去っていき、なんとなく室内が静かになる。
「もう夜も遅いし、布団を敷こうか」
立ち上がり、チェインはテーブルと椅子を外に出した。
外のリヤカーに載せていた布団を持って入り床に敷いた、敷く前に床を掃いたがそれでもチェインは気になる。
まあ、仕方ないか。
そう諦めてしまった。
「僕が一緒に寝るのも気が引けるから、皆に床で寝てもらって僕はベッドを使わせてもらってもいいかな?」
「もちろんですっ、あの、なにからなにまでありがとうございます」
レオナが頭を下げ、他のみんなも一緒にお辞儀をしている。
「気にしないでくれ、明日には普通に1人1部屋で眠れる。いや、最初の内はみんな一緒の部屋がいいかい?」
「どっちでもいいわ、それよりアンタって一応将軍なのよね? なんでこんな狭い汚い家に住んでるの?」
酷い言い様だ。
「ちょっとアドラーナさん、言い方が酷いですよ」
レオナの、言い方が酷いだけで間違ってはない感じの言い回しにチェインは声を抑えて笑った。
「ここは父さんの生まれ育った家なんだ。僕は戦災孤児で父さんに拾ってもらってここに来たから、ここが僕の家って感じがして離れにくくてさ。部下や上司にもよく引っ越せって言われるよ。ちなみに、僕は将軍じゃなくて、将軍の一コ下の階級で|万騎将(マルズバーン)だよ」
「へえ、ここが勇者バルハラーの産まれた家なんだ」
アドラーナは家の中を改めて見回した、その顔はどこか嬉しそうだ。
「えっ? 勇者バルハラー?」
レオナ達が顔を見合わせる。
「そうだよ、勇者バルハラー・スプライト。僕の自慢の父さんだ」
チェインは少しだけ得意気な顔をした。
「じゃあ、どうして勇者バルハラーは、お屋敷を建てなかったんですか?」
今度はレオナが首をかしげた。
「父さんも小さい頃に両親が死んだらしくて、この思い出の詰まった家を離れられないって言ってた」
チェインはなんとなく、"親子揃って"この家を離れないという事に拘っていた。
まるで、自分は本当に勇者バルハラーと親子なんだと周りに見せるように。
そんなチェインの拗らせている部分がこの家にチェインを繋ぎ止めている。
「もしかして、私達のせいでお屋敷を買うんですか?」
「君達のせいじゃないよ、好きな人がいてね、その人は大将軍の孫娘だから、こんなに小さな家じゃ迎えられないから屋敷を買うんだ」
チェインは少し照れながら話した。
「結婚なさるんですか?」
レオナが残念そうに言う。
「したいんだけど、問題や誤解がぐちゃぐちゃに絡んじゃって。今はプロポーズの準備中だね。フラれるかもしれないなぁ。まあ僕が全部悪いんだけどね」
チェインはベッドに横になり、天井を見上げた。
エリシアに最後に会ったのが、ずいぶんと前に感じた。
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