第7話 静かな食卓

 アドラーナと4人の奴隷だった女性を連れて奴隷商を後にした、その内の1人は10才にも満たない少女。


 病んだ咳を繰り返していた女性には闘争の女神の加護でとりあえずの治療を施した。


 彼女達は久しぶりに太陽に浴びたのか、外に出ると少し安心した顔をしたが、その表情もすぐに消えた。


 いまは皆、不安そうな顔をしている。


「とりあえず服を買いに行こう。それからお風呂屋さんに行ってからご飯を食べて、いや、ご飯が先が良いかな?」


 チェインは努めて明るく言うが、誰からも返事はない。


「アドラーナさん、どう思う?」


「なんで私に聞くのよ」


(他に答えてくれそうな人がいないからです……)


「よし皆、やっぱりご飯にしよう。繁華街にいるからちょうど良い」


 周りには食事をする店には事欠かない、その内の一軒、パッと見で鍋物を扱っていそうな店に入った。


 扉を潜ると広いとは言えない店内、昼にはまだ時間があるので客は誰もいない、チェインはちょうど良いと思い店内に入った。


 一番奥のテーブル席に座る、6人全員だと少し手狭なくらいだ。


「すみません、柔らかいパンと牛乳、後は弱った胃に優しいスープを貰えますか」


 チェインはこちらを伺う店員に大声で言うと頷いているのが見えた。


「さて、食事が来る前に自己紹介をすませようか。僕はチェイン・スプライト、ウェザーラ王国軍の|万騎長(マルズバーン)だ。歳は22才。皆も名前と年齢を教えてくれるかな、それじゃあ君からにしよう」


 チェインの隣に座っている、赤毛の目の大きい女の子。


 今の状況についていけていない顔だが、アドラーナさんを除けばこの中で一番眼に力がある。


 病んだ咳を繰り返していた女の子。


 他の皆は虚ろな眼で下を向いているが、この子はチェインの方を向いていた。


「私は、レオナです。16才です」


「そうか、よろしくレオナ。それじゃ、レオナの隣の君は?」


 金髪で、肩を落とした気の弱そうな印象を受ける女の子。


「ミーシャです、15才、です」


「よろしくミーシャ。次はミーシャの隣の君」


 黒髪、背が高い、一番痣や怪我の多い子だ。


「リリスです、17才です」


「よろしくリリス、それじゃリリスの隣の」


 チェインが視線を向けると、小さく声にならない悲鳴を上げてリリスの服を掴んで隠れた。


 黒髪、十歳にもなっていなさそうな女の子。


「ごめんよ、怖がらせるつもりはなかったんだ。じゃあ、リリスにこっそり君の名前を教えてあげてくれるかな?」


 女の子の肩をリリスが抱いてさすってあげるが、震えてなにも話さない。


「この子があそこで喋っているのは聞いたことがありません。もしかしたら喋れないのかも、名前も分からないんです」


 見かねたリリスが答えた。一番酷い目にあっただろうに、女の子を優しくさすり続けている。チェインは強い人だと思った。


「そうか、リリス、教えてくれてありがとう。そうだな、名前がないとなんて呼んだらいいか分からないから、僕が付けても良いかな?」


 隠れたまま、返答はない。


「そうだな、鳥の名前にしよう」


(鳥、鳥、鳥)


 チェインは頭で素敵な鳴き声の鳥を探した。


「よし、ハポニカはどうかな? とっても綺麗な声で鳴くんだ、君がいつか僕たちの前で素敵な歌を聴かせてくれることを想って。君の事をそう呼ぼう」


 少女はなにも言わず、そのままの姿勢で震え続けている。


(心が痛い、|勇者(父さん)が必死に戦って掴んだ平和が、この子には届かなかった。どうして、世界が平和になったのに、なんでこんなに残酷な事が起こるんだろう……)


「あの、私はとても素敵な名前だと思います」


 レオナが不安気にチェインを見つめている。


「ありがとうレオナ、それじゃあ、名前が分かるまでは彼女をハポニカと呼ぶことにしよう。よろしくね、ハポニカ」


 震え続ける少女に、チェインは精一杯優しく声をかける。


(いつかきっと笑顔で返事をしてくれることを願おう)


「それじゃ、最後にアドラーナさん」


「アドラーナ、17才」


「へぇ、17才だったんだ」


(僕の5つ下か)


「なによ、なんか文句あるの?」


(そんなに突っかからなくても……)


 レオナとリリスとミーシャがチェイン達の会話を興味深そうに聞いている。


 そこへ食事が運ばれてきた。


「さあ、食べよう」


 誰も手を付けない。そう思ったが、アドラーナはテーブルの中央に盛られたパンを取りスープにつけて口にいれた。


 他の4人はそれをチラと見ている。


「味はどうかな? アドラーナさん」


「美味しいわ」


「だってさ、皆も聞きたい事とか色々あると思うけど、とにかく今は食べよう。身の上話や今後の話しは夜にしよう、大丈夫、後から金を払えなんて言わないから」


「大丈夫よ、早く食べなさい」


 アドラーナの一言に、皆がパンを、スープを、飲み物を、それぞれ口にしたいものを手に取った。


 ハポニカもリリスに促されてスープを飲んだ。


「ありがとうございます」


 レオナが言うと、ミーシャとリリスも「ありがとう」と言ってくれた。


「いいんだ」


 すすり泣く声と食器の音、それ以外に会話一つない。チェインは「ありがとう」と言われても、心が温まるよりも締め付けられる思いだ。


 いつか、彼女達との食卓が笑顔とお喋りでいっぱいになるように、頑張ろう。


 チェインはそう思いながら、自分もパンに手を伸ばした。



 ~~・・~~・・~~・・~~


 その後、服屋に行って全員の洗い替えなども含めて随分と服を買い込んだ。チェインはリヤカーでそれを運び、家のお風呂では入りきれないのでお風呂屋さんに皆で行った。


 チェインは表で待っていた。


 お風呂から上がり、新しい服に着替えるとみんな見違えて見えた。


「みんな似合ってるよ」


 チェインがそう言うとレオナは少し笑顔を見せてくれたが、他の皆は不安な顔を見せた。


 よくある手口だ、最初に優しくしてみせて、その後、買った服や食事代を法外な金額と利息を付けてふっかけ、売春宿に放り込む。


 子供の頃に女の子が親に教えられる教訓だ。


「それじゃあ、僕は皆で住む家を探しに行くから。皆は宿で待っていてくれるかな?」


 あの、狭い家じゃ皆で寝たらぎゅうぎゅう詰めになってしまう。何より同じ部屋に男の自分がいたんじゃ休まらないだろう。


 チェインはそう考え、周りを見た。お風呂屋さんの近くには宿がいくらでもある。


 手近な大きめ宿に入った。


 石造りじゃなく、全てが木造の暖かい雰囲気。チェインは宿なんてとった事がないから手順が分からない。


 扉を潜ると正面に受付、人はいない。


 受付フロアの右は少し広い、カウンターと手狭な調理場が奥に見える。テーブル席が5つ。


 そこでテーブルを拭いている若い男がいた。


「すみません」


「はい、うちは宿泊客にしか料理はお出ししてないんですが」


 いかにも"めんどくさい"と言いたげな返答が返ってくる。


「いえ、宿をお借りしたいんですが」


「それなら受付の呼び鈴をお願いいたします」


 男はテーブルを拭きながら、チェインをチラリと見ただけで調理場へと引っ込んでいった。


(無愛想な人だな)


 アドラーナ達を預ける事に一瞬不安がよぎった。


 受付へ戻ると男の言った通り小さなベルが置いてある。


 手に取り左右に振ると心地良い高い音が響いた。


 音のすぐ後、置くから「はーい」という女性の声が届いてくる。


「お待たせしました、何名様のご利用でしょうか?」


「彼女達を、一週間ほど泊めて欲しい」


「部屋は皆さんご一緒で?」


 どうしよう、全員一緒の方がいいか? 考えたチェインは一緒の方がいいだろうと決めた。


「そうですね」


「6人部屋が一つ空いていますのでそちらでよろしいでしょうか?」


「はい」


 代金を支払い、後ろを向いた。


「みんな、全員で住める家を用意するまでここで待っていて貰えるかな? 今僕が住んでいる場所じゃ全員は寝る場所もないんだ」


「ほったらかしにするつもりじゃないでしょうね?」


 アドラーナが鋭い視線を向ける。


「いやいや、アドラーナさんは僕の家の場所知ってるじゃないか。何かあったら呼んでくれ。それからこれを渡しとくよ」


 懐からまた金貨の入った袋を取り出した。


「……。使い方がよく分からないわ」


「そうか、じゃあ、レオナに渡しとこう」


 差し出すと、レオナは顔を青くして首を左右にふった。


「そんな大金持ったことないです、怖いです」


(んー、でも現金は持っていた方が良いしなぁ)


「それじゃあ、これだけ」


 チェインは袋から金貨を3枚だけだして差し出すとレオナが恐る恐る受け取った。


「これから君たちを雇うための屋敷を探してくる、そこではメイドか秘書みたいな仕事をして貰うことになるだろう。ちゃんと給料も支払うから、心配しないでここで待っててくれるかな?」


「分かりました」


「よし、それじゃあアドラーナさん。彼女達をよろしくお願いいたします」


「なんで私なのよ?」


「一番頼りになるから、かな」


 アドラーナは少し顔をしかめたが、嫌だとは言わなかった。分かったとも言わなかったが。


「それじゃ」


「あの」


 去ろうとすると、チェインはレオナに止められた。振り返ってレオナの顔を見る、緊張した表情。


「あの、助けて頂いてありがとうございます」


 深々と頭を下げるレオナ。


「……。いいんだ、僕がしたくてやってるから。必ず迎えに来るから、信じて待ってて」


 それ以上、なんと言っていいのか分からず、チェインはアドラーナに一瞥をして足早に宿を出た。


(する事は他にもある、エリシアの誤解を解かないと、ジャッキーには悪いけど、また話しを聞いて貰おう。なんか突拍子もない話しになりそうだけど、信じてくれるかなぁ……。)

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