第6話 奴隷商人

 チェインはアドラーナを連れて街へ出た。


 目指すは奴隷商人のいる繁華街の裏、国法で商業目的の奴隷の性的使用は禁止されている。


残念ながら、それを無視して客を取らせる娼館は後を絶たない。


 それ以外、客が買い取っていく奴隷は肉体的労働力か性的使用と家事労働。


 奴隷というのは安くない、一般的な庶民にはなかなか手が届かない金額だ。


 買うのは大きな農場を経営する富農や豪商、貴族や武家だ。


 農奴には無いが、こういう場所で売り買いされる奴隷は奴隷紋により"裏切る"事がない、その性質のお陰で機密文書や家内の知られたくない秘め事などの取り扱いに重宝されている。


「ここがアドラーナさんの逃げてきた奴隷商ですか?」


「……。そうよ」


 アドラーナは落ち着いている。


 チェインは奴隷商人の所へ来ても緊張を見せないアドラーナになにか引っ掛かりを感じた。


 繁華街の中道を一つ入り、ゴミの落ちていない路地を進む、位の高い人間を相手にしているからその一帯だけが妙に清掃が行き届いている。


 いかにもといった外観だ。


 パッと見にはわからない、普通の長屋、だが、扉のすみに小さく奴隷紋が描かれている。


 チェインが扉をノックする、が、なにも反応はない。


 やっぱり、何かしらの合図や合言葉がないと開かないのだろうとチェインは考え、手っ取り早く扉を開くことにした。


「いきなりの訪問で申し訳ない! こちらの商品を道で拾った! 僕はウェザーラ王国軍万騎長マルズバーンチェイン・スプライトだ! お目通り願いたい!」


 大声で名乗ると言い終わらないうちに扉が開いた。


「扉を開くのが遅くなり申し訳ございません、さあ、中へどうぞ」


 戸口に現れたのは50を過ぎた頃の男、長い髪を頭の後ろでくくっている。


 チェインは男を上から下まで無遠慮に眺める。


「失礼する」


 中に入ると甘い臭いが鼻をつく、香を焚いているらしく少し、というかかなり煙い。


「彼女を道で拾った、気に入ったので買い取ろうと思う。いくらになる?」


「お待ちを、その前に身分を証明するものを頂戴致します」


 一瞬考え、胸から|万騎長(マルズバーン)の証の紀章を取って差し出した。


 男は目を丸くして紀章を見る。


「それでよろしいので? こちらで預かる事になりますが」


 聞き齧った奴隷商人のやり方通りだ、身分証を人質に取り、客を半ば共犯者のようにする。


「分かった、だが、話の如何では返して貰う事になる」


「……。と言うと?」


「ここには何人の奴隷がいる? あまり環境が良いとは言えないな」


 チェインは室内をぐるりと見回す、汚れはない、だが、この鼻を突くお香の匂いは別の匂いを誤魔化しているのだろう。


 奴隷のいる部屋はかなり酷いはずだとチェインは思った。


「奴隷商売はもう成り立たなくなってきていますからね、女の奴隷が他に4人いるだけです」


「男はいないのか?」


「ほとんど売り物になりませんからね。昔はお偉方が秘密を握らせるのに重宝しましたが、今では国法上、奴隷は新しく持ってはいけない事になりましたから。人に見られぬよう飼うしかありません。家から出せないならば、それは随分と使い勝手の悪い物になってしまいます。ですから、今では性的な用途が主になっています」


 聞いていてチェインは眉間に力が入るのを感じる、なんとも醜悪な話だ。


「それで、どうなさいます?」


「他の奴隷達も見せてくれ」


 いっそのこと、ここにいる全ての奴隷を買おう。どうせ屋敷を買うなら人がいる。


 チェインはそう考えた。


「一度にお連れ出来るのは1人までという決まりになっています」


「必要なら十倍の値を出すよ、奴隷紋も取り去って貰うつもりだ。それなら問題はないだろう、奴隷を連れ出すんじゃないから大丈夫のはずだよ」


「……。ルールですので、申し訳ございませんが、一度にお一人までになります」


 奴隷商人は顔色一つ変えずに言った、かなりの金額をちらつかせてもまるで動じない……。


「とりあえず見せてもらえないか?」


「申し訳ございませ、」


 堂々巡り、チェインは奴隷商人が言い終わる前に奴隷商人の首に剣を突き付けた。


「な、なにをなさいますか」


 初めて奴隷商人に動揺が見えた。


「見せられないのだろう? 国法で奴隷への暴力は禁止されている。アドラーナには身体中に無数の痣があった、商品を随分と手荒に扱うな。よくそれで今まで商いが成り立っていたものだ。さっさと他の奴隷達のもとへ連れていけ、さもなければ、貴様を国法違反で斬ってからこの家内を探すことにするが?」


「……。かしこまりました、すぐに、お見せ致します」


 剣を下ろす、が、鞘には仕舞わずに抜き身で手に持ったまま。


 奴隷商人は奥へと促した、チェインはアドラーナの方を向き、仕草だけで側を離れないように伝える。


 奴隷商人の後をついていく、奥はまだ昼にもなっていないのに薄暗い。


 さらに甘い臭いがキツくなる、扉を一つ抜け、廊下に出る、廊下には突き当たりに一つ扉がある。


 奴隷商人が扉を開けると階段が下へと続いている。


 地下への階段は土の上に平たく加工した石を積んだだけ、階段は長く洞穴のように土をくり貫いた通路が下へと伸びている。


 造り的に、ここから逃げ出すのは至難だろうに。アドラーナはよく抜け出したものだとチェインは思った。


 階段を降りきるとまた扉、奴隷商人がドアノブの下の鍵穴に鍵を差し込み回す。カチャンと錠の外れた音がいやに響いた。


 奴隷商人に続いて中に入る、広い、左右の壁沿いに木製の粗末なベッドが5つずつ並べられ、ベッドの横に小さなテーブル。


 ベッドの上の壁に金具が取り付けられていて、そこから鎖が奴隷の首と繋がっている。


 死なない程度に痩せた女性が4人、間に一つずつ間隔を開けてベッドに横になっていた。


 見るからに傷だらけだ、殴られたような痣に切り傷、一人は病んだ咳を繰り返している。


 握った柄に力が入る。


「どうしますか? どれも状態は酷いですよ?」


「これを受け取れ」


 奴隷商人の足元に金貨の入った袋を投げた。


「鎖を外し、全員の奴隷紋を消せ。それからその金を受け取り、二度と奴隷商人をしないと誓え」


「……。私にも、後ろ楯はございます。今まで相手をした貴族や武家の方々から身の証を頂いていますので」


「それは弱みを握っているだけだ、後ろ楯とは言わない」


 弱みを握り、奴隷商を国にバレそうになれば揉み消してもらう。共犯者を庇うのは切って捨てるより罪深い。


「それでも、後ろ楯は後ろ楯でございます」


「お前が生首になっても彼らはお前を庇ってくれるかな?」


「なめるなっ」


 奴隷商人が袖から仕込みナイフを投げた、チェインは手に持った剣を一回転させて弾き落とした。


 そのままの勢いで剣の軌道を変え男の胸元を薄く突く、切っ先が爪の先ほど皮膚を裂く。


「ぐっ」


 鋭い痛みに奴隷商人の顔が歪む。


「次は心臓を刺し通す、どうする? 仕込みナイフが尽きるまで試してみるかい?」


 奴隷商人は勝ち目がないと見て、後ろに下がった。


「待て、行く前に奴隷紋を消せ。それから金も忘れるな。君が余生を清貧に過ごすなら十分な金額が入っている、少なくとも、今よりは良い暮らしが出来るだろう」


 奴隷商人は顔から表情を消し、懐から鍵束をチェインの足元に投げた。


 そして勝ち誇った嫌らしい笑みを浮かべる。


「奴隷紋は重ねて魔法を掛け続けなければ消える仕組みだ、年に一度は奴隷紋を重ねなければならない。奴隷を死なせたくない所有者は奴隷商人の元へ来て奴隷紋をかけ直す。俺の顧客にはお前の上司もいるぞ、それでも良いのか?」


(なるほど、それなら金を顧客から取り続けられるし、顧客はこの男を下手には殺せない。良くできた仕組みだな)


「ならば貴様を殺せば奴隷はその内解放される訳か?」


「残念だったな、奴隷紋は外さないと消えない。もしも外さずに一年を過ぎれば奴隷は死ぬ」


(クズにも程がある、最初にこのクソ魔法を創った奴を殺したい。うんざりするほど良くできた仕組みだ)


「……。いいだろう、僕の敗けだ」


 魔法はややこしい、複雑で、単純で、火傷のように消えずに痛む。


 奴隷商人は勝ち誇ったように笑った。


「もう一度話しを戻そう、いくら欲しい? 君の言い値で買い取ろう」


 チェインは剣を鞘に納めた。


「1人金貨100枚だ」


 帰れと言わんばかりに奴隷商人が言いはなった。だが、チェインは奴隷商人の言葉にニヤリと笑う。


「分かった」


「そうだろう、さっさと帰り……。なにっ?」


「1人金貨100枚だろう? 分かったと言ったんだ」


 金貨500枚、人が1人質素にだが一生遊んで暮らせる金額だ。


 懐から金貨の入った袋を4つ取り出し、奴隷商人の足元に投げた。


「な、嘘だろ」


 |勇者(父さん)の遺産に自分自身の稼ぎ、しかもあの狭い家でほとんど金を使わない生活だったからチェインには金が腐るほどある。


「腐っても商人だ、一度は決まった商談を覆せば商いの神は二度とお前に微笑まないぞ。早く奴隷紋を消せ」


 今度はチェインが勝ち誇った顔を見せた。

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