第5話 魔王の娘

 収まった股間、冷めた頭でもう一度話を1から聞き直し、チェインはようやっと理解した。


(くそ、なんでこの人は先に僕にあんな魔法を掛けたんだ。しかもそのまま話し続けるとか……。バカなのか? 間違いなくバカだろ? 相手の股間を大きくさせた状態で真面目な話しを始めるとか、飼い猫が死んだタイミングで笑い話しを始めるくらい空気が読めてないよ)


(この女はバカだ、もしくはアホだ)


 チェインはまた、人生で初めてというほどに脳内で毒づいていた。


 だが、人に罵声を浴びせた事のほとんどないチェインはその辺の語彙力がほとんどなかった。


「その話が本当だとして、僕の父親が本当に勇者バルハラーで母親が魔王軍の女の子供。それで? その話を僕が信じる根拠はあるのかい? 証拠は?」


 チェインにとってそんな話は聞いたことがないし、自分が魔族とのハーフ何て言うのも初耳だ。


 チェインの見た目はヒームにしか見えない。


「バカね、私が貴方の名前と、加護を受けている神の名前を聞いただけで"不能"だと見抜いたのが証拠じゃない。勇者の拾い子が闘争と前進の女神ゼラネイアから加護を受けたのは有名な話よ」


(確かに、それはこの王都では有名な話だ)


「……。じゃあ、なんでアドラーナさんが僕が勇者の実の息子だって知ってるんですか? それに、勇者バルハラーが僕に本当の父親じゃないって言ったのはなんでなんだろう?」


 チェインの問いに、アドラーナは得意気な表情になる。


「一つずつ質問に答えるわ、まずは、なぜバルハラーが父親だと言わなかったか。それは簡単、貴方がバルハラーにとって魔族に産ませた子供だからよ」


(……。確かに、ある意味納得はいく。父さんは人魔大戦で魔王をその手で討ち取った英雄だ、それが捕虜の魔族に子供を産ませたなんて話しが知れたら"平和のシンボル"のはずの父さんの価値は暴落するだろう)


(いや、待て)


(それじゃ、父さんは捕虜に乱暴を働いた戦犯という事か? 嘘だ。それはない、父さんは正義と神聖を貫いた、真面目でつまらない男だったと聞かされてきた)


(そんな、そんな……)


「なによ、急に黙り込んで」


「……。父さんは、捕虜を辱しめて、僕を産ませたって、事なのか?」


 アドラーナの表情が少し歪んだ。


「違うわ、一応、愛し合ってはいたみたいよ」


(良かった)


「2つ目の質問の答え、なぜ私がそんなことを知っているか。それはね、私が魔王の娘だからよ」


 チェインは驚きに目を見開いた。


「魔王!? 魔王って、父さんがクラウド平原で討ち取ったディーザスターの事か?」


「そうよ」


 魔王ディーザスター、100万を超える魔族を従えて世界支配を目論んだイカれた魔王。


 チェインの父であるバルハラーが今からちょうど20年前に討ち取った。


 その魔王に子供がいたという話しは、軍の中枢にいるチェインでさえ聞いたことがない。


 チェインはそもそもの疑問が頭に浮かんだ。


「なんで、アドラーナさんは僕のところに?」


「貴方を殺しに来たに決まってるじゃない」


 アドラーナは吐き捨てるように言った。


「……。どうやって?」


 どうして、とは聞かなかった。チェインは魔族から逆恨みのように憎悪されるのは初めてではない。


「簡単よ、チャームを掛ければ、魔族の男は魔族の女に逆らえない」


「そうなのか」


 チェインはごくりと唾を飲んだ。


「命令よ、犬の真似をなさい」


 ………………。


「こ、断る」


(あれ、普通に断れたぞ?)


 アドラーナも困惑した顔を見せた。


「なんですって!?」


「いや、だから断るって」


「ならっ!」


 アドラーナはまたチェインに魔法を掛けた、チェイン避けようと思ったが、魔法を掛ける初動が速すぎてまるで避けれない。


 チェインの股間がまたギンギンになる、2回目は無性に恥ずかしくてチェインはまた乙女のように股間を隠した。


「っちょ、やめてよ」


 アドラーナは満足そうにニタリと笑った。


「さあ、もう一度言うわ。犬の真似をなさい」


(股間をギンギンにした状態で犬の真似って、この女やっぱり頭がおかしいだろっ)


「嫌だって言ってるじゃんっ!」


 チェインは感じたことのない羞恥心で目に涙を浮かべた。


「なんで、なんで……呪文は効いてるのに、なんで隷属効果が出ないの?」


 アドラーナはブツブツ言いながら、またチェインに掌を向けて魔力を発した。


 チェインのあそこが痛いくらいギンギンになる。


「やめてくれ、ちょっ」


「さあ、犬の真似をなさいっ!!」


(なんでそんなに犬にこだわるんだっ!?)


「しないってば、そうだ! 僕が人間と魔族のハーフだから隷属効果が出ないんじゃないかな!? きっとそうだよ、だからちょっとこの魔法解いてまずは話そうっ」


 アドラーナの手に魔力が集中する、表情はまるで親の仇を見るような顔でチェインを睨んでいる。


「いや、アドラーナさんの親の仇は僕の親なわけで僕じゃなくて。いやいや、そんなにその魔法って重ね掛けして大丈夫なの!?」


 アドラーナの手から魔力が迸る。


(もう、勘弁してくれないか……)


「うわっーー、分かったよ、わんわんわんわん、これで良いだろ? 魔法を解いてくれ!」


(痛い痛い痛い痛い痛いっ! 破裂しちゃうっ!! なんだよこれ、トラウマになりそうだ)


 アドラーナは勝ち誇った顔で魔法を解いた。


「はあ、はあ、はあ、ようやく効いたみたいね」


 効いてねーよっ! っと叫びたいのをチェインは堪えた。


 そんな事を言ったらまたヤられる。


「あぁ、もう良いだろアドラーナさん。確かに、君の魔法は凄い。僕がいくら頑張ってもピクリともしなかった……」


(そうだ、僕が16才くらいから悩んでいた"不能"が、治ってる!!)


 チェインは今さらその事実に驚愕した。


(彼女が、アドラーナさんがいれば、僕は不能じゃなくなるんだ! 不能じゃ無くなれば、エリシアに婚約を申し込める!!)


 チェインにとって真っ暗だった道が突如、光輝いたように感じられた。


「アドラーナさん、頼む、僕に力を貸してくれないか」


「なにを言い出すの? なぜ、父の仇の貴方に私が力を貸さなくちゃいけないの?」


 アドラーナの嫌悪の表情にチェインは"そりゃそうか"と思う。


「気持ちは分かる、僕も父を戦争で失っているからね。だけど、僕たちは自分の幸せを考えなくちゃいけないはずだよ。魔王は不毛な大地である魔大陸から自分の種族を肥沃な大地に住まわせたくて戦争に打って出た、魔王の理想像とは違うかも知れないけど、その願いは叶いつつある」


「どういう意味かしら?」


「多分、君は知らないんだろう。もう戦争が終わって19年、あちこちで魔族はこのアーセラ大陸に住んでるんだ。共存は進んでる」


「ええそうでしょうね、奴隷とご主人という身分で共存はしているわね」


「やっぱりね、奴隷になっていた君は知らない。魔族でも普通に街中で暮らしてるんだ、もちろん数は少ないけど。例えば僕の万騎部隊の幹部の二人、ウーラスとサームは魔族だ。もう魔族に対する忌諱感情は随分薄れてる」


「嘘よっ! 私がどれだけ酷い目にあったと思ってるの、そんな話しを信じると思う!? ここで平和に幸せに暮らしてたアンタに分かりっこないわ!」


「それは環境が悪すぎた、君を商品として扱う奴隷商人、それにその近くにいる元傭兵達。彼らは魔族に対して一番差別意識を根強く持っている連中なんだ、そんなところにいればそう思うのも無理はない」


「……。信じられない」


「じゃあこうしよう、僕が君を奴隷商人から買うよ。それで奴隷紋を消して、僕が君を雇うのはどうかな? それで町の人達と交流すれば魔族への差別意識がないのが分かるはずだよ」


(雇用か、この家にメイドは必要ないし、軍務での秘書官は流石に無理だな。素人じゃ務まらない……。そもそもアドラーナさんは僕を殺しに来たんだ、雇うのもなんだかおかしい気がする。別に雇わなくたっていい、彼女が自立するまで援助すればいいだけの話だ)


「なにをさせようって言うの?」


「そうだな」


 ……。


 (やっぱり、色々知って貰うには働くのも悪くないか。働くなら職場と、人との交流に仕事仲間もいた方がいいな。エリシアに婚約を改めて申し込むなら、屋敷の一つもないとどうしようもないか。この家ともおさらばか、出来れば、離れたくはないけど)


「よし、僕はここから引っ越して街中に屋敷を買うよ。そこに住んでみるといい、必ず幸せに暮らせるはずだよ。もちろん、家に引きこもってちゃダメだよ? この街の中をあちこち歩いてみるといい、もともとが多人種の住む国だから、魔族だって目立つことはないよ。本当に、必ず僕が幸せにしてみせるよ。そうしたら、僕の頼みを一つだけ聞いてほしい」


 アドラーナはチェインの目をまっすぐ見つめ返した、疑い、なにかを隠しているなら見つけ出してやろうという視線。


 それから、また視線には好奇心の色も微かに見えた。


 アドラーナはゆっくり口を開いた。


「……。いいわ、その代わり、気に入らなかったら、その時は死んでもらうわよ」


 疑う視線でチェインを見るアドラーナに、チェインは笑顔で右手を差し出した。


「歩み寄ってくれてありがとう」


 握手を求めたチェインの右手を、「ふん」と鼻を鳴らして手を握らずアドラーナは目をそらした。

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