2 回想終了

 青年は悲しげな顔つきで、持っていたジョッキを置いた。


『ほお』


 そりゃ、手品師という職業だ。モノには、タネも仕掛けもあるだろう。


『お姉さん、今、タネも仕掛けもあるんだから、そりゃそうだろう、とか思ったでしょう』

『……まあ』


 取り繕う気もなかったので、素直に首を縦に振る。


『違うんですよ、違うんです。そいうことを言ってるんじゃないんですよ』


 青年は首を振り、はあぁ、と大きくため息をついた。


『僕には、誰にも言えない秘密があるんです……』

『そう。どんな?』

『言えたらこんなに悩んでないんですよ……』


 青年はジョッキを一気に空にして、ドン! と音をさせて置いた。


『すみません、もう一つ』

『まだいくかい、兄ちゃん』


 大将は呆れながらもまた大ジョッキを一つ置く。


『それじゃあなに? 青年。イケない恋でもしてるのかな?』


 軽く酔いが回ってきた私も、ノリが強くなる。


『そういうのだったら、もっと気が楽だったでしょうかね。浮気とか、不倫とか。しませんけど』


 青年は流れ作業のように、ジョッキを空にする。そしてまた頼む。


『じゃあなに? ご家族かなんかが、何かあったりするの?』

『いえ、全く。というか僕、今は独りなんで。この秘密は、僕自身のものですよ』


 青年は苦笑し、また呑む。


『んー……どうにかして、当てたいなぁ、その秘密。なんか、ヒントちょうだい。あ、大将、ポテサラお願い。あとお酒追加で』


 私はもう青年に向き直り、ふぅむ、と顎に手をやった。


『ヒント、ですか。……強いて言えば、僕の職業がヒントです』

『手品師?』

『ええ』

『で、嘘つき』

『そうです』


 私は追加で来た日本酒を一口呑み、『……いや、やっぱり分かんないわぁ』と早々に降参した。


『いいじゃん、秘密があったって、嘘つきだってさ。青年、まだ、若いでしょ? これから人生色々あるって。良いことだって、沢山さ』

『……僕、若く見えます?』

『え、違う? 二十歳そこそこに見えてるけど』

『本当は五百を超えてるとか言ったら、信じます?』

『へー、長生きだねぇ』


 半分くらい、信じてはいなかった。もう半分は、私自身の事情から、ちょっとは信じてもいいかな、と思っていた。ただ、そうとう酔ってんな、コイツ。とも思っていた。


『全然信じてませんよね』

『そんなことないってぇ』


 この間に、青年は大ジョッキを追加で六つ、頼んでいた。そして、呑み干していた。

 ホントよく呑むね、この人。


『まあさ、青年。私が言うのもなんだけど、誰だって悩みの一つや二つ。秘密の一つや二つ、あるもんだよ。そう思えば、少しは楽にならないかな?』


 そういうふうに言えば、青年は。


『……楽に、なります、かね……?』


 くしゃりと、顔を歪めて。


『ナツキさん、と言いましたか。そう言うからには、あなたにも、悩みや秘密、ありますか……?』


 ほう、そう来たか。


『……ある』

『!』

『って、言ったら?』

『……それ、無いやつじゃないですかぁ……』


 青年は泣き崩れ、それでも頼んだビールをまた煽る。


『まあまあ。それと青年、酒ばっかりじゃ胃に悪いよ、何か頼みな。ほら、何がいい?』

『……別に、いいです……』

『そぉんなこと言わずにさぁあ。あ、じゃあ、私の奢りね。大将、この悩める青年に出汁巻きとねぎまと枝豆!』

『いいのかねぇ……。まあ、ナツキちゃんが良いなら、いいけどさ』


 大将は気の良い人だ。酔った勢いの私の扱いも、心得てくれている。

 それはズバリ、深追いするな。


『はいよ。出汁巻き卵、ねぎまに枝豆』

『ほら来たよ青年! 食べな食べな!』

『別にいいですって……』


 と、言いながらも、私が出汁巻きを箸で持って差し出すと、素直にそれを、ぱくり。


『ほいねぎま』


 差し出したそれも、ぱくり。


『枝豆、は、めんどいな……』


 中身を出すのが面倒で、殻ごと寄越したら、それを直接あむ、と口に入れ、器用に口だけで殻と中身に分けたらしく、殻を手で取り出し、それを空になったジョッキに落とす。

 コイツ、酔ってるくせに、所作が崩れないな。そんなことを思う。

 そのまま食べさせ続け、途中途中でビールも挟まれ、気付けば時計は、てっぺんを超えていた。


『あ、ヤバ。青年、時間大丈夫?』

『じかん……あしたは、なにもないので……だいじょうぶです…………』


 その目はとろんとしていて、流石に顔も赤くなってきていて。そろそろお開きかな、と私は思ったのだ。


『じゃ、青年。一人で帰れるかい? ……無理そうだね。タクシー呼ぶ?』

『……、た、くし……』


 青年は、限界だったらしい。呟くようにそう言って、ゴトン! と頭からカウンターに突っ伏した。


『……ありゃあ……』

『ナツキちゃん。呑ませ過ぎだよ』

『いや、呑んでたのは本人だよ』

『まあ、そうだけどねぇ……。起きそう?』

『んー……せいねーん。おーい。……いや、これは、起きないな』


 どうするか。腕を組んで。


『じゃ、私が引き受けるわ』


 と、青年の肩に手を置いた。


『また始まった、ナツキちゃんのお人好しが。どこの誰とも分からない人だよ? どうする気だい?』

『明日は何も無いって言ってたし。家に寝かすわ』

『またそんなこと言って。襲われたらどうする気だよ?』

『ダイジョーブダイジョーブ。返り討ちにしてやるから』

『……本当にやりかねないから、すっごく微妙な気分だよ』


 と、大将と言葉を交わし。青年は寝てしまったので──さっきの青年の話からすると、意識はあったということだけど──代金を肩代わりして。青年を担ぎ、ここから徒歩十分の自宅まで、えっちらおっちら歩いていった。

 そして、青年の言ってた通り、家に上げ、寝室のベッドに寝かせ、


『……んー……やっぱ、寝づらいよね』


 と、ジャケットを脱がせて。

 ジャケットはクローゼットの中にあったハンガーに掛けて、そのハンガーは青年が起きた時に見える位置に掛けて。青年の唯一の持ち物であるカバンは、ベッドの横に置いて。


『さて、私はどうすっかね』


 と、ぼやきながら、リビングで寝支度をして、ソファに寝っ転がった。そしてそのまま、すぐに寝落ちてしまったらしい。

 そんでいつものアラームで起きて、朝の支度をして、歯を磨いていたところに、青年が起きてきた。


「……と、今に、至る」


 私は独りごちた。



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