第22話 課題
「待ちくたびれたぞ、アイザック。随分と時間がかかったじゃないか」
「すみませんね。少々厄介なことが起きたもので」
蝋燭の淡い光が揺れる小さな書斎で、2人の男が話をしていた。1人は、ペスティモンテに到着した時、ローウェンの傍らにいてウィリアムを突き飛ばした聖騎士、アイザック。
そしてもう1人は――
「厄介事? 計画に支障が出そうな事か?」
「どうでしょうね。
男はアイザックの報告に、不満気な顔を隠さない。それは、アイザックの聖騎士という立場を持ってしても、完全には取り除けない問題が舞い込んだからだ。
「まあいい。事を起こす時期を見誤らなければどうということは無いのだろう? ならば本来の報告を頼むよ」
「ええ。ペスティモンテ内部は至って正常でしたよ。外れのスラムまで行かなければ清潔でしたね。かの病の爪痕も、全くと言っていいほど見られませんでした」
「なら何故父上はあの街を放っておいた? 1度侵攻に失敗したとは言え、高々商人とその雇われ程度だ。そう何度も守れはしないだろう」
男の疑問に、アイザックは返答に詰まる。彼自身、答えは出ているのだが、それをそのまま言っていいものか悩んだのだろう。
「いや済まない。答えづらいことを聞いてしまったな。分かってはいるのさ。父上は臆病者。少しばかり領民から不満が出ただけで、すぐに自分の考えを曲げる臆病者だってことはね」
自分の父親を下げる発言をする男に対し、アイザックは目も口も閉じたまま佇む。
「もう居ない父上の話などどうでもよかったな。それで、いつなら決行出来そうだ?」
「そうですね。アレの予定に合わせるとなるといつになるか……ですが、追い出すのであれば、もうすぐにでも」
男は悪人面を卑しく歪ませた。
「ならば後者だ! やり方はお前に任せる。軍の編成も好きにするといい。成功の暁には、約束通りだ。1区画丸々くれてやる」
「ありがとうございます。その約束、お忘れなきように」
二人の男の話は終わったようだ。アイザックは男に背を向け、部屋を出ようとドアノブに手を掛ける。
「おいところで、お前がそこまで気にする『アレ』とは何だ? さっさと殺してしまえばいいことだろう? お前の身分ならそれも――」
「テディー様。申し訳ありませんが、機密事項ですので。それ以上は……」
アイザックは唇に人差し指を当て、そのまま部屋を出た。蝋燭の炎が揺れる。テディーと呼ばれた男は眉間に皺を寄せ、腕を組み椅子に深く座り直す。
「領主だぞ、俺は。その俺に対して機密事項とは……舐め腐りやがって」
ここでキャンバスに描き出された映像は終わった。動く画という、不可思議な現象を目の当たりにした皆の視線は、それをやってのけたゴブリンに注がれるのではなく、部屋の後方で腰を下ろしている男、ローウェンに注がれていた。
「あの男、ウィルを突き飛ばした奴だよな? お前の同僚か?」
「いや……ああ、だが、俺はあんな話知らないぞ! 俺はただ、教会からこの街に遣わされただけで……」
ローウェンの動揺っぷり、どうやら本当に知らなかったらしい。視線を落とせば、ウィルと目が合う。まだまだ子供だと言うのに、こんな状況に慌てもせず、力強い意思が伝わってくる。
しかし、突然巻き込まれた女は別だ。
「え、軍? それに、さっき映ってた男って、テディー……テディー・スペンサーですよね? もう1人も、この街にいる聖騎士様でしたよね? まさか……まさかまさか! 前みたいにまた戦争する気なんじゃ!」
テディー・スペンサー。確か、ペスティモンテ近辺の領主だったか。それが嘗ての、父親がしたように侵略を仕掛けると。
私は動揺したローウェンとリリーを放置し、ゴブリンに向き直る。
「さてゴブリン。私にこれを見せた理由を聞こうか?」
「はい。単純に、この問題を解決して頂くためでございます」
「解決とは、襲ってくる領主の軍を一匹残らず叩き潰せということか?」
「いいえ、カミラ様。ヴィクセン様が望んでおられるのは
「結果? 結果なんてテディーを潰す以外他に――」
「あ!」
ウィルが声を上げた。彼は何かに気づいたようで、ゴブリンに問いかける。
「あの、ゴブリンさん。カミラさんがどちらにつくか。そこから、その解決は始まるってことですか?」
「……ええ。その通りでございます。人間の少年よ」
そうだった。このレースを始めたのはお祖母様。あの
「おい、女! リリーと言ったな。この街は大切か?」
「あ、当たり前じゃないですか! お父さんもお母さんも、コロ太郎だっているんですよ!」
「コロ太郎?」
「犬です! この辺じゃ珍しい種類の子で、去年から飼い始めて、ってそんな話どうでもいいんですよ!」
リリーはこの話を街の皆に広めるべく、黒い部屋から出ようとする。しかしそれをされると面倒だから、私は彼女の後ろ襟を掴み持ち上げる。
「ゴブリン! この街を守りきれば課題は終わりか?」
「左様にございます。やり方はお任せしますが、ただ一点、出来るだけ人目に付くようお願いいたします」
「……? そうか。変な話だがまあいい。さてローウェン。お前はどうする? 私と戦うか?」
リリー、ゴブリンへと話を振り、最後はローウェンへ。お祖母様がどちらにつくことを望んでいたかは知らないが、私はこの街を守ると決めた。即ち、襲ってくる領主軍と聖騎士と相対するということ。そして、場合によってはローウェンとも。
「俺は……領主様のところに行ってくる」
「それは、私の敵になるという事でいいか?」
「違う! こんなことを辞めさせるんだ!こんな……侵略行為が許されるはずがない」
ローウェンは一足先に黒い部屋を出た。彼はああ言って息巻いていたが、結果は見えている。私も準備をしよう。
「パニックが街中に広まったら面倒だ。という訳でゴブリン、
ゴブリンは何も言わず深くお辞儀して、わーわー暴れるリリーを眠らせた。
「カミラお嬢様。このゴブリン、陰ながら応援させて頂きます」
「ああ。カードの準備をして待っていろ」
漸くだ。漸く、2枚目のカードに手がかかった。
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