第19話 川底。ではなく舟底
真昼間。活気のある通りを、2人の男が並んで歩いていた。
1人は大柄で、ひと目で高価だと分かる鎧に身を包んだ、これまたひと目で寝不足だと分かる男。もう1人は、小柄で、腕を折ったらしくギプスできっちりと固められた、見た目可愛らしい少年。
さっきからその少年が大男、元い聖騎士様の愚痴? を延々と聞かされている。
「うちの店先でやんのやめてくれないかな?」
「だったらあんたがそう言ってきなさいよ!」
「いやぁ……無理だろ流石に」
「なんだい情けない! と言いたいとこだけど、そうだねぇ」
この街、いや、恐らく他のところでもそうだと思うが、騎士は騎士でも聖騎士は身分が違う。
「あ……」
ここで漸く、店に迷惑を振りまいていた2人が立ち去った。特に何かを買っていったりもしなかったが、邪魔者が消えたことでいつもの客が足を運び始める。
「やあやあ、いつもの貰える?」
「はいはいどーもー。いつものね」
「ところでさ、さっきのあれは何だったんだい?」
「さあね。ま、どうせ俺たち市民には関係ないことさ」
「あー、違いねえ!」
聖騎士はその身分の違いや、
先の店を営む夫婦と、そこに足を運んだ客は、我関せずといった顔で去る2人の男を見送る。その男たちが人混みに紛れ見えなくなったところで、彼らも興味を失ったかのようにいつもの仕事に戻って行った。
「あの、そんなに眠いなら僕1人でも大丈夫ですから。先の戻って寝ててください」
「いや……そういう訳にもいかないんだよ。勝手とはいえ、これは俺とあの女との間に交わされた契約だ。……破ったらどうなるか。怖くておいおい寝てられん」
ローウェンは会話中、何度も欠伸をした。彼は昨夜、聞く耳を持たないカミラに散々怒鳴り散らかした後、苦手な書類仕事をこなしていた。
それで深いクマを作り、ウィルに気を使われるほどな訳だが、カミラにはそんなことはお構い無し。「ウィルを守っている間は大人しく探し物だけしている」と、ヨレヨレのローウェンにウィルを任せて飛び出して行った。
「本当は単独行動なんて認められないんだ。だがアレからわざわざ『契約』として任された以上、仕方ないとはいえ、守らなくちゃいけねんだよ」
ローウェンが言うには、余程の高慢ちきや自分勝手でなけば、吸血鬼という種族は格式高く約束事にはうるさいのだそう。だからこそ、任務として与えられたカミラの監視を離れてまで、別にやりたくもない子守りをしているのだ。
「そうですか」
ウィルも一応の心配はしたが、カミラに剣を向けたこと、完全に、全てを許した訳では無い。本人もやると言っている事だし、もうローウェンの寝不足には目もくれず、本来の目的であるカード探しに意識を切りかえていた。
「んで、大体の状況は聞いたが、目星はあんのか?」
「んー……目星、と言えるまでのものは。でも――」
僕は『あの川』でのことを思い出す。
カミラさんがカードを川に浸し、洗っていた時のことだ。
「あのカード、水に濡れても破けたりしないんです。それに、キツイ匂いがしていたらしいんですけど、洗われた後では鼻を近づけないと分からないくらいでした」
「ほーん。随分と高そうな紙をお使いで。それで?」
「この街にも川、あるじゃないですか。それも結構大きな。小さい舟まで通ってる」
「ある……が、おい、嘘だろ?」
ローウェンの充血した目が細くなる。きっと川底を攫うとか、そんな重労働を考えていることだろう。しかし僕は覚えている。カミラさんが、「吸血鬼は川に入れない」と言っていたことを。となると、これはカミラさんのお婆さんが始めたことだし、わざわざ無理なことをさせるとは思えない。だからこそ、ローウェンの考えていることが的外れだと確信が持てる。
「舟の底を確認させてもらいましょう。匂いがしないという事は水で洗われてしまった可能性があるという事。でも、川の底に沈んでいるというのは、いくらなんでも探すのが大変すぎるので無しでしょう」
川の底という方は取って付けた仮説だが、彼女らの弱点を教えてやる義理もない。それに、素潜りしなくて済んだと、ローウェンは露骨にほっとしている。
「そういうわけなので、聖騎士という身分を使ってオーナーさんに話をつけてきてください」
「おーおー、人使いが大分あれだぞ。あの女の真似はしなくていいんだからな?」
別にカミラさんの真似をしたつもりは無いが、ちょっとばかり無愛想な言い方だったかもしれない。それか、体当たりで吹っ飛ばされたの根に待ってる、かも? まあそれをやられたのはもう1人の方だったけど。あれ? そういえばそのもう1人の聖騎士はどこ行ったんだろ。あの夜から見てないな。
僕は、もくもくと煙草の煙を上げるオーナーの元へ向かうローウェンを眺めながら、そんなことを考える。後で聞いてみようかとも考えたが、別にそこまで興味がある訳でも、まして会って文句の1つでも言ってやろうというつもりでもなし。視線の先でローウェンが腕で大きな丸を作っているのが見えて、どうでも良くなった。
「この船着場で、手短に。ならいいってさ。ここに無い分、今街を巡ってる分は、戻ってきたら順次見ていいってよ」
「ありがとうございます。じゃあ……早速お願いします」
「あーそうか。その怪我じゃ見れんわな」
僕は確認までの作業を全てローウェンに任せる。決して面倒臭いからでは無い。どっかの聖騎士に吹っ飛ばされて骨折したから、仕方なく任せるのだ。
そんな経緯もあり、僕は未確認の舟が来たらローウェンの所へ行くよう誘導し、そのローウェンは、結局川へ潜って船底を確認。全て見終えるまで、大体5時間程を有した。結果は――
「それで最後みたいです。どうですか? 見つかりました?」
「いや、なかったな。もしカードが張り付いていたなら跡くらいありそうなもんだが、それすらなかったぞ」
どうやらハズレらしい。
僕は(ローウェンのお金で)買ってきたタオルを彼に渡し、空を仰ぎ見る。
「なあ、少し思ったんだが、わざわざ
「ここにしかない、ですか?」
「ああ。例えば、ほら」
ローウェンは頭を拭きながら片手で大きな建物を指さした。
「あれは?」
「あれは資料館。かつてこの街が黒死病に犯されて、1度滅んだという事実を保管する、言わば歴史の保管所だな」
僕の問に答えたのは、今日半日ほどお世話になった船着場のオーナー。ローウェンが許可を取りに行った、もくもく煙草の男性だ。
「中、見れるんですか? えっと……」
「観覧か?」
「あ、はい。それです」
「ああ。見れるとも。観覧料は取られるが、そんなに大した額でもないから、気になるなら行ってみるといい」
丁度次に探す場所の見立てもない事だし、僕たちはオーナーさんにお礼を言って資料館へと向かった。その道中、見覚えのある怪しさ満点の真っ黒ローブの人物とも再会した。
「その様子だとそっちも見つからなかったか」
「はい。でも、次の場所に向かってるところです。カミラさんも一緒に来ますか?」
その誘われたカミラはと言うと、少し考える素振りを見せたあと、手に持つ2本の肉串に目をやる。
「1本やろう。それを食いながら話を聞かせてくれ」
僕は差し出された肉串を受け取り、川であったことからカミラへと伝え、歩いた。
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