第15話 吸血鬼①

 寝ているカミラを起こさないよう、そーっとドアを閉める。ポケットには銅貨が数枚。安い黒パンなら2、3個買えるだろうか。

 静かで暗い廊下を進んで行くと、明るくなるにつれ、男性の会話が聞こえてくる。宿屋の他の客と思い、角から顔を覗かせてみれば、見覚えのある鎧姿だ。

 

 あの時の!カミラさんを狙ってきた奴らだ。まさか探しに来たのか!?でもそれにしては……

 

 聞こえてくる会話が下らないのだ。やれ酒が美味いだの、やれ物価が高いだの。終いには、下の話までし始めた。

 いよいよどういうつもりでこんな所にいるのか、訳の分からなくなった僕は、もう一度顔を覗かせる。

 

「お!やっと起きたか寝坊助めー。もうすぐ夕方になっちまうぞー」

 

 あっさり見付かってしまった。こんなボロボロな状態では逃げることもままならないと思い、諦めて姿を現す。

 

「何しに来たんですか?カミラさんはここにはいませんよ」

「は!?嘘だろアイツ、お前置いて逃げてったてのか?まだ日も出てるのに?」

 

 どういうこと?兵士のおじさん(聖騎士ローウェン)は、カミラさんがここにいるのを知ってる?探しに来たんじゃないの?

 

 起き抜けで状況が掴めていないウィルは混乱する。そもそも、昨夜何故敵対していたのかすら知らないのだから無理もない。またローウェンも、まさかウィルが何も知らないとは思っておらず、重い鎧で床を凹ませながら、カミラが寝ている部屋へと突撃する。

 

「あ!ちょっと!」

 

 ウィルの静止も躱し、せっかく静かに閉めたドアを思い切り開け放つ。

 そんなことをすれば勿論、気持ちよさそうに寝ていたカミラも起きるわけで。

 

「……何の用だ?昼間から汚い面を見せるな」

「……いるじゃねえか」

「カミラさん逃げて!」

 

 3人が集まり、狭い部屋でお互い顔を見合せて?マーク。

 

「おいローウェン!床の補修代、払ってもらうからな!」

 

 情報共有が出来ていなかった結果、ローウェンの懐へ直接攻撃が飛んでいった。

 

 

 場所は移り、ここは件の病院、2階のダイニング。

 

「えっとつまり、カミラさんが種族的に危険だから、ローウェンさんが監視役として付いていると?」

「簡単に言えばな。ところでお前、数日間は一緒にいたんだろう?自分のこと一切話さなかったのか?」

「無闇に怖がらせる必要も無いし、人からしたらかなり異常な行動も見せた。それでも聞いてこないというのは、そこまで興味が無いということだろう? それにウィルは、今は色々と大変な時期だからな」

「興味ないわけ無いですよ!でも、話してくれないってことは聞いちゃいけないことだと思ってたので……」

 

 何ともいたたまれない。すれ違いにすれ違っていたこの現状、打開しようとローウェンは立ち上がる。

 

「本当は機密事項なんだけどな。当事者が知らないというのもあれだろうから教えてやる。いいな? カミラ・ツェペシュ」

「ウィルが聞きたいのなら、好きにしろ」

「お、お願いします」

 

 重々しい空気に当てられ、僕の背筋は自然と伸びる。

 

「まずウィリアム。君の村が化け物に襲われたというのは、カミラ・ツェペシュから聞いている。可能な限り弔ってやるから安心しなさい」

「あ……ありがとうございます」

「うん。それでウィリアム、君が見た化け物、あれを俺たちはゾンビと呼んでいる。そしてここにいるカミラ・ツェペシュも、どちらかと言うとその化け物に近い種族だ」

「……まあ、人じゃないというのは聞きましたし、すごい力も見てますので納得はします。でも、カミラさんはあんな化け物じゃありません!もっと、強くてキレイです!」

 

 ウィルは特に考えるでも無く言ったのだろうが、ローウェンは見逃さなかった。カミラが恥ずかしそうに目線をそらすのを。

 ローウェンは口角が上がりそうになるのを堪えて、話を戻す。

 

「うんそうだな。確かにゾンビと一緒くたにすんのは失礼だわな」

 

 この男は何故こうも、デリカシーが無いのか。折角上機嫌になろうとしていたカミラのテンションが地の底まで下落する。だがそれを引き起こした当の本人は、女心の機微には一切気が付かない。

 

「分かって欲しいのは、そういう……なんだ? あまり知られてない存在がいるってことだ。ここまでいいか?」

「はい」

「よし。それでここにいるカミラ・ツェペシュはなんと、吸血鬼だ!人の血を吸っては殺すか、ごくごく稀に同じ吸血鬼に変貌させる。人間社会から見たら悪者なわけだ」

「でもカミラさんは見ず知らずの僕を助けてくれました!盗賊のおじさんだって殺しませんでした!優しいです!正義の味方です!」

「そ、そうかそうか。確かに、全員が全員悪者って訳じゃあ無いよな」

 

 さっきから、ウィルの無意識の善意がカミラに連射されている。ローウェンは内心大笑いなのだが、鼻を膨らませ、下唇を噛んで耐える。

 

「それでな、この街に来たばかりの時、君に攻撃してしまっただろう?それで怪我もさせてしまった。その点に関しては本当に済まない。ただな、あそこでカミラ・ツェペシュの動きを止めていなかったら、俺たち聖騎士2人とも殺……倒されてたんだよ。本気出されちゃ勝てるわけが無いからな」

「怪我のことは、もういいです。僕が弱かっただけなので。でも、なんでおじさんたちとカミラさんは仲がそんなに悪いんですか?」

「さっきも言った通り、吸血鬼という種族自体、隠されてきているが人間の敵なんだ。俺たちもずっと戦ってきた。ただ少し前、通告があってな。それがどうやら世界中らしいんだ」

 

 ローウェンはカミラに視線をやる。それに関してはカミラもよく知らないらしく、肩を竦めている。

 

 その内容は、

『吸血鬼側は無闇に人を襲わない。その代わり、人間側も吸血鬼を見たらすぐに殺そうとすることの無いように。まず話を聞いて、5家、若しくはその分家に属するものの場合、枷と監視員を付けることで自由行動を許可する』

 というもの。

 

「ツェペシュ家は5家の筆頭だろう?なぜ知らないんだ?」

「知らないものは知らない。まあお祖母様の事だ。何かしらの考えがあるのだろう」

「とまあ、当事者たる俺達も状況がよく分かってないんだ。だがこうしてお互い仲良くやれていることだし、平和でいいじゃないかという事で――」

「お前とは仲良くする気なんてさらさら無いし、用が済んだら殺してやろうと思っているがな」

「……綺麗に締めようと思ったのに。なんでそういうこと言うかね」

 

 ローウェンの機転虚しく、場の空気は再び重苦しくなる。しかし、そんな空気を諸共せず、若しくはただ気づいていないだけか、ウィルが手を挙げた。

 

「質問があります!」

「ハイなんでしょう、ウィリアム君?」

「吸血鬼が血を吸うというのは本当のことのなんですか? 僕は、カミラさんがそういうことしてるのを見た事ありませんが」

「そうなのか? 毎食毎食チューチュー吸ってるもんだと思っていたが」

「個体それぞれだよ。別に血からしか栄養が取れないという訳でもなし。好き嫌いだってある。私は嫌いだから、小さい頃に1度飲んで以降、避けられる時は避けているというだけだ」

「へー、なるほど。嗜好品みたいなもんってことか? 俺もコーヒー不味くて飲めないし、案外似たようなもんかもな」

「ふっ、ガキじゃないか」

「あ?」

 

 一触即発。だがまたしても、そんな空気をぶち壊すか如くウィルの手が上がった。

 

「5家というのはなんですか?」

 

 ウィルの好奇心はもう少し続くようだ。

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