第14話 ローウェン

「お疲れ様です!ローウェン様!」

「ああお疲れ。2人入市するぞ」

 

 カミラとは違い、まともに馬車を操る聖騎士の男。ローウェンは、はたと気づいたように後ろを振り返ってこう言った。

 

「入市の目的は何だ?あと入市税に関税諸々。金はあるのか?」

 

 私は、やけに馴れ馴れしい事に苛立ちを覚えながら、睨みと共にお金が入った袋を投げつける。

 

「おいおいその顔やめてくれー。聖騎士俺らならまだなんとかなるが、その辺の奴らなんかはちびっちまうだろ?」

 

 重たい金袋を投げつけられたローウェンは、冗談交じりに袋の口を開ける。

 

「うわぁーすんごい量。流石5大家様ってところかね。積荷の確認してたら時間かかるんだが、変なものは無いよな?あと入市の目的は?」

「食べ物や水が変なものじゃないなら無い。探し物だと伝えておけ」

「そ。なら少し多めに払って確認飛ばすけど良いよな?」

「好きにしろ。それよりさっさと医者を出せ!」

 

 つれないねーと、ローウェンはやれやれと言った感じで硬貨をカウンターに並べて行く。

 

「はいじゃこれね。聖騎士のツレってことで特別……」

 

 払い終えたローウェンを鼻に届くツンとした臭い。

 

「あれ、まさか?」

「も、申し訳ございません!その……お連れの方は、何なのでしょうか?先程から、その、震えが止まらなくて」

 

 あーあー言わんこっちゃないと、心の中でカミラを叱るローウェン。首からカミラを苦しめた十字架を外し、兵士の目の前に持って行く。

 

「これだけ見て。集中して。そうそう。一兵卒の君が知っていい事じゃないから、忘れるように」

 

 そんなやり取りが終わる頃には、兵士は下半身の不快感も忘れ、夢見心地な表情でぺたりと座り込む。

 

「おーいそこの!こいつ介抱してやってくれ!俺は先急ぐから!」

「はっ!了解しました!」

 

 面倒事を部下に押付けて先へ進む。それも仕方がない。何故なら荷台には、超危険人物兼VIPが乗っているのだから。

 

 

「爺さーん!悪いんだが起きてくれー!急患だー!」

 

 暫く馬車を走らせ、やって来たのは立派なレンガ造りの家。ドンドンと扉を叩くローウェンの後ろに、私はウィルを抱き抱えて立つ。

 すると直ぐに、扉の向こう側がバタバタと忙しそうな音を立て始め、看護婦ナースが出てきた。

 

「お待たせしました。お入りください」

「はいよ。悪いね」

 

 突然の訪問と迷惑料として硬貨数枚を渡すローウェン。私はそれを蹴飛ばして、奥で座る人物に詰め寄る。

 

「野犬に生きたまましゃぶられたくなかったら、今すぐにこの子を治せ」

「……なんだいキミは?礼儀というものを知らないのかね?」

 

 開口一番で険悪な雰囲気になる医者とカミラ。そんな最悪な雰囲気をぶち壊したのはローウェンだ。

 

「悪いね爺さん。その子、ちょっと手違いで怪我させちまってな。カミラ嬢は愛しい人を傷物にされて怒り心頭なわけ。月イチの奥さん相手にしてると思って接してやってくれる?」

 

 医者はチラと私に視線を向け、小さくため息をつく。

 

「そういうことなら先に言ってくれ。あの間の妻はクランプス(ヨーロッパ版の鬼)なんだ。理不尽に耐えるのは慣れてる」

 

 よく分からない会話にカミラは、見た目だけは可愛らしく小首を傾げる。ジョークとは言え、もし理解されていたら大変なことになっていただろう。

 

「カミラ嬢、こちらへ。早速診察に移りましょう」

 

 部屋に通され、ウィルをベッドに寝かせる。医者は何だか知らないが、テキパキと器具で診察をこなし、結果は左腕の骨折と、複数箇所の打ち身や擦り傷。大事に至るものではなかった。

 サッと消毒は済まされ、折れている左腕は、包帯でぐるぐる巻きに、のち石膏で固められた。

 

「筋肉ダルマに吹っ飛ばされたんだって?全く可哀想に。意識はすぐに回復するはずだけど、ギプスが固まるまで、明後日の夜辺りまではあまり動かせないよ?ここに泊まってくかい?」

 

 じき夜明けだ。どうせ宿を探すことになるだろうし、ウィルの傍にいてやった方がいいな。

 

「ああ。そうさせてもらう。カーテンのある部屋か、窓のない部屋で頼む」

 

 私は再びウィルを抱き抱え、診察室を後にした。

 

 

 目が覚めた時の感想は、『とにかく痛い』だった。ほぼ全身がヒリヒリするし、左腕は動かそうとするとズキズキと痛む。何だか固められているし、骨折したんだなとひと目でわかる。

 だが今はカミラの安否……は確認するでもなく大丈夫そうなのだが、どういう訳か目の前にはお山が2つ。

 寝ぼけ頭を必死に働かせて、下からちょんとつついてみれば、パン生地のような柔らかな反動が返ってくる。

 

 って、何してるんだ僕は!

 

 遂にやってしまったと、罪悪感に苛まれながら起き上がり、辺りを見回す。

 

「どこだろうここ……宿にしては、なんか変な臭いするし」

 

 田舎者のウィルには嗅ぎなれない、エタノールや各種薬のニオイ。しかしそんな事はすぐに気にならなくなる。グゥー!とお腹に住む魔物が駄々をこね始めたからだ。

 

「ご飯買ってこよう」

 

 ウィルはポケットに右手を突っ込み、少量の小銭があることを確認し、部屋を出た。

 気持ちよさそうに寝ているカミラは、起こさなかった。

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