第12話 足掻き

 行商人に扮して襲いかかって来た2人組の男は、カミラの驚異的すぎる身体能力によって、可哀想に思えるほどボロボロになって逃げて行った。色々所持していたのに、ほぼ全てを置いて。

 

「保存食とか、毛布も、うわ臭っ!」

「あいつらが使ってた物でしょ?汚いから捨てちゃって。街に着いたら新しいの買えばいいし。あー望遠鏡か。これで私たちを見てたって訳ね」

 

 2人でガサゴソと荷台に詰め込まれた物を物色し、先の毛布のような、要らないもの(使いたくないもの)をポイポイ道端に捨てて行く。

 

「ま、こんなもんでしょ。さっ、乗った乗った」

「カミラさん、馬車操れるんですか?」

「さあ?何とかなるんじゃない?最悪私が引っ張っていけばいい事だし」

 

 なんとまぁ脳筋な。

 僕はチラと荷台に視線を向ける。

 保存食と水だけでも結構な量があるけど……きっとできちゃうんだろうなぁ。

 見た目は気品の良さそうな美女だが、今までの経験上、中身はゴリラを軽くあしらえる程の……生物?とウィルは考えている。

 

 本人にバレたら首を跳ねられそうな不敬な考えを払い除け、荷台の最前に詰める。カミラも、眠そうに蹲っていた馬に何やら囁き、御者台に飛び乗る。

 

「あの、なんて声かけたんですか?」

「使えなかったら明日の夕飯ねって」

 

 おおう。

 馬だから理解していないはずなのだが、何故だろう。青い顔で怯えているように感じるのは。

 

 と、身が縮こまる様な激励を受けた馬は、カミラの適当な鞭さばきでもしっかり進んで行く。

 御者を完全に無視したとんでもない馬だが、そのおかげでお皿に並びそうにないのは幸いか。

 

「あ、そう言えばあのおじさんたち、逃がしちゃってよかったんですか?捕まえて街まで連れて行ったりとか」

「いいのいいの。あんな臭いのと一緒に居たくないし、あの身なりじゃどこの街にも入れないだろうし。ほっとけば出血死するから」

 

 そんなものなのか。

 外の世界に対して、父母による伝聞程度の知識しか持たないウィルは安易に納得する。ところで、ここまで散々動物は狩ってきたが、人を殺す場面を見せなかったのは、彼女なりの優しさなのかもしれない。実際、目の前で臓物が飛び散ろうものなら、寝る前に食べた子ヤギのシチューを全部吐き出す自信がある。

 まだカミラという人物は、とんでもなく強い、という事くらいしか知らないが、ウィルは存在しない姉を重ねるほど尊敬し、信頼していた。

 

 そんな尊敬する人物が御者に飽きたのか、腕に鞭を巻き付けて遊んでいる後ろ姿を眺めている時、事件は起きた。

 

 パァンッ!というさながら爆発音響かせ、馬車は急停止する。荷台でうつらうつらしていた僕はと言うと、先の鞭であろう音と、急停止による揺れで暴れ出た水を、頭から被って飛び起きた。

 

「どっ、どうしたんですか!?」

 

 僕は荷台から御者台に向かってニュッと身体を突き出す。

 その際に下に目線をやれば、地面には鋭く抉れた跡が。カミラは、鞭を馬には打たなかったらしい。命拾いしたな馬よ。

 

「予想が外れて、少し面倒な事になったな」

 

 そうこぼす彼女の視線の先からは、2つのランタンの灯りが、ゆっくりと近づいてくる。

 

「ウィルはそこで待っていて」

「あ、はい。気をつけて!」

「なに、心配するな」

 

 カミラは御者台から降り、ここまでよく働いた馬の鼻梁をポンポンと叩く。

 そのままの体勢で待っていれば、僕にも見えてきた。

 

「逃がしたおじさん!……と街の兵士さん?」

 

 前を歩く2人がの男は、左手でランタンを持ち、左腰には鈍い存在感を放つ剣が携えてある。どちらも大男だ。そしてその後ろには、腕に取り付けた小型のバリスタの様なもので攻撃してきていたおじさんが付いている。もう1人の、背中から蹴っ飛ばされたおじさんは見当たらない。

 

「兵士さん!あいつ、あの女ですよ!いきなり現れたと思ったら、剣で俺の相方を殺して馬車を奪ったんだ!食いもんも金も全部奪われて!俺だってこんなボロボロにされちまってさぁ……あいつ、ぶっ殺してくれよ!」

 

 おじさんは兵士の後ろで小さくなりながら、残った震える右手でカミラを指し、早口でまくし立てる。

 真っ赤な嘘をぶつけられたカミラは、はぁと大きく溜息をつき、口を開――こうとした。

 

「お嬢さん。それと後ろの少年も、話を聞かせてもらいたいんだがいいかな?」

 

 兵士の1人が、何かを手からぶら下げながらそう言った。

 近づいたとは言っても、流石に小物までは見えなかったため、僕は荷台に置いてあった望遠鏡を覗き込む。

 

 ――十字架?なんで?

 

 特に武器では無さそうだと、確認が取れた僕は望遠鏡を置く。

 あれ?さっきからカミラさん、なんで黙ってるんだろう?

 

 あんな嘘、言い返してしまえばいいのにと思って顔を彼女へと向けた僕は、驚いて尻もちをついた。

 カミラは、盗賊と対峙した時も殺気を纏っていた。僕やおじさんは、それをはっきりと感じ取って冷汗を滝のように流した。だが、今回はその比ではない。

 美しい顔は、怒りを1周通り越して絶対零度の無表情に。腕や脚は、血管が幾重をも浮かび上がるほどに力が入っている。それなのに、一切動こうとしない。

 

「……カミラさん?」

 

 そんな彼女の状態を見てか、2人の兵士は互いに頷き合い、手からぶら下げた十字架はそのままに、剣を抜き近寄ってくる。

 

「ッ!こ、来ないでください!!!」

 

 僕は、体に対しては大きい、粗悪な作りのナイフを持って飛び出した。動かないカミラの前で、両腕を開き、声を荒らげる。

 

「そ、それ以上近づいたら、攻撃します!!!」

 

 僕は必死に叫ぶが、近づいてくる兵士の足音は変わらない。

 彼らの目線はウィルよりも上、カミラのことしか眼中に無いらしい。

 

「ぅわああアアアーー!!!」

 

 剣の、ナイフの使い方なんて分からない。だが、あの十字架が何らかの悪さをしていることくらいは分かる。

 僕はそれ十字架一点に、全速力で突進する。

 子供の、小さな歩幅での全速力。それでも、村の子供たちの中では1番速かった。たまに村から抜け出して、森で鹿を追いかけたことだってあった。

 

 ――あと少し! あと少し!

 

 僕はナイフを振りかぶった。

 跳躍――

 

「カミラさんに近寄るなァァーー!!!」

 

 ナイフを振り抜こうとした瞬間、体の横から激しい痛みに襲われた。

 鎧を着込んだ大男のタックルで弾き飛ばされたのだ。

 軽い体で、しかも十字架を繋ぐ鎖を斬るために跳んでいたのだ。当たり前に勝てる訳もなく、ウィルは交通事故さながらに吹き飛んだ。

 

 僕の意識は、一瞬で消えてなくなった。

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