第11話 襲い来る悪意

 ウィルの村だった所から北上し始めて、2日が経った。相変わらず夜間にのみ移動し、太陽が登っている間は木陰や洞窟で寝て過ごすという、人間にとって完全逆転生活が送られていた。

 そして今も、ひんやりとした風流るる洞窟で、時折滴る水音を聞きながら横になっている。

 

 キレイな人だよなぁ……

 真っ白で陶器のようなスベスベな肌。長い、髪色と同じ純金のようなまつ毛。小さくて高い鼻。ぷるぷるとして、瑞々しい果実のような唇。

 もし、僕がこんな姿で生まれていたなら、領主様に嫁いだりしていたんだろうか。

 

 夜間かなりのハイペースで歩き続けて疲れているはずなのに、不思議と眠くならない。目の前でとびきりの美人が無防備な姿を晒しているからか。ウィルの体内時計がこの生活に適応しきれていないからか。無意識のうちに伸ばした手を引っ込め、ぎゅっと目を瞑る。

 

 ダメだろ僕!何してんだ!

 

 やけに張り切ろうとしている頭に村の家畜場をねじ込む。

 よくある、毛玉さんを数えるやつだ。そうしていたら、いつの間にか意識は闇に落ちていた。

 

 

「ウィル。起きろ、行くぞ」

「……んぁ? ぁはい!」

 

 僕は恥ずかしい寝ぼけ声を誤魔化すようにランタンに火をつけ、伸ばされた手を繋ぐ。

 

「行くぞ?」

「はい」

 

 弱々しいランタンの光では、僕の周りくらいしかまともに照らせていない。しかしカミラは、なんの問題も無いかのような足取りで洞窟を抜けて行く。

 実際、「人間では無い」と本人は言っていたし、きっと真っ暗でも大丈夫なのだろう。

 こんなことを考えていたら視界はすぐに開けた。まん丸な月に照らされて、今夜はとても明るく見える。

 

「? もういいだろう?」

「え? あ、そうですね」

 

 暗くて足場の悪い洞窟から抜けたら、手を繋いでいる意味は無い。

 もう少し繋いでいたいと言ったら、笑われるだろうか?

 甘えたい気持ちはあるが、迷惑はかけないと誓った手前、口には出せずに手を解く。

 そして今日も、北へ向かって歩き出す。道案内、と言っても、轍に沿って歩くだけだから、僕の仕事は分かれ道をどっちに行くかだけだが、しっかりとこなすのだ。

 

 と思っていたら、今日は運がいい。

 

「どうもどうも!今夜はいい夜ですねえー!」

 

 行商の馬車が通ったのだ。

 

「こんばんは!」

「はいこんばんは。お2人はご姉弟で?」

「いや僕たちは――」

「そんなところだ。何の用だ?」

 

 ウィルが最後まで言葉を発する前に、カミラによって遮られた。それどころか、ウィルを守るように背に隠す。

 

 ――カミラさん?

 

「いえいえ。特に用というほどでもないんですがねー。こんな夜中にお若い男女が歩ってたら心配で声もかけちまうもんでしょー!」

 

 行商の男はゆっくりと馬車を操り、2人の前で停める。

 

「近くの街まで、乗ってきます?」

 

 普通なら、楽できるし時短にもなる。「おじさんありがとー」と、喜んで飛び乗りたいのだが、カミラの顔が酷く冷たい。

 

「1人か?」

「え?ああお恥ずかしながら、護衛に逃げられちまいましてね。でもま、こんなとこ歩ってるよりかは安全だと思いますよー」

「フッ」

 

 カミラが笑った。

 ただ、それだけのことなのに、飢えた獣に睨まれたように汗が吹き出す。それは僕だけでなく、行商のおじさんも同じなようだ。

 

「臭いんだよ、お前たち。最後に水を浴びたのはいつだ?」

「え……っと、2日か。いや、3日前?だった、かな?」

 

 カミラは僕に動くなと手で合図し、荷台に近づいた。その手には、いつの間にか真っ赤な剣が握られている。

 

「先程、1人だと言ったな?ならばこの樽、剣立てにしても構わないな?」

「あ……いや。それは、少し、困ると言いますか……」

「そうかそうか! 困るか! ……中にいるヤツが死んでしまうからか?」

「ッ!」

 

 男の顔つきが変わった。

 男は指を口に突っ込んで『ピーッ!』と甲高い音を鳴らす。

 その瞬間、カミラが剣立てにしようとした樽が突き破られ、もう1人の男が飛び出す。それと同時に、腕に付いた何かから何かが飛び出したように見えたが、カミラは驚くでも無く、さも当たり前のように剣でそれを弾く。

 

「チィッ!なんでバレた!」

「臭ぇんだとよ!計画変更だ!ガキはぶっ殺す。女は……多少傷付けたって構わねぇ!とにかくとっ捕まえんぞ!」

 

 先程、樽から飛び出した男が腕を構える。それはノータイムで放たれた。

 僕に

 

 ――ッキン!

「殺す? 捕まえる? 誰が、誰を?」

 

 一切動けなかった僕の前に、ドレスの裾が翻る。

 

「チィッ」

 

 男は再び腕から放つ。

 もう1人の、行商だと思っていた男は、両手にナイフを持ち、横に回り込んでいる。

 

 ――ッキン!

「いいな。それ貰おう」

 

 カミラが消えた。

 いや、消えたと思ったら、男の目の前にいた。

 

「このッ!」

 

 男は突然目の前に現れたカミラに驚きはしたが、冷静にナイフを抜こうと、腕を腰に回す。

 だがそれは遅すぎた。

 

 赤い軌跡が、夜空を舞う。

 

「グア゙ッ――」

 

 ガシャン!と音がして、男が腕に着けていた装置は地に落ちる。カミラは呑気にも、それを拾おうと屈んだ。しかしそれを、もう1人が見逃すはずもなく

 

「カミラさんっ!」

 

 回り込んでいた男が投げたナイフが、背を向けているカミラへと迫る。

 それに対しカミラは――見もせずに剣を後ろに放り投げた。

 

 ただそれは、ものすごい勢いで飛んで行き、ナイフ諸共彼方へと消えて行った。

 

「は?」

 

 勝ちを、少なくともまともには動けなく出来る事を確信していた男は、一瞬の動揺に駆られた。

 そんな隙を晒せば、カミラに後ろを取られてしまう。

 

「ガッ!」

 

 無防備な背中を、華麗な回し蹴りが襲う。

 ゴキバギッ!と、とんでもなく痛そうな音と共に男は吹っ飛ぶ。

 

それ吹っ飛ばされた男持ってさっさと消えろ。さもなくば、汚ったない血の華が咲くことになるわね」

「クソッアマが……」

 

 最初に切り飛ばされたと思っていた、あの腕からピュンピュン飛ばしてきた男は、意外と軽傷だったらしい。とは言っても、片腕は筋が切られたのかだらんと垂れ下がっており、とても戦いを継続できるような状態でないのは明らかだ。

 

 と、「今日は運がいい」なんて思った僕を殴り飛ばしたくなる様な、怖い思いをした1日だった。

 反面、カミラにとっては幸運だったか、幾分晴れやかな顔になって、戦利品を手に駆け寄って来るのだった。

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