第9話 違い

「さて、これからの予定もある程度決まったし、もうここを発とうと思ってるんだが、行けそうか?」

「あ、はい。大丈夫です!」

 

 この川辺に来てからまだそれ程時間は経っていない。しかし、ウィルの話からするに、父親が死んでいるのはほぼ確定。ならばここで足踏みしているのは時間の無駄だ。

 

「あの、カミラさん。ここを離れる前に、最後に……みんなに、村にお別れしてきていいですか?」

「……近くまでは行けないぞ?」

「分かってます。遠くからでもいいので」

 

 私個人としては、危険な場所にわざわざ近づくなんてことはしたくないのだが、ウィルの気持ちを考えるなら仕方がない。

 

「え?うわっ!?」

 

 私は軽い身体をヒョイと抱き抱えた。

 

「落ちるなよ?」

「は、はい?」

 

 私は吸血鬼。コウモリに化けたり空を飛んだりは出来ずとも、この位なら出来る。

 脚に力を入れ、地を蹴る。足場が不安定な砂利だろうと関係無い。

 

「ぅわああぁぁぁーーー!!!」

 

 ただの跳躍。少しばかり、人の知るそれとは速度と飛距離が違うだろうが、飛んでないのなら誤差だろう。

 

「私について来たいなら慣れるんだな!」

「はぃ頑張りますぅーー!!」

 

 私はこうして近く大きくなった月を見るのが好きだが、どうやらウィルはそれどころでは無いらしい。ぎゅっと目を瞑り、腕が白くなるほど力強くしがみついている。

 こんな表情かおされるとは、可愛らしいじゃないか。

 

 ひょうひょうと、冷たく切り裂くような風を浴びること僅か十数秒、再び惨劇の地が映る。

 

「ウィル、着いたぞ」

「え?あ……」

 

 降り立った場所は、2人が初めて出会った場所から数百mは離れている大木の枝の上。人間の目では、赤と黒が混ざりあった雑景にしか映らないだろうが、子供の精神衛生上、ここが限界だろう。

 

「カミラさん。父さんと母さんは、安心して眠ってくれているでしょうか?」

「……どうだろうな。ただ少なくとも母親の方は、優しい笑顔をしていたよ」

「…………」

 

 私の前でしゃがみこむ少年の表情は見えない。がしかし、もう泣いていないことは分かった。辛い気持ちを押し込めすぎるのは良くないが、これも男としてのプライドとかそんなも――

 

「カミラさん……高い怖い落ちる死んじゃう!なんでこんなとこに居るんですか!?下ろしてぇー!」

「ん?もうお別れはいいのか?」

「いいですいいですからー!うわぁッミシッて言った!助けてぇー!」

 

 少し、いやかなり、思っていたものと違ったが、気が済んだのならそれでいい。私はウィルを小脇に抱えると、そのまま飛び降りた。

 

「ヒイッ……」

 

 何だか下の方でみっともない音が漏れた気がする。うーん。人間はこの程度が怖いのか。覚えておこう。

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