第5話 出逢い
憎き太陽の姿は隠れた。カミラは漸くかといった面持ちで腰をあげる。
「家を出てもう直5日、か?さて困ったな」
彼女の祖母ヴィクセンが言うには、「近くにカードがあれば自然と分かる」との事。だが、これまでそれらしい気配も何も感じ取れていない。それでも、何も情報が得られてない以上、ただ歩き続けるしかないのだ。
ん?コウモリにでも変身して飛んでいけばいいじゃないかって?
それが出来るなら苦労しないのだがな。どうも私の能力はそれとは違うらしい。どちらかと言うとそう――
1人旅に飽き始め、どこかの誰かに解説でもし始めようかという時、脇道の茂みから音が立った。
「ふん、ちょうどいい。今晩何を食べようか悩んでいたんだ」
カミラは自身の長くて鋭い爪で指先を裂くと、真っ赤な鮮血が吹き出した。しかし彼女は動揺しない。当たり前だ。
これこそカミラ・ツェペシュの能力。己が血を刃とし、立ち塞がるもの全てを切り刻む。
戦いの為の力だ。
本人は全く、これっぽっちも気に入っていないが、『切り裂き姫』などという異名を付けられたこともあった。
「さあ!何が出るかな!」
見事な刃を形成し終わったカミラは大きく一薙ぎ。それだけで、近くの草木は台風にでも晒されたかの如く弾け飛ぶ。
惨たらしい現場にコツコツと歩いて行き、特に探すでも無く、夜目が効くこともあってかヒョイと肉塊となったものを拾い上げる。
「なんだ蛇か。しかも小さい。これじゃ大して腹も膨れんな」
今回の狩り、と言っていいものなのかは分からないが、とにかくハズレだった。だがこんな人の手が届いていない田舎道。しばらく歩いていればそのうち次の獲物が見つかると、大して気にも留めない。
サッと適当に血抜きを済ませ、次の獲物、若しくはカードを目指して歩き出す。
歩いては狩り。歩いては食べ。歩いては眠る。
ここ最近のカミラの生活はこれの繰り返しだ。
「今日こそはそれらしい何がが見つかれば……ん?」
お祖母様の、匂い?
それは厳密にはヴィクセンが使っていた香水の匂いだったが、そんな些細なこと、今は関係ない。ついに見つけたのだ。
カミラは手に持つ肉塊をどうしようかと少々考え、鞄に放り込むのも気が引けたため、そのまま口に突っ込んで匂いのする方向へと向かった。
近づく度に濃くなる香水の匂い。何の匂いかと問われても首を傾げるものだが、今回のは、少々おかしい。
「死肉と、炎の臭いか?」
カミラの予想は正しかった。
木々の奥から覗くそれは、轟々と火柱を立て、みすぼらしい民家を燃やし尽くさんとしていた。
「最悪だな。試練とでも言うべきか?」
闇を照らす橙の光に向かって漏れ出た一言。炎だって、吸血鬼の弱点のひとつ。それでも、香水の匂いはここから発している。行くしかないというわけ。
カミラは森を突き抜け、崩壊した村へと立ち入る。すると、
「ア゙ア゙?」
岩か何かだと思っていたそれは、音か匂いか、はたまた生者のエネルギーか、とにかく何かを感じ取ってゆっくりと立ち上がる。
「ゾンビ如きが。私の前に立つなんていい度胸してる」
カミラは蛇を狩ったまま戻し忘れていた血剣を軽く振るう。
「さて、何が原因でああなったのやら……」
カミラは散った肉、食い散らかされた肉、焼けた家屋に視線を移すが、一瞬で興味を失う。
「別に、人がどこでどうなろうと知ったことでは無し。さっさとカードを見つけて退散しましょ」
色々な臭いが混ざりすぎているが、大方の方角は分かる。小さく整った鼻を利かせ、時には襲ってくるゾンビを切り捨てながら村を闊歩する。塀を乗り越え、吹き付ける火の粉を避け、顔を向ければ――
「はぁ。見つけた」
家の入口で倒れてきた柱にでも下半身を潰されたか、あの時、広場で見たカードの裏に描かれた紋様が浮かび上がるゾンビがいた。
「ねえ、お前でしょカード持ってるの。渡してくれない?」
「イ゙ヴ……ア゙……ヴ」
「いうあう?何言ってるの?」
そのゾンビは女だった。そしてどういう訳か、まだ意識があるらしい。地べたに這い蹲るそれは、右手を仕切りにカミラへ伸ばし、左手は力強く家の中を指している。
「中にあるの?どの辺?」
「イ゙ヴ……イ゙イ゙、ア゙ヴ……ウィリア゙ブ!」
ウィリア゙ブ……ウィリアムだろうか。大方この女の子供か、若しくは夫か。今にも燃え落ちようとしている家の中に閉じ込められているといったところか。カードがこの女のどこにあるかも分からないことだし、助けてやるのは吝かでは無いのだが……
「私、細かい作業は余り得意じゃないのよね。だからまあ、切れてしまったら運がなかったと思って!」
カミラは右手を左腰の辺りで構え、思い切り振り抜く。
木と岩で出来た家も、全てを焼き尽くさんとしていた炎も、そこにあった全てが、剣の主の腰より下を残して全てが消え去った。
生きているなら勝手に出てくれば良し。死んでいたなら運が無かったと諦めれば良し。仕事はしてやったぞと、カミラは女に視線を落とす。
その時、視界の隅で、金色の何かが動いて見えた。
「母、さん……」
それはどこにでも居るような普通の少年。
ただ髪が金色で、煙に巻かれて死にかけていると言うだけの、カミラにとっては道端の石程度の興味しか無いはずのものだった。
「……は?」
だと言うのに、私は、何をしている?
嫌いな炎に飛び込み、ドレスを焦がし、煤に汚れながら、少年を抱きしめている。大切な何かでも無い、ただの道端の石ころを抱きしめている。
僕は
私は
この時の出会いを忘れることは無いだろう
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