第3話 母のために
陽も落ちかけて、部屋が橙に染まる頃、カミラは苦心していた。祖母から伝えられた宝探し。それに対する決心がようやく固まったのだ。
「あ、あの、お母様」
「ん?どうしたのカミラ」
「あ……えっ、と」
私が旅に出る。それ即ち、母を1人にするということ。
本当なら一緒に、と言いたいところだが、不自由な体では着いてくることもままならない。
四肢は奪われ、綺麗だった赤目は黒ずんだ鈍色をしている。
「……今日も、痛むのですか?」
「そうね。今日も、明日も。この先、ずっと痛むでしょうね」
ソフィアは痛々しい瞳を開き、寂しく笑って見せた。
「ならせめて治療を!銀さえ取り除けば、少しは楽に!」
もう何度目か。
私のこの提案に、母は1度として首を縦に振らない。
決まって
「いいの。これは罰だから。私が灰となって消える時まで、一生背負って生きていかなければならないのよ」
こう言うのだ。
何に対する罰なのかと問うても、何も教えてくれない。常に母に付き従っているこの男、ヘルマンに問いただしたこともあった。時にはかなり惨い方法を採ったこともあったが、一向に口を割ろうとはしなかった。
「それで?こんな話がしたかった訳では無いのでしょう?」
「ッ!」
やはり母には敵わない。なんでも、では無いにしろある程度は分かっているのだろう。
「はい。そうですね。
この前話した、宝探しの事についてです」
「お祖母様が始めた事だったわね」
「はい。それで、その宝物は恐らく沢山あって、世界中を飛び回ることになると思います。いつ帰れるかも、分かりません」
「…………」
「それでも、どうしても、その宝物を全て集めたいのです。しかし、そうすればお母様を1人にして――」
「いいのよ」
「え?」
「私の事はいいの。あなたがどうしたいのか。それだけでしょう? いつまでも私の事ばかり気にして、あなたが何も出来ないのは嫌です。私はこの不自由な身を、天命として甘んじて受け入れています。だからあなたも、自分のためにどうしたいかを決めなさい」
……母が嘗て、こんなにも強い言い方をしたことがあっただろうか。少なくとも、私の記憶の限りでは無い。
窓際で、小鳥たちと戯れていそうなあの母が、「私のためではなく自分のために」と。
私が負い目に感じているのも分かっていて、なんて、ずるい。
「分かりました。なれば、行かせて頂きます。
しばらく、寂しくなりますね」
「ふふっ、そうね。行ってらっしゃい」
その日、私は必要最低限な物だけを鞄に詰め込んで、家を出た。
最後まで、宝物が何かは話していない。
「自分のため……」
そう。これは自分のためだ。
自分のために、母の苦痛を取り除く方法を見つける。
例え拒否されようと、少しでも楽になってもらうために。
□■
「行っちゃったわねー」
「……宜しかったのですか?」
「ん?何が?」
「カミラ様は、恐らく貴方様のためにその宝物を探しに行かれたのでは?」
カミラが去った後、静かになったリビングに2人の声が響く。
「そんなの分かってるわ。あの子は、とても優しいから」
「それでは、先程と仰っていることが」
「ええ。でもね、お祖母様よ?ううん、私の母よ?」
「……と、言いますと?」
「そんな思い通りになるはずが無いわ。きっと――」
ソフィアは、実の母ヴィクセンがどんな人物がよく分かっている。
帰ってきた娘の姿も、恐らく、集められた先で何があったのかも。
母の名はヴィクセン。
女狐だ。
この宝探しがそのままの意味を持たない事くらい容易に想像がつく。
「カミラ様が心配では無いのですか?」
「まさか!心配よ、これでも母だもの!でもきっと大丈夫。あの子は、あなたより強いじゃない?ねえヘルマン?」
「ハハッ そうでしたな。『強くなるんだ』と何度も手合わせさせられて、何度も死にかけましたね」
2人は過去に思いを馳せる。
小さくて弱々しかった
今は、何を見つけて帰ってくるか。それを楽しみに待っていれば良いのだ。
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