第2話 銀
「全く、酷い目に遭った」
そう呟いた女は、所々裂け、血があちこちにこびりついたドレスを嫌そうに脱ぎ捨てた。
「はぁ。お祖母様は何故あんなことを」
女が疑問を抱くのも無理は無い。何しろ、彼女の祖母、今回の騒動の元となったヴィクセン・ツェペシュは同族を、つまり、吸血鬼の繁栄を願っていた。正体がバレ、住処を追われた者には偽の戸籍と家を用意し、兄弟喧嘩から殺し合いに発展しそうであれば、どこからともなく現れ、双方できる限り納得した形で和解させる。
そんな祖母が今回に限って、どういう訳か殺し合いを促したのだ。
「促した……私がそう感じただけ?いや、でもあれは」
女は綺麗な金色の髪をかき上げ、もう疲れたと言わんばかりに体を乱雑にベッドへ放った。
「カード。世界中……か。どうしよ」
女はベッドの上で思考を巡らせる。
祖母の提示した課題は至極単純。「カード世界中にばら蒔いたから、頑張って集めてねー」というもの。
それを達する時、己の肉体にかけられた呪い、つまり弱点だ。それを大幅に少なくできるという。
「日光、十字架、流水。この辺りを克服できるならかなり生活しやすくなるな。
だがしかし枚数は? 順番は?
祖母は「カードに近づけば分かる」ということ以外、一切の情報を明かさなかった。もし何十、何百枚もあるのだとして、それを他の者達より早く、そして奪われない様に立ち回り続けなければならない。
さらに、
「必ず奪い合い、殺し合いが起きる」
そう。この宝探しゲームは、「皆で仲良く強くなりましょー!」と言ったものでは決して無い。
ただ気に入らないから、とか言う理由で直ぐに決闘となる様な種族だ。
祖母もそれは分かっているはずなのだ。だから一層、こんな事をする訳が分からない。
女が思考の海で溺れそうになっている時、コンコンとドアが叩かれた。
「カミラ、帰っているの?」
「あ、お母様!少々お待ちを!」
女、カミラ・ツェペシュはクローゼットから適当な服を引っこ抜くと、早着替えの如く一瞬でそれを身にまとい、反面、部屋の扉はゆっくりと開けた。
「お母様。ただいま、戻りました」
「ええ。お帰りなさいカミラ」
カミラは歯を食いしばり、母の顔を睨みつける。否、母の顔を、目を、腕を、脚を、亡きものにした吸血鬼狩人を睨みつけたのだ。
「お祖母様はどう?元気そうだった?」
「あ、はい。元気そう、でした。いきなり『宝探しをする!』なんて言い出すんですから、元気だったに違いありませんよ」
カミラは別段嘘を言った訳では無い。現に、この宝探しを思いついたであろう時の顔は、歳に似合わず幼く、お気に入りの玩具を与えられてはしゃぐ妹の面影さえ見えたものだ。
「そう。それで、その宝探しはするの?」
「え?」
カミラは宝探しの内容までは口にしていない。母は昔から何かと鋭いところがあったが、これは分かっていて聞いているのか。それともただ何となくなのか。
「まだ、迷っています。確かに、宝物を見つけられれば今より一層暮らしやすくなることは確かです。でも、それが何処に、どれだけあるかも分からない状態で、それに……」
「……お祖母様が決めた事なのでしょう?ならちゃんとした意味があるはず。あとはカミラ、あなたがやりたいかやりたくないかだけよ」
意味……そうか
「分かりました。もう少し考えてみます」
「ええ。それがいいわ。もうすぐ夕飯だから、シャワーを浴びたらリビングに降りてらっしゃい」
「ッ!」
自身の切り傷擦り傷もそうだが、返り血をそこそこな量浴びていたことをすっかり忘れていた。これでは母に何かあったと察せられても無理は無いか。
「では、ソフィア様」
「ええヘルマン。下にお願い」
母の介助として付き従っているヘルマンは、カミラ軽くお辞儀をし、車椅子を押して行った。
「……銀。銀が、弱点から無くなれば、お母様の痛みも少しは和らぐだろうか」
カミラは銀で塗りつぶされた母の目を想い、拳をぎゅっと握った。
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