第5話

「何ですかいソレ――」

「嗚呼……少しね」

「ええ!? それってもしかして物凄く重要なやつでは――」

「まあ……そうだが猿山君、君にはトップシークレットだ……申し訳ないがそれ以上明かせられない」

「ええ!? そんなんズルいですよ先生! せめて誰から貰ったぐらいはいいでしょう! 僕たちの仲じゃないですか!」

「君なら、僕が何と言わずとも分かると信じているよ……とにかく、君には明かせないとだけ――勘違いしてほしくないから言うが、君は一時的にだが、ここの看板を預けている、だからさ――それ以上は言わないよ」


 そう言うと、とても難しそうな顔をして考え込む猿山助手。

 そんな彼を放っといて、そのバッチを手の中で転がす――バッチと言ったけれど、詳細にはバッチに似た何かであり、中星からは『少なくとも“こちら側”の協力者として見てくれる』と言っていた。何のメッセージか……あらゆる思考を巡らせている最中に邪魔が入る。


「先生」

「申し訳ないがね、猿山君……今僕は考え事をしているんだから手短に頼むよ――」

「いやあそう言えば、警察とか公安って拘束スルー機能を持てましたよね?」

「ああ――ブロッカーの事かい?」


 ブロッカーと言うのは、警察や公安、軍など一部組織にだけ許された機能の一つである。

 通常、人格チップを機能させる構造上、犯罪行為がブロックされる仕組みがあるのだが、そもそも、何をもって“犯罪行為”とみなすかなのだが、銃器等もってしまえばそれはもう立派な犯罪行為となってしまう。

 そもそもVRであらゆる体験ができる為、包丁さえも現実世界で規制されている世の中なのだ。

 攻撃する意思が無くても、持つことさえ許されない。

 けれども、治安維持を名目としたその組織内では持つことができる――仕組みは監視チェック機構による、第三者機関の申請である。


 ブロックチェーン技術の延長にあるものだが、これを飛躍的に、謂わば3次元的にまるで網の如く、それを監視できる機構であり。

 通常、義体を動かす為のブロック機構であるが、それが起動するのは“持ってはいけない”という信号が送られているからであり、しかしこと“ブロッカー機能”があれば、“持っても良い”という信号に変わる。


 このブロッカーの仕組みを簡単に説明すると、

 以上の“監視する”という構造から、全人類の認識を変えない限り、このブロッカー機能と言うのは作用しないのだ。

 例えば、僕と言ういち存在にはブロッカー機能が作用するようにプログラムされてはいるものの、それが起動することはない。なぜなら前述した、監視チェック機構という第三者機関が常時監視しており、またそこから命令を出さない限り、作動されないようにできている。

 しかもこの監視チェック機構と言うのは、個人個人の人格チップに搭載された、判別等価システムによってそれが『ブロッカー《治安維持装置》』として作用するのだ。そしてこれはAIによりその人間の認識とは別の回路で回っているため、こちらの思考で左右されたりはしない。

 勿論、この目の前にいる猿山助手にだってある。


 単純な話、彼が僕を警察かなんかと勘違いして思い込んでいても銃は疎か、包丁を持つことさえできない。

 しかし、彼が僕を警察だと思いそして、本物の警察が僕を同業の警察だと思い、また違う人間が僕を彼らと同じ警察という職業だと認知した時、初めて僕は凶器が持てる――しかし、あくまで可能性の話であって、実際はそんなことはまずないだろうが……。


 まあ単純な仕組みだが、これがなんだと言うのか。


「ないね、可能性は低い」

「でもそう言う人たちしかいないじゃないですか」

「いいや、その可能性は無に等しい……もし仮にそれがハッキングとかクラッキングとか……もっと大きなリバッキングができたとしよう、でもそれをやるとなると多大の労力と時間がかかるだろうし、絶対にとは言えないが、かなり線が薄い」


 もしやるとなると、まず役者が必要だが、役者を用意した時点でまず犯罪行為としてブロックされる。

 まあ技術上、どうしても金銭の取引が発生してしまうと、途端にそれが機能しなくなるのだが――まあこればかりは大人のエゴというべきか。


 そもそもの数世紀間、大陸の大部分は地殻変動や、大気汚染により住める土地には限りがある中、農地などの開拓が難しくなってきた頃の、いまから数百年前、まだまだ義体化が物議を醸していた時の出来事。

 高さ200~600メートルある吹き抜けのビル群を作り、そこで農業をするという大規模農地改革が起きた。しかしそこで起きたのが、構造体の耐久性である――もとより、深く根を張る食物などは下層で生産する為、小麦の単価は毎年のように高くなってゆき、何度か暴動が起きたこともあったものの、構造体が鉄筋コンクリートから、新合成セラミック樹脂へと移行を始めると瞬く間に食料の供給が安定した。しかし、それから現実の食料の需要がなくなりつつあり、その上、あらゆる企業による株の暴落、国家運営のVR事業への傾きなど、あらゆる問題が重なった結果、各地で裏取引などが常習化し、それが今現在まで暗黙の了解として続いている。

 これ自体、企業や国と言うスケールが大きく、民衆がどうとかする以前の問題であり、そもそもあらゆる問題が重なり続けた結果、もうこうする他ない状態になってしまったのだ。


 それを今この瞬間に、新しく根底の義体プログラムを作り直して一斉に改変することもできるだろう。

 しかし、それをしてしまうとあらゆる人間が生きられなくなってしまう。もう、そう言う世界になってしまったのだ。


 それ故に、一見そのシステムとは矛盾と言えるようなブラックマーケットが存在できてしまうのだ。

 建前上、犯罪行為とみなされればそれはもうアウトとなる、しかし現状を見ると、前にも言ったような賭博場に類する場所が企業単位の規模で存在するのだ。現状それが表に出れば大問題だが、裏側で大人しくしていれば、お咎めナシという事だ。

 まあされどこの時代にそんな闇市場へと関わる人種と言うのは限られている。

 例えば、その企業を動かす立ち位置に居る株主だとか、CEOだとか、国家運営に携わる重鎮だとか……いずれも僕ら庶民とは程遠い位置にある人物ばかりだ。


 なので、そんな場所に集まるとしたら、保守的な人間ばかりになるという事で――そもそもこの数世紀で起こった数多の事件により、この構造を守ることが何よりも重要な事だと彼らも察知している筈なのだ。そもそも、この構造を崩してしまえば、今以上に悲惨なことになるというのは、僕レベルの人間でさえ考えれば理解できる話なのだ。

 生まれた瞬間からディストピアな世界に居た人間にとって、大々的に抗う人間と言うのは危険なのだ……それ故に、そう言った思想が中心にゆくほど強く濃くなってゆく組織の内の一人が、その“殺人鬼”に該当するというのはとてもじゃないが考えにくく、やはり外部からの――謂うなれば、その円錐形の外側に位置する人間じゃないかとしか考えられないのだ。


 勿論、それが外部の人間だからと言って、内部組織へ潜り込んで犯行を企てることは不可能ではないのだが――


 だがしかし、大分不可能な事この上ない。

 そもそも、僕は探偵であって、犯罪者の心理分析官ではない。

 突飛な発想も大事だが、現実的に物を見なければいけない。


「じゃあ、先生は誰が怪しいと思います?」

「この時点じゃまだ手がかりも無い状態だぞ」

「いや、推測ですよ」

「推理ってのは憶測で語るもんじゃないんだぞ君ぃ……小学生の犯人探しじゃあるまいし」


 そう言いながら、星屑弥生は、ホワイトボードに書き込む。

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