第2話
数秒考える。
『あり得るかもしれない――が』
あり得ない。
だって、義体化は義務だ。
それを避ける方法は現状どこの国でもあり得ない。
どんな国であろうと、逆に国民を義体にした方がかえってメリットが大きいから、それが倫理的問題で議論や戦争をしてモメにモメている最中に導入したのが独裁国家なのは有名な話である。
最終的には自由を主張していたアメリカが受け入れ、条約に調印したのは世界史史上大きな歴史の転換点となった。
そんな背景がある中で、生身であるというのは意味が分からな過ぎた。
生身で生きていけないし、まず生身でいることすらできないし……カプセルから出る? コードも無いのにどうやって?
分からない。
思考回路がショート寸前まで追い詰められてゆく。それは比喩なのか事実なのか……。思考に余計なバグがちらつく……頭が痛くなってきた。
もう何も考えられない……いや考えたくないのだろう。
自分はただ、真実を究明したいだけなのに、何でこんなにも辛い思いをしなければならないのだろうか。それは自分でも分かって居た。何よりも彼女を失ったショックにより思考がままならず、推理を放棄し、ただの希望的観測を信じたいだけに過ぎないのだ。
星屑弥生は、今、何よりもそのことに悲観していた。ただ彼女を心の底から愛していたという事実よりも、それを感じても尚、理論的に解決してゆく機械的な自身の冷静さでなく、旧時代の人間そのものである、喪失から来る虚しさを埋める為、その場しのぎの憎悪の対象を必死に探している自分の姿に、ただただ失望しているのだった。
しかし、またその辛さは、弥生にとって最大の試練でもあった。
探偵としてのプライドか、それともその人間としての情か。
その両方がせめぎ合う。
そして、彼は決断を下す。
彼は、猿山の肩に優しく手を置いた。
猿山は不思議そうにこちらを見る。
彼は、何を言われようと、もうその熱を抑えられるほど大人ではなかった。
『僕は今日付けでここを止めることにするよ』
『ちょっどうしたんですか!?』
『ここは君に任せる……僕はもう探偵としてはいられない』
そのことに猿山は咄嗟に全てを理解した。
『復讐なんてする訳じゃありませんよね!?』
『もとよりそのつもりだ!!』
『そんな!! まだ自殺の可能性も――』
『猿山君――君にはこれが自殺に見えるのかい?』
『それは……』
彼の気迫に圧され、猿山は口を閉ざす。
『君だって伊達に探偵やってないだろう』
『ちょっと待ってくださいよ!!』
『経営が心配かい? 安心したまえ、君の評判はかなり良い』
『ちょっと先生!!』
そう、そそくさに探偵事務所を出ようとする星屑弥生の腕を掴み、彼は言い放った。
『まさか一人であてもなく探すんじゃありませんよね?』
『僕一人で十分だ!』
『いえいえ、先生はもう既に看板を私に渡してありますでしょう――どうです? 優秀な探偵はいかがでしょうか?』
胸に手をおき、紳士的な礼をする猿山。どこかで見た覚えのある姿だ――
『形だけ覚えても中身が伴うわけじゃないぞ猿山』
『実績はなんぼあっても困らないですからねえ』
『調子のいい事を言う……』
『今回はタダにしときますよ』
『そう安請け合いすると後で苦労するぞ』
『なぁに、先生の為なら生涯フリーですよ!!』
『ならばとことん付き合ってもらうぞ』
丁度、警察が到着する――それら全てを彼らに任せ、二人は事務所を出るとまず“殺人鬼”に関連がありそうな情報を片っ端から調べた。殺人鬼、義体化率、性別、年齢、身長、血液型、殺害方法、犯行現場……。
しかし、これと言って目ぼしい情報はなかった。
そうこうしている内に夜が明け、弥生達は一旦事務所に戻ることにした。
弥生が扉を開けるとそこには彼女が倒れていた場所が綺麗に掃除されているのが目に入る。調査に疲れて、悲しむ暇も余裕もなくなっていたはずなのに、胸の奥をジーンと貫くのは一体何なのか……。
瞬間、猿山が躊躇なくその上を通り、怒りを通して呆れ。そのまま干からびたような声で彼の名を呼ぼうとした時、彼は派手に何かに躓いて倒れた――顔面を机の角にぶつけその場に疼くまる猿山。
『おいおい……もう色々と勘弁してく……どうして躓いたんだ?』
聞くも、彼は悶えて答えられそうにない。
これは大した根拠のない謂わば勘だった。
彼女が倒れていたところにはカーペットを敷いている、それがふと気になってはいでみると、不思議な事に床板が浮いていた。
絶対こんな風にはなっていなかった!! 弥生はそう確信する。
この違和感は、恐らくは彼女を殺した犯人がやったものだ。つまり、犯人は、弥生達がここに戻ってくることを知っていたことになる。ならば弥生達の行動パターンを予測し、それに合わせた計画的犯行に思えない。
瞬間、思い切り板を剥がすと、笑ってしまうほど呆気なく、簡単に床板が外れる。
『ハァッ!?』
猿山も驚く。
だってそこにあったのは、小さな箱だった。
しかも、真っ黒な漆黒に覆われ、まるでそれはプラスチックなのか陶器なのガラスなのか粘土なのかも分からない不思議な物体であり、これがブラックボックスと言う記憶の塊と知るのはそう遅くはなかった。
いや、確かに文献で聞いたことは何度もある。
しかし、実際をそれを手にしてみると得体の知れなさと、あまりの浮世離れした性質に現実かどうかも疑わしくなってくる。しかし、同時に、これを開ければ彼女の全てが分かるのではないか――そんな気がしていた。
そして、弥生は、その蓋に手をかけた。
その中に入っていたものは――
『これは……一体?』
猿山がぽつりとつぶやいた。
そこには紙切れが一枚。
――人間としての正解を問う――
不格好につづられた文字。
その気色悪さにすぐ、箱をもとに戻した。
『嫌なものを見た』
『なんなんですかね――これは』
『僕が知りたいよ』
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