星屑弥生の探偵録

蜜柑 猫

第1話

 さて、考える。

 どうしてこうなったのか……星屑弥生はいかにも高尚な革張りの一人がけのソファに座り、脚を組む。

 どうして目の前に、死体が転がっているのだろうか――


 その答えを彼は知っているはずなのに、思い出すことが出来ないでいた。

 そもそもの話だ。

 この世界には、死者が蘇る技術があるのだ。いや、蘇るというにはあまりにも科学的過ぎる。

 死者蘇生というと聞こえはいいが、その実やることは単純明快。意識をICチップに埋め込み人格の保存技術による――バックアップに他ならない。


 なので、そもそも身体というのは義体であり。生身であるというのは、この時代珍しいのだ。

 そもそも、人体の義体移行はどんな階級であれどんな国の出身であれ義務付けられており、生身の素体が外を出歩くなんてまず不可能なはずなのだ。

 僕含め生身の素体は、カプセルに収納され意識を共有するだけして眠っている。


 そうして、肉体が動かなくなったら、新しい肉体へと意識を移していくのだ。

 それが当たり前で、それしか知らないからこそ疑問にも思わない。もう時代は子供を肉体的に作るというよりか、STAP細胞による3Dプリンターにより劣化した自分の部位を作り、脳が壊れるまで生きれる時代なのだ。

 もう生身の体を危険にさらしてまで子孫を作る旧時代的な世界ではない。子供を育てたければVRがある。

 もし、自分の脳に限界がきて死ぬとしても、体皮から何百と遺伝子データを取り、VRで出会ったかわいい娘の遺伝子データとを交換し、自分の理想の子供を組み上げ、3Dプリンタで出力する。子育てはAIが代わりにやってくれる。

 今やもうAIの人間の行動予測は99.9998%の精度を誇る。それ故に、もう完全とも言えるように人はAIによって、一人で成長することができる。300年くらい前までは父や母など個人対個人で子育てをするのだから考えられない。

 あまりにも大変そうだ。出産には苦痛を伴うし、価値観は合わないしで実際にそれが続けばノイローゼにもなりかねない。全て体験して思うのだからこの時代に生まれて本当に良かった。

 母も父もやってみたが、やはりどちらも良いものだ。

 自分の内側に命があるというのは不思議な感覚だったし、それを踏まえて父を体験するとまた社会の責任の重みさえ軽く感じた。

 けれど、それは映画を観たり、ゲームをしたりというエンターテインメントに過ぎないので、やはり旧時代は見るだけで十分と思う。


 しかし、今僕の見ている景色は、そんな常識を覆す光景だった。


 それは普通の死体とは一線を画していて――

 星屑弥生がよく知る人物だったからで――


 自分のよく知る人物が、なぜか生身の体で外に存在し、そして死んでいた。

 まるで自殺だった。

 いや、実際自殺だった。

 そう思わざるを得なかった。


 鮮やかな血がどんどんとカーペットを染めてゆく。

 触るのはよしておこう――さて本業の探偵としての仕事でもしようか。

 そもそもこの一件は、偶然なんかではなく、助手から一報があり発覚した事件なのだ。いや事件なのか事故なのか……そこを明らかにしなければならないが、この際どうでも良い。


 内心焦りを押さえていた星屑弥生だったが、やはり見慣れていたものだけにショックは大きい。

 警察はもう助手を通じて手配してあるものの、やはり珍しいため対応が遅れ気味だ。

 この義体もそろそろガタが来ているため、あまり好ましくないが修理するにはまだ高いのでこのまま続ける。


『うーん――やはり自殺にしか見えない』


 けれど、そうとも言い切れない。謎の希望があった。

 なぜなら、彼女の首元に鋭利な刃物による傷跡があったからだ。

 普通、自殺であるのならまあ考えられなくもない状態だが……そもそもなぜ刃物がここにあるのかが分からない。

 もう既に刃物自体規制が敷かれて数百年経つ、それも物心ついた時からそれは当たり前だったから、益々よく分からなかった。

 どこでこれを手に入れたのか……ふと頭の中に過るのは、地下闘技場。

 ちっぽけな噂話に過ぎないが、どこかにあるという地下世界に存在する無法地帯の賭博場。実際目にしたことなんてないし、ただ居酒屋で隣に座った男達の話を流し聞きした程度なので、本当かどうかすらも怪しい。

 しかし、この時代でも完全にあり得ない話ではなかった。

 きな臭い金持ちの道楽であることだってなくはないのだ。

 時代も時代だからだろうか。人間の論理なぞ旧時代のモノと全く違う、しかしそれをうまく呑み込めていない自分は異端なのかと言えばそうではない。

 自分の知人もやはりうまく吞み込めず、世論への思いを何度と語り合った――まあ、目の前の彼女がまさにそうなのだが……こうなってしまった友を見て、虚しさよりも憐みを抱きつつ思考を回転する。


 時代がそうさせたのか、人がそうなってしまうのか。

 何とも狂気と狂気の時代である。

 プラスチック時代から、核の冬時代、大氷河期と苦難が連続したせいでもあるのかもしれない。


 思考が少々脱線した。


 とにかく、彼女が他殺の場合もあるのだ。

 それを証拠にナイフの持ち方が不自然であり、これだと頸動脈を一発でこれだけの傷を作ることは不可能だし、しかもカプセルから出た人間がどこかで満足に食料を調達できたとして、一人で首を刺すのは流石に無理がある。


 つまり、彼女は誰かに殺された。

 その可能性の方が高そうだ。それが一人よがりな希望だとしても、それが事実探偵としてあるまじき心意気だとしても、そう信じざるを得ないほど星屑弥生のメンタルはショックに蝕まれてゆく。


 その犯人は一体誰なんだ? こんなことをするのはどんな人間か。

 まず考えられるのが、殺人鬼の存在。これもまた噂話だが、信憑性が高い。なんたって、検事との飲み会で明らかになった、最近連日で世間をにぎわせた人格チップの破壊を主とした犯罪者の存在だ。

 人格チップはバックアップされているため、義体に装着されたものが壊れたとしてもまた新しい義体に換装されるので、死ぬなんてことはない。多少なりとも精神的なダメージは負うだろうが命に別状はないのだが、また何故それを“殺人鬼”と揶揄するのかと言えば、これはニュースになっていないものの、政界の重鎮である7人の脳が破壊されたことにある。

 脳が壊されるのじゃ、世間に与える不安と言うのは尋常ではない。そもそも警備はどうなっていたのかとも思うが、しかしその二つの共通点としてまだ犯人が捕まっていないらしいのだ。

 恐ろしい話であるが、しかしその二つの実行犯が同一人物なのかの確証も無い。

 しかし、可能性としてはあり得る。あくまでもあり得るという程度。


『星屑先生!!』

『ああいるよ……考えている』

『警察の方なんですけれども――』

『それより、どうしてカメラのバックアップが残っていないんだ?』

『いや探してみたんですけど……』


 助手の猿山は、苦虫を嚙み潰したような顔をして残念そうに首を振った。


『データが改ざんされていました』

『だろうな、僕が犯人なら同じことをするよ……サブは?』


 大抵、ハッキングされて改竄されたとしても、サブカメラが起動するように二重で対策を練っているのだが……。


『残念ながら見破られたようです』

『まあ……だとしたら犯人が一枚上手だな』


 だとしたら殺人鬼と同じ可能性もいくらか現実味を帯びてきた……いやない。なら彼女はどうして殺された? だって彼女は一般人のはずであり、彼らがそれまで標的にしてきた人物とは違うはずだ。


 考えられるのは、開けたカプセルが該当のものと違っていて、眠りから目覚めた彼女が必死に逃げた先で、殺された……いや無理がある。

 しかもここは地上だ。それに、義体化した人間は、まず犯罪ができない――何故なら犯罪行為をブロックする機能が備わっているからだ。3012年、犯罪心理学により犯罪心理による自律機能の脳の働きが明確に示され、これを応用することにより犯罪行為を行うと強制的にブロックされる仕組みができ上がったのだ。

 これは解除とかそう言うのではなく、そもそも人格がチップに移行されてからなくてはならない、歯車として、それが唯一無二の部品として機能するようにつくられているので、そもそもそれ無しで義体を動かすことは疎か、正常に人格が機能するかどうかも怪しいのだ。

 未だその程度しか脳が分かって居ない為、下手に改造すれば死ぬ。


 それ即ち、犯人も生身であるという事――いやあり得るのか? 

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