第3話 ケイとマキのケース

 ケイとマキはLGBTのカップルである。ケイがマキにほれて、同棲を始めて1年がたった。でも、最近マキの様子がおかしい。

「マキ、最近どうしたの? 考え込むこと多くない?」

「・・・そんな・・・こと・・・ないよ」

「やっぱりおかしい。好きな人できたの?」

「ちがうよ。ケイが大事だもの」

「じゃあ、なによ」

「実はね、この前、保育園の前を通った時、すご~~くかわいい女の子がいたの。その子を見ていたら、哀しくなったの」

「私といっしょだと子どもができないから?」

「・・・・・・」

マキはだまってうなずいた。

「仕方ないね。マキは女の子だからね。精子提供を受けて子どもを作ろうか?」

「私たち二人で育てるの? それにだれのものかもわからない精子で子どもを作りたくないわ。提供者が変な人なら嫌だもの」

「マキ、それって二人目のだんながほしいってこと?」

 二人が住んでいるS区は、LGBTのカップルを認めていた。届けはしていないが、認められるはずだった。だが、届けをしなければ法の対象にはならない。認められなければ産まれた子どもは私生児扱いとなる。マキはシングルマザーとなる。それに、二人の生活力では子どもを育てることは困難だった。

「二人以外の男といっしょに暮らすの? 私はいやよ」

「それじゃ、子どもはできないわ。ケイと別れるかもしれなくなるじゃない」

「別れる?」

「今は二人で楽しく暮らしているけれど、10年・20年先も二人だけでいられる?」

「・・・・・」

ケイは押し黙ってしまった。たしかにマキの言うとおりだった。その日は二人とも押し黙ったまま背中を見せて寝た。


 翌日の夕食時、今日はケイの食事当番日だった。メニューはボンゴレスパゲティだ。黙って食事をし、片付けを始めたところで、ケイが口を開いた。

「マキ、昨日の話だけど、やっぱり子どもがほしい?」

「うん、ほしい」

「二人目の旦那の候補者はいるの?」

「ううん、赤ちゃんがほしいだけで、旦那はケイがいいの」

「そうか、じゃあ、二人目の旦那は私が選んでいい?」

「えっ! ケイが選んでくれるの? それなら3人で暮らせるね」

「うーん、3人で暮らすかどうかはまた考えることにして、今はまともな男をさがそう」

 翌日からケイのパートナーさがしが始まった。条件は3つだ。

1.「健康的であること」産まれてくる子どもが病弱では困る。

2.「まじめであること」素行不良では、子どもを育てるのに苦労する。

3.「仕事で留守が多いこと」将来的には同居する可能性があるものの、若いうちはできる限り二人の世界を大事にしたいというケイの願望だった。

 そこで、まずは長距離トラック運転手にねらいを定めた。運転手が集まりそうなドライヴインや飲み屋さんに通った。気の優しい男らしい人は多いのだが、中高年の男性が多く、独身であってもバツイチだったり、素行に問題ありということが見られ、いっしょに暮らそうという気にはなれなかった。

 次に外国航路の船員に目をつけた。港町に行って、情報収集をした。そこであるスナックのママさんから有力情報を得た。

「それだったら、アイちゃんがいいね。本名は相川って言うんだけど、顔は今いち。でも健康だし、浮いた話を聞かないもんね。というか、女の子と話すのが苦手なんじゃない。仲間とウチの店にきても飲むより食べてばっかりで、あまり話をしないもんね」

周りにいた女の子たちもうなずいていた。

「そのアイちゃんって、今どこにいるの?」

「今、船に乗っているんじゃない? 船員組合に聞いてみたら」

ということで、組合に聞くと、その船は3ケ月後でないと帰ってこないとのこと。ヨーロッパに行っているコンテナ船ということだった。スナックのママさんに来たら連絡をしてと頼んで、その時を待った。


 3ケ月後、そのママさんから連絡がきた。早速、次の日に会いに行き、ママさんの口ききで相川に会うことができた。

「初めまして、私はケイと言います。そして、こっちがお相手のマキです」

マキはニコッと笑ってあいさつをした。

「こちらこそ、相川です」

「実は、マキの彼氏をさがしています。ママさんから相川さんを紹介され、条件にぴったりということで、会いにきました」

「条件といいますと?」

「条件は、まず健康的であること」

「それは自信あります」

「次に、素行に問題がないこと」

「お酒は少々飲みますが・・・?」

「女遊び・ギャンブル・借金はないですよね?」

「それはないですね」

「それと、仕事に情熱をもっている人」

「それはもちろんです。今の仕事に生きがいを感じています」

ケイとマキは見合って、目でOKのサインをだしていた。

「ところで、お二人の関係は?」

相川が核心をついてきた。二人はしばらく黙ってしまった。しかし、付き合えばいずれわかることである。

「二人でいっしょに暮らしています。私たちレズなんです。でも、マキは子どもがほしいんです。相川さんが留守の間は、私がマキと子どもを守ります」

「・・・・・・・」

相川は言葉を失った。そこにマキが初めて言葉を発した。

「精子提供を受けても子どもはできます。でも、子どもには父親の存在を知らせたいんです。それに、自分が信じることができる男性の子どもがほしいんです。だんなさんが、家にいる時は大事にします。でも、留守の時はケイと仲よくさせてください。私はケイが好きなんです」

「私は種馬ですか?」

「そんなことはありません。子どもの父親になる人です。私にとっては、大事な人になります」

「その言葉に偽りはないですね」

「はい」

マキは相川をしっかり見て、はっきりと答えた。

「それでは、次の航海が終わるまでに、メールやスカイプで連絡をとりあいましょう。結婚するかどうかは、その後でよろしいですか?」

「わかりました」

その後、3人は何気ない話をして別れた。ただ、ケイだけは自分がかやの外にいるような感覚になっていた。まるでお見合いの立ち会い人みたいだった。でも、マキがのぞむ条件にあう男性を見つけたのは自分なのだ。後は、自分の気持ちを整理するだけと心に決めていた。


 翌日から、相川からのメールがマキにやってきた。ほぼ毎日だった。内容は他愛ないものだった。中には、つまらない食レポとかがあったが、マキはそれでもクスッと笑っている。ケイは、相川が女性を喜ばせる男ではないと思っていた。女性が喜ぶ話ができない。女性の立場になって考えることができない。要は、今までに女性と付き合ったことがないということかと思った。それでも、マキは喜んでいる。

「彼ったらカワイイ」

アラサーの男のどこがかわいいのか、それも見た目はごついだけではないか。マキも変わっている。まあ、自分も変わっていると思うケイであった。でも、楽しい連絡もあった。立ち寄った港の様子をスカイプで見せてくれる時だ。シンガポールやマドラス、ロッテルダムなど大きな港は、今までに知らない世界だった。ただ困ったのは、その時間だ。時差が8時間もある時は、向こうが夕方6時だと、こちらは真夜中の2時。1日前にメールで時間の予告がくるのだが、マキのうきうきした姿は見ていられなかった。3日もメールがこないとそわそわして、

「船、遭難していないかな? 彼、病気じゃないかな?」

と、うるさいくらいだ。

「 Wifi が届かないところにいれば、連絡できないんだよ。前にそういうメールがきたでしょ」

と言うと、シュンとしていた。


 半年後、相川が航海を終えて帰ってきた。船は韓国の釜山にいるということで、1週間の休暇をもらったそうだ。

「マキさん、この半年、あなたとメールやスカイプができてよかったです」

「こちらこそ」

「そこで、結婚の話なんですが・・・」

マキとケイは、相川の深刻そうな口ぶりに緊張した。

「よければ、今週中に婚姻届けを出して、親にも会ってもらえませんか?」

二人は目を丸くしてびっくりした。

「だめですか。ですよね。あまりにも急ですよね。やっぱり無理ですよね。そ、それでは明日、釜山にいる船にもどります」

意気消沈している相川に対し、

「いえ、そうじゃないんです。申し出が急でびっくりしましたが、返事はYESです。ケイもいいよね」

マキの言葉にケイも頷いた。

「ありがとうございます。これで、俺も結婚できる。今まで女っ気なしできて、親にも心配かけたが、胸をはって帰れる。マキさん、ケイさん、本当にありがとう」

 それからは、怒濤の5日間だった。

 1日目に婚姻届けを出した。既成事実を親に伝えるためには早い方がいいだろうと相川が考えたからだ。その日の夕食は3人でと思ったが、例のスナックのママさんのところに報告に行ったら、お客さんを巻き込んでのパーティーとなった。ママさんも涙を流して喜んでくれた。

 2日目、山梨の相川の実家にあいさつに行った。ケイは留守番である。相川は役場職員の次男坊で、家の仕事をつぐわけではない。自由きままな身分である。山育ちなので、海へのあこがれが強かったと言っていた。そこで、急遽結婚式を自宅ですることになったとマキからケイに連絡がはいった。2日後の土曜日に友人代表として山梨へ来てほしいと連絡がはいった。マキの両親は離婚し、母親とは3年前に死別している。父親とは音信不通ということだった。自分を捨てた父親とは会いたくないとマキは言っていた。その日の夜、相川とマキは富士山近くのホテルに泊まった。いわば新婚旅行だ。初夜を無事に過ごした。

 3日目、挙式の準備である。貸し衣装店で着物を合わせたり、美容院でヘアスタイルを整えた。寝る時に、神経を使うヘアスタイルだった。その日のラブラブはなし。

 4日目、朝早くから着付けに忙しかった。相川は紋付き袴でそわそわするだけだった。ケイはスラックス姿で出席した。これまた、前日に美容院でタカラジェンヌの男役かと思うようなヘアスタイルにしてもらっていた。ずんぐりむっくりの相川と比べると、はるかにケイの方がかっこよかった。自宅での結婚式なので、十畳間が二間続き、そこに金屏風がおかれ、相川の親族や友人らが10人ほど招かれていた。ケイはマキ側の最上位に座らされた。今までも友人の挙式に出たことはあるが、最上位の席は初めてだっだし、正座の席も初めてだった。宴に入るまでは足も崩せず、つらかった。あいさつの段になって、しびれた足でようやく立ち上がった。ふらつきながらも、立っている感覚がなかった。足に血液が通い始めるのがわかるくらいだった。

「マキさん、相川さん。ご結婚おめでとう。マキはほんとにやさしい女性です。幼い時に両親が離婚して、お母さんの手で育てられました。そのお母さんも3年前に亡くなり、その後は私とともに生きてきました。料理はうまいし、家のことは何でもこなします。いい奥さんになれることうけあいです。私はまるで娘を送り出す父親みたいな心境でいます。ぜひ、幸せになってほしいです」

自分で何を言っているかわからない感じだった。そこに相川の友人たちから盛大な拍手がわき起こった。その後の宴でも、その友人たちがケイのところに近寄ってきて、お酌をしていった。その度に、グッと飲み干すケイにびっくりしながらも、きらきらした目をしている。その中の一人は絶えずケイに視線を向けていた。あとで、マキと二人になった時に、

「あの人、ケイに気があるんじゃないの?」

「やだー。あんなにやけた男」

「そう言うと思った」

という会話がなされていた。

 その日は、ケイもマキたちが泊まっているホテルに入った。もちろん別な部屋だが、なかなか寝つけなかった。二人でラブラブしている姿を想像しただけで、眠れなかった。でも、これを仕組んだのは自分自身なのである。耐えねばならぬ時であった。

 5日目、ホテルの朝食会場で3人はいっしょになった。二人の幸せそうな顔を見て、これで良かったんだと思うケイだった。その日は、マンションにもどり相川の荷物を入れた。といっても、ふとん一式と食器一式だけだ。その日の夜、ケイは近くのビジネスホテルに泊まった。マキと相談して、相川がくる日はケイは外泊することに決めたのだ。相川は、また長い航海が続く。ホテルのシングルベッドで、一人さびしく寝るケイであった。

 6日目、マキとケイは羽田空港で相川を見送った。福岡まで飛行機で飛び、そこからは高速船で釜山に行くのが一番早かった。マキがちょっと涙目だったのが、ケイには妬けた。しかし、そんな感傷も3ケ月後には打ち砕かれた。マキの妊娠がわかったのだ。早速、相川にメールを送ると、大きな♡マークが送られてきた。少しは女の子も気持ちがわかる男になったなとケイは相川を見直していた。そして、文末には、

「ケイさん、よろしくお願いします」

の文が添えてあった。(この野郎!)と思いながらも悪い気はしないケイだった。

 マキが安定期に入り、ケイは2番目の夫としての婚姻届けを出すことにした。するとLGBTの場合、医師の診断書が必要ということになった。それもカップルでの証明である。ここに問題が生じた。子どもを妊娠しているマキはLGBTとは認定されない。ましてや、れっきとした夫がいる。ケイにしても心は男性だが、体は女性だ。とうとう婚姻届けは受理されなかった。

「ケイ、今のままでいいじゃない。いっしょに暮らすのには何も問題ないから」

相川にメールで、このことを連絡したら、相川も了解してくれた。二人がいたところに相川が転がり込んだ状態だから無理もない。ケイは夫にはなれなかった。でも、子どもが産まれてからは、マキがお母さんで、ケイはママと呼ばれるようになった。それで充分だった。

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