第2話 みどりのケース

 みどりは5才の男の子の母親である。夫とは2年前に別れた。いわゆるバツイチである。子どもは実家の母親にあずけ、ふだんはコンパニオンの仕事をしている。仕事で知り合った男性から、時間外の誘いを受けることもあったが、そういう女性ではないと全て断っていた。それゆえに、みどりはコンパニオン仲間からお高くとまっていると言われていた。

 みどりは顔やスタイルで近寄ってくる男性にろくなやつはいないと思っている。別れた旦那がそうだった。子どもができてからの対応がまるで違った。浮気もしたので、愛想をつかして別れた。それで、結婚前にしていたモデル時代に知り合ったコンパニオン派遣会者の社長の世話で、今の仕事をしているが、そろそろやめようかとも思っている。離婚後に、モデルにもどろうとしたが、モデル事務所の社長からは

「もう無理だ」

と言われた。結婚する時に強引にモデル事務所をやめたのが、あだになったようだ。

 休日に、みどりは気分転換に山歩きをしていた。実家に帰って、息子に会ったのだが、たまにしかこない母親より祖母になついていた。食事の世話をしても、食い散らかしている息子を見ていると、別れた旦那を思い出してしまう。旦那の行儀の悪さには閉口していたのである。そこで、近くの山の紅葉を見にきたのだが、下りの道で足をくじいてしまった。近くにある木を杖がわりに歩いていたが、後ろからきた二人の若者が声をかけてきた。

「どうされました?」

みどりは返事をためらった。男性恐怖症というか男性嫌悪症が出てきたようだ。

「足をくじかれたんですね。肩を貸しましょう。輝男、荷物を持ってくれ」

と言い、強引にみどりの左手を肩にまわした。数歩歩いてみたが、体が斜めになって歩きにくい。

「輝男、二人でかついだ方が速いな。そっちを肩にまわしてくれ」

と言い、みどりが遠慮するのも構わず、二人でかついだ。みどりは肩が痛くなったが、歩くスピードは速くなった。駐車場まで来たが、みどりが運転できそうもないということで、輝男がみどりの車を運転をすることになった。みどりの実家まで送ってくれることになった。そこで車内で話をすることができた。

「輝男さん、今日はありがとうございます。おかげで助かりました」

「なんのことはないですよ。光(ひかる)が山を歩いていて、前を歩いている人がおかしいぞ。と言うので、山男なら見捨てられなかっただけですよ」

「あの人は光さんというのですか。お仕事は何をなさっているんですか?」

「あいつは、工務店勤務です。腕のいい大工ですよ」

「輝男さんは?」

「俺は、生コンのタンクローリーを転がしています。光とは中学・高校の同期でした。今は、スキー場のインストラクターをいっしょにやっています。二人とも準指導員なんですよ」

「どこのスキー場?」

「さっきの山のスキー場ですよ。冬の土日は仕事がないので、スキー場にいるんです」

「わたし、スキーやったことがないの。今度教わろうかな」

みどりは自分自身が不思議だった。男性に何かを教わるという意識をもったことは過去数年なかったからだ。これも輝男と光のほんわかした雰囲気に好感をもったからかもしれない。

「どうぞ、いらしてください。歓迎しますよ」

と会話をしているうちに、みどりの実家についた。翌日、整形外科に行って診てもらったら、ねんざということで、1週間ほどで治った。

 それからしばらくは、退屈な日々が続いた。コンパニオンの仕事もマンネリで、最近は立ちんぼ状態になっている。派遣会社の社長から気合いを入れられたが、やめたい気持ちが強くなっていた。ただ、年末になっていたので、仕事はコンスタントに入っていた。

 雪が降るようになり、久しぶりに実家に帰った。相変わらず息子はおばあちゃん子で、自分には近寄ってこない。寝ている顔だけはかわいいのだが・・。息子に相手にされないので、日曜日にスキー場に向かった。あの二人に会って、あらためてお礼を言いたかったからだ。二人に会うには、それしか手段がなかった。

 スキー場は、お客さんであふれていた。レンタルで何でもそろう。手袋とネックウォーマーだけは、清潔さを考えて売店で購入した。スキーウェアを着込むと昔のモデル時代を思い出した。顔がヘルメットとゴーグルそれにネックウォーマーで見えなくなるので、顔のしわが目立たなくていい。スタイルだけはまだ自信がある。26才には見えないだろうと思った。

 スキー教室の初心者クラスに申しこんだ。9時半に集合とのこと。あまり時間がない。トイレをすまし、慣れないスキー靴で重いスキーとポール(ストック)を持ち歩くのは至難の業だった。(もっと歩きやすい靴ないの?)と思ったが、周りのスキーヤーは闊歩している。自分が初心者だからなのかと思った。集合場所に行くところで坂があった。そこで滑って転んでしまった。何度やっても滑って登れない。すると、女性インストラクターが助けてくれた。

「初心者コースの方ですか?」

「はい、そうです」

「では、私のクラスですね。どうぞ、スキーを持ちますからポールをついて登ってください」

と言ってくれた。重いスキーがなければ、歩くのは簡単だ。集合場所に行くと、初心者コースは3人しかいなかった。インストラクターは先ほどの女性だった。光と輝男をさがしたが、インストラクターは皆同じ服装だったし、ヘルメットとゴーグルで顔はわからなかった。もっとも向こうも私だとはわからないが・・・。

 午前中は、歩き方・転んでからの起き方・短い距離での八の字での止まり方で終わった。もう足がパンパンだった。午後はリフトを使って、上から滑るというので、楽になるということだ。11時半から1時半まで休憩。レストランで食事をしていると、先ほどの女性インストラクターが近くの席にやってきた。ニコッとあいさつをしてくれた。食後にその女性インストラクターに聞いた。

「知り合いが、ここでインストラクターをしていると聞いたんですが・・・」

「そうですか? だれですか?」

「光さんと輝男さんです」

「その二人なら詰め所にいますよ。レストランで美人が待っているよ。と言っておきますよ」

「美人だなんて、先生の笑顔も素敵ですよ」

「子持ちのおばさんでも、うれしい言葉ですね」

「お子さんがいるんですか? そんな風に見えませんが・・・」

「ありがとう。少し待っていてね」

しばらく待っていると、それらしい二人がレストランに駆け込んできた。ヘルメットとゴーグルを外しているので顔はわかるが、日焼けで逆パンダやけになっていて、少しおかしかった。立ち上がって手をあげると。二人はにこやかな顔で来てくれた。

「来てくれたんですね。うれしいです」

「こちらこそ。あの時は、とてもお世話になりました。単なるねんざでした。今はすっかり治りました。ありがとうございます」

「いえ、山を愛する男としては、当然のことです。輝男が車内でスキー場のインストラクターをしていることを教えたというので、いつか来てくれるのではないかと思っていましたが、こんなに早く会えるなんて思ってもいませんでした」

「俺もうれしいです」

輝男も頷いた。どうやら光が積極的で、輝男はそれをカバーする役割を果たしているようだ。

「ゆっくりお話したいところですが、そろそろ午後の集合時刻になりますので、また来た時にゆっくり」

輝男は冷静だ。

「次はいつ来られますか?」

光は積極的。

「そうですね。次の日曜かしら」

「それでは、その時の初心者クラスは俺が受けもちます」

と光が言うと

「ばかかおまえは? 今日、幸子先生の指導を受けたら次は初級クラスだよ。私が来週の初級クラスを担当します」

輝男も積極的になった。

「ばかとはなんだ! いえ、俺が来週の初級クラスを担当します。輝男は上級専門ですから」

「たまには光も上級やれよ」

二人の言い合いを、みどりはほほえみながら見ていた。やり合っているうちに、午前は光、午後は輝男ということになった。笑顔で二人と別れた。また二人に元気をもらった気がした。

 午後のレッスンはリフトの乗り方から始まった。降りる時は、ポールを使わず、自然に立って、気をつけをしていれば、自然に止まるということだったが、膝ががくがくした。何とか転ばずに降りることができた。そこからが大変で、滑っては転ぶを繰り返した。幸子先生からは

「100回転んで一人前ですよ」

と言われたが、そんなに転んだらスタイルが変わるんではないかと思った。10回ぐらい転んで、やっとリフト乗り場にもどってきた。すると、ペアリフトの隣に幸子先生が座ってきた。

「どうですか。スキー楽しいですか?」

「楽しくありません。転んでばかりで・・・」

「最初は皆さんそうですよ。八の字で右足と左足に同じ力を加えればまっすぐ進みます。右足に力をいれれば、左に曲がります。左足なら右にです。次は滑れますよ。ところで、あの二人とはどういう関係ですか? 詰め所にもどるやいなや、初心者コースやらせてください。って言い出したんですよ。もちろん却下しましたが・・・」

「秋に紅葉を見に来た時に、足をねんざしたんです。そうしたら、お二人が助けてくれたんです。今日は、そのお礼を言いにきたんです」

「あの二人、ちょっとおばかだけれど、気はやさしいのよね」

「さっきも漫才みたいな話をしていました」

二人は笑い合った。2回目の滑りはコツが少し分かってきた。転ばずに止まることができたし、まぐれで曲がることもできた。幸子先生からおほめの言葉をいただいた。だが、レッスンが終わって、スキー靴を脱ぐ時は足ががくがくだった。それでもスキー靴を脱ぐと、解放された気がした。スキーは楽しいが、このスキー靴だけは勘弁してほしいと思うみどりだった。

 翌週、みどりはまたスキー場にやってきた。スキー教室に申し込むと、そこに先週教わった幸子先生がいた。あいさつをすると

「今日は、あの二人で初級クラスを受けもちます。どうしてもやらせてほしいと土下座までしたんですよ。あの二人、よっぽどあなたに教えたいんですね」

「どうもすみません」

「あなたがあやまることではありません。あの二人が変なことをしたら教えてくださいね。後でお仕置きしときますから・・・」

と言って、笑っていた。

 集合場所に行くと、光が待っていた。午後は輝男が受けもつということだった。初級クラスは5人。光の指導は一人一人に丁寧だった。うまく滑れない人には、自分の腰に手をあてさせて、ゆっくり八の字での曲がり方を教えていた。ペアリフトには順番に横に座り、5回目はみどりだった。

「いっしょに滑れてうれしいです」

とインストラクターに言われるのは、少しおかしいと思ったが

「私もうれしいです。光さんの指導はわかりやすくていいですね」

「そんなことないですよ。ウチのスクールでは幸子先生がチーフで一番うまいです。俺も高校時代、幸子先生に教わったんです。幸子先生はデモの県代表だったんですよ」

「デモって?」

「デモンストレーションの略です。スピードを競うのではなく、滑り方を競う競技です。空手でいうと形ですね。ところで、まだお名前を聞いていないんですが・・?」

「みどりと言います」

「みどりさん、山好きにはいい名前ですね」

「ところで、あなたたちいくつなの? 幸子先生は30才ぐらいだと思うけど」

「俺は25です。幸子先生は20才からインストラクターをやっているんですよ。今は・・・これを教えたら叱られます」

「そうね。女性の年令は秘密にしなきゃね。でも、私の年は26。あなたたちより上ね」

「そうだったんですか。同じか、少し下かな、と思っていました」

「うれしいこと言ってくれるわね。そうやって、女の子を口説いているんでしょ」

「そんなことありません。前に付き合った女の子からは、光さんは山で見ると素敵だけど平地ではイモね。と言われて振られました」

「イモっ! それはひどいね」

と言いながら思わず吹き出してしまった。と言っているうちに、リフトの降り場についてしまった。

 お昼にレストランにいて、二人が来るものと思っていたが、来なかった。なんか、はぐらかされた感がした。午後のレッスンは予定どおり輝男となった。輝男の指導は見た目とは違い、結構厳しかった。

「スキーはスピードが大事です」

と言いだし、八の字を狭めてスピードを上げる滑り方をさせられた。うまく曲がれなくて、何度か転んだ。その度に、輝男が来て起きるのを手伝ってくれた。最後には一人ずつ輝男の後を同じスピードで滑ることになった。5人とも何とか合格をもらうことができ、自由滑走の時間になった。その際、ペアリフトで輝男が隣に座ってきた。

「みどりさん、上手になりましたね」

「光さんから名前を聞いたんですね」

「はい、年令も聞きました。私も年上だとは思っていませんでした」

「ありがとう。ところで、どうしてレストランに来なかったんですか?」

「はい、行きたかったんですが・・スクールの規約で自分のクラスの人とは同席できないんです。後で、苦情がくるもんで・・リフトで相席するのも同じ人と何回も乗れないんです」

「ですよね。インストラクターも気を使いますね」

「ところで、次はいつ来られますか?」

「うん、来週は仕事入っているし・・・どうかな?」

「じゃ、2月の祝日にZスキー場へ行きませんか。あそこは広くて、いろいろなコースがあるんです。天気がよければ樹氷も見られて、最高の景色ですよ」

「いいわね。一度樹氷を見たかったの」

「よし、決まった。二人で朝7時に迎えに行きます」

「朝早いのね」

みどりは、朝5時起きを覚悟した。苦笑いでリフトを降りた。

 自由滑走は、各々のペースで滑ることができ、みどりはゆっくりながらも転ばずに滑ることができて満足だった。輝男は、クラスのメンバーの滑りを見守り、転ぶとすぐに近くに行き、起き上がるのを補助していた。スケーティングで登っていくのも上手で、さすがインストラクターと思わせていた。とてもスマートな指導だった。


 2月の祝日、予告どおり朝7時に二人はやってきた。運転は光で、助手席に輝男が座った。みどりは後部座席に一人で座った。どちらかといっしょに座るとケンカになるので、そういう配置になったということだった。スキー場まで2時間。笑いっぱなしのみどりであった。二人のドジ話の連発だったのである。

 スキー場でレンタルウェアとスキーを借りた。今年導入したばかりのR社のスキーということで、光と輝男も感心して見ていた。でもスキー靴の窮屈さは相変わらずだった。二人とも(仕方ないね)という顔をしていた。ロープウェイで一気に頂上まで上がった。10キロコースを滑るということで不安があったが、頂上付近の樹氷は見事だった。でも、光の話では10年前はもっと大きかったし、木の周りは蟻地獄みたいな穴があったとのこと。光はそこにはまり、出られなくなったとまたドジ話をしていた。

 コースの最初は狭くて斜度のあるZ坂だ。光がみどりの前に入り、みどりの手を腰にあてさせ、降りていった。みどりは光の背中を見ているだけなので、恐怖感を感じなかった。輝男はその後ろを滑り、みどりが転んだ時のために備えていたが、転ばずに斜度がゆるいところまで来ることができた。

「ここからは、スピードをださないと、先の平地で止まってしまいます。なるべくスキーをそろえて、スピードがゆるくなったら、ポールを使って滑ってください。俺が先に行きますので、なるべくついてきてください」

と輝男が先導して滑っていった。出だしから完全に遅れてしまった。光が後ろについてきてくれるのが、心強かった。案の定、平らなところでスピードが落ち、ポールを使ってすすむことになった。

「疲れた-!」

と言ったら、

「そこのヒュッテで、お昼にしましょう」

と光が言ってくれ、輝男も同意した。昼食は、カツカレーを注文した。別れた旦那は、いつも口のまわりにカレーをつけていたが、二人はそんなことはなかった。口に食べ物を入れている時はしゃべらなかった。それなりの行儀は身につけているようだった。でも、コーヒータイムになったら爆笑タイムとなった。すごく長いランチタイムになってしまった。そろそろ降りないと間に合わないということで、ヒュッテを出た。すると輝男が

「俺は壁を降りる」

と言い出した。

「じゃ、みどりさんと初級コースを行って壁の下で見ているよ。こけるなよ」

と光が言ったので、みどりは光と滑っていった。途中、1回転んだが光はすぐに止まり、スケーティングで登ってきてくれた。光のやさしさがすごく感じられた。

 壁の下までやってきた。100mほどの距離しかないが、まさに壁だ。

「横山の壁といいます。最大斜度45度。上に立つと絶壁です。私も輝男もノンストップで滑ったことがありません。輝男はノンストップで滑るのをめざしているんです。今日はみどりさんが見ているからやる気ですよ」

「転んだら・・・?」

「下まで落ちてきますね。最悪だと救急車です。まあ、見ててください」

 光がポールを上げて合図を送った。輝男もポールを上げて合図を返してきた。滑り出しはゆっくりですぐにターンを繰り返している。

「ジャンプターンといいます。ターンして、すぐにブレーキをかけ、次のターンにはいります」

中間地点にきたところで、他のスキーヤーとぶつかりそうになった。

「キャッ!」

思わずみどりは悲鳴をあげた。途中で休んでいたスキーヤーが上を見ないで滑りだしたのだ。

「あぶねぇな、あいつ!」

と光は怒っていた。そのスキーヤーが光の横を滑っていった時、

「あぶないよ。気をつけて!」

と光が怒鳴っていた。でも、そのスキーヤーは自分が言われたこともわからず去っていった。飛び出した方は、後ろを見ていないからわからないのだ。

 輝男は壁の横で止まっていた。うまくかわして止まったようだ。呼吸を整えているように見える。少し休んで、スムーズに滑ってきた。

「残念だったな。いい滑りをしていたのに・・・」

「仕方ないよ。ここの壁は運もよくないとノンストップでは滑れないんだよ」

そこからロープウェイ乗り場までは広くて滑りやすいゲレンデだった。1回しか滑れなかったのは初めてだと二人は言っていたが、満足な顔をしていた。

 帰りの車中、また二人が楽しい話をしてくれるのかと思いきや、二人とも押し黙ったままの時間が続いた。運転が輝男に替わったので、緊張しているのかと思ったが、運転そのものには特に心配はない。1時間ほど走り、県境のPAでトイレ休憩になった。車にもどってくると、二人が深刻な顔で待っていた。

「どうしたの? 二人とも深刻な顔をして?」

「み、みどりさん。今日は楽しかったです」

光が口を開いた。なんか思い詰めているようだった。

「私も楽しかったわ。あんなに笑ったのは、ほんとに久しぶり」

「お、俺、みどりさんと付き合いたいんです」

輝男が意を決して言い出した。

「俺もです」

光もそれに続いた。

「いいわよ。またスキーに行きましょう。あなた方二人といると楽しいもの」

二人は顔を見合わせてから、お互いこづきながら話を続けた。

「いえ、二人ではなく、個人的に付き合ってほしいんです。俺は光にみどりさんをあきらめてほしいと言ったんですが、引かなくて」

「俺だって、最初に会った時から、みどりさんが気になって気になって仕方なかったんです。輝男に譲りたくなかったんです」

「あらあら、二人ともお姉さんをからかうもんじゃないわよ」

「そんなことはありません。真剣なんです!」

二人は声をそろえた。

「・・・・・・・・・・」

しばらく沈黙が続いた。

「二人は私のこと、知らないでしょ。無理よ」

「そんなことありません。困難なことがあれば、それを乗り越える自信があります」

「どんなことがあっても、みどりさんを守ります」

輝男は積極性、光はやさしさを前面にだして言ってきた。

「気持ちはありがたいんだけど・・・」

みどりは自分のことを話そうかとすごく迷った。友だちのままでいれば楽しいのに、それ以上となれば自分をさらさなければならない。そうすれば、友だちとしてもいられなくなると思ったのだ。でも、これ以上隠し通して、友だち関係を続けるのは難しいと思った。思わず、涙がこぼれた。それを見た二人は、

「ごめんなさい。悲しませてしまって・・・」

「俺たち、もうみどりさんを友だちと見られないくらい思っているんです」

「もう友だちでいられないのね」

「そうです。進むか、退くか、どっちかです。俺は進みたいんです。親友を解消してでも・・・」

積極的な輝男が光に手を合わせながら口を開いた。光も続けて口を開いた。

「俺だって、親友と別れることになっても、みどりさんと一緒にいたいんです」

しばらく間があって、みどりが口を開いた。

「じゃ、無理な理由を言うね。私には5才の男の子がいるの、今は実家にあずけて、コンパニオンをしている。くだらない話をする男たちの相手をしているわ。旦那とは2年前に別れた。結婚するまでは大事にするからと言っていたくせに、子どもができたとたんに、冷たくなって浮気までしたので別れた。それ以来、男性を信じることができなくなったの。私はあなたたちにふさわしくないわ。あきらめて」

 それから、みどりの家まで二人ともずっと押し黙っていた。みどりの家につくと、そこにみどりの母と子どもの賢一がいた。

「ママ、お帰り」

と迎えてくれた。先ほどのPAで帰りの時刻を知らせていたのだが、それより遅くなったので、心配して出てきたとのこと。みどりは賢一を抱き上げ、二人に紹介した。

「この子が私の子ども。お兄ちゃんたちにあいさつして」

「こんにちは。ママがお世話になりました」

二人は恐縮して、頭を下げた。そして、みどりは声にならない大きさで

「サ・ヨ・ナ・ラ」

と言い、家の中に入っていった。


 次の日曜日の夜、実家の母から連絡があった。

「この前の二人があなたに会いたいって来たよ。今日はいません。と言ったら来週もくるって、あの二人何なの?」

「わかったわ。来週、びしっと言うから」

 そして、1週間後の日曜の午後、二人は正装してやってきた。スキースクールは休んだとのこと。ネクタイをしめている二人は、なんか別人みたいだった。高校生が初めてネクタイを結んだ感満載だった。正装できた二人を玄関先で追い出すのもかわいそうだったので、リビングに案内した。ソファに背中を直立させて、二人は言い出した。

「今日は、二人でお願いにまいりました」

光が話を切り出した。

「二人でよくよく話し合ってきました」

輝男はまるでセリフを言うような言い方だった。きっと二人で打合せをして、話すことを決めてきたのだろう。みどりは、二人の話を制しようとしたが、その前に光がとんでもないことを言い出した。

「俺たち二人を賢一くんのパパにしてください」

「ビッグママ法で認められています。それが一番幸せになれる道と思いました」

みどりはあきれて二人を見た。キッチンでお茶の用意をしていた母親は、お茶碗を落として割ってしまった。そこに賢一が飛び込んできた。

「パパができるの? ぼくうれしいな。保育園で、パパとママは? って聞かれるんだよね」

パパを遊び相手と思っているのかもしれない。みどりは、パニックになって何を話したらいいか迷っている。

「そ、そんなことを急に言われても・・・」

「俺たち、みどりさんとみどりさんの家族を守ります」

「そうです。今は借家住まいですが、5年以内に家を建てます。そこで、みんなと暮らしましょう。良かったらお母さんも一緒に暮らせるようにしたいんです」

よく知らぬ男から「お母さん」と言われたみどりの母親は、腰を抜かしていた。

「俺たち、みどりさんがしたくもない仕事を続けているのを何とかしなきゃと思ったんです」

「それに、親子で別れて暮らしているなんておかしいです。家族ならいっしょにいるべきなんです」

「俺たち、一人だと頼りないですけど、二人なら何とかなります」

「幸子先生からも、二人で一人前と言われています」

そのセリフにみどりはプッと吹き出した。二人のドジ話をさんざん聞かされてきたから、幸子先生がそういうのも無理はないと思った。

「あなた方の言いたいことはわかったわ。でも、すぐに返事ができないということはわかるよね。考える時間をちょうだい」

「はい、わかります。これ俺たちの名刺です。ここに連絡ください」

と作りたてと思える名刺を2枚差し出した。職業がらたくさんの名刺を受け取ったが、いたってシンプルな名刺だった。

 1週間後、みどりは二人と会った。スキー場の帰りに待ち合わせをした。二人とも仕事帰りのラフな格好だったが、みどりにとってはその方が自然だった。ネクタイをしめている二人は別人にしか見えなかったからだ。ファミレスのファミリールームに3人で入った。

「この前の話の件、母とも相談しました。お二人の思いや考えは充分にわかりました。でも、ひとつだけ肝心なことが抜けていました」

「肝心なことって?」

二人そろって怪訝な顔をした。

「私が男性嫌悪症にかかっているということ」

「そんな、俺たちといっしょにいる時は、あんなに楽しい顔をしていたじゃないですか」

「簡単よ。あなたたちを男性と見ていないからよ」

「単なる友だちということですか」

「そう、友だちとしては楽しいけど・・・男性としてのパートナーとしては・・? あなた方が嫌いというわけじゃないのよ。ふつうの男性が信じられないの。今まで、そういう人ばかり見ていたから・・・」

「俺たち、ふつうじゃないですよ」

輝男がきっぱりと言った。

「そうです。みどりさんを思う気持ちはふつうじゃないです」

光も続いた。

「その思いが重いのよ」

「俺たち、みどりさんを幸せにしたいんです。その思いは重くて当然です」

「そうです。友だちのままでいっしょにいたっていいんです。男性と見てくれるまで、俺たちはみどりさんを守りながら待ちます」

「友だちのまま?」

「そうです。3人と賢一くん、お母さんといっしょの友だち家族。それでもいいと二人で決めたんです」

「最初は、俺一人がみどりさんといっしょになりたいと思っていました。でも、それでは大事な友をなくすし、一人では経済的にも支えきれないことがわかったんです」

「俺も同じです。でも、二人いっしょならやっていける。俺たちが男としての存在を消せばいいんだ。と思ったんです」

「男としての存在を消す? 私とセックスをしないっていうこと?」

二人は顔を見合わせながら、うなずいた。

「信じられない。二人とも浮気するに決まってる」

「3年は友だちとして待てます。3年の間に友だち以上にならなければあきらめます」

「俺も輝男の考えに同意します。少なくとも、今のみどりさんを守りたいんです。いやな仕事を続けてほしくないんです。くだらない男につかまってほしくないんです」

「・・・・・・」

しばし沈黙が続いたが、みどりが口を開いた。

「わかったわ。3年ね。3年のお試し期間ということね」

「いいですか、やったー!」

レストラン中に聞こえるくらいの大きな声で、周りの客の視線がファミリールームに向けられた。

 それから奇妙な共同生活が始まった。みどりの実家の近くで、借家の一軒家での共同生活が始まった。みどりはコンパニオンをやめて、近くのコンビニでパートを始めた。二人の給料で生活はできるのだが、将来の持ち家のために貯金をしたかったし、専業主婦になると賢一が保育園をやめなければならないからだ。慣れた保育園をやめさせるのは、しのびがたかった。送り迎えをみどりができるし、雨の日は輝男や光が休みの時もあり、賢一は

「パパとママいっしょなんだよ」

と言いふらしていた。

 部屋は2部屋あるので、2人ずつ使うことにした。みどりは賢一といっしょである。みどりの母親は住み慣れた家を離れたくないということで、そのままいた。でも、歩いて数分のところなので、夕食時にはよく来ていた。二人の男が変なことをしていないのかを確かめるためである。半年ほど続いたが、二人ともまじめそうなので、徐々に来る回数は減っていった。冬になると、二人とも休日はスキー場に行くことが予想できた。そこで二人は話し合って、1週間ごとに交代で家にいることにした。パパさんの役割を果たすことにしたのである。もっとも賢一を連れて、スキ-場でそり遊びや雪遊びをしていることが多かった。ランチは4人いっしょということもあった。

 毎日の朝は、ばたばたしていてあたふたしていたが、昼にはみどりが作ってくれたお弁当を残さず食べた。凝った料理というわけではなかったが、心がこもったお弁当は同僚からうらやましがられた。以前のコンビニ弁当とは大違いである。

 仕事が終われば、即帰った。7時の夕食には間に合うように帰ってきていた。休みの日の夕食を光と輝男が作ることもあった。職場の夜の飲み会は全て断った。同僚から不評をかったが、人生の大事な転機である。そんなことは二人にとっては大したことではなかった。


 もうじき、3年がたとうという日の夕食後、みどりが話を切り出した。

「今度の春に式をあげようと思うんだけど・・・」

「式って、なんの式?」

二人は怪訝な顔をした。

「全く鈍いんだから、結婚式よ」

「結婚式? だれの?」

二人は3年の期限が近いのも気付かず、日々を過ごしていたのである。

「全く、この人たちったら・・・私たちの結婚式でしょ」

「俺たちの?・・・・やったー! みどりさんに男として認められたぞ!」

二人は肩を抱き合って喜んでいた。ウソじゃないかとお互いにビンタをしだし、それを見た賢一が

「パパたち、ケンカしているの?」

と、みどりに聞いてきた。

「違うと思うよ。きっとうれしくて、本当かどうか確かめているんだと思うよ」

「ふーん、大人っておかしいね」

 それからの二人はやたらとジャンケンをする機会が増えた。婚姻届けを出す順番、式の案内状の名前の順、式場の座席の順やあいさつの順まで、いろいろなところでジャンケンをして決めていた。賢一からは、

「パパたち、ジャンケン好きだね」

とまで言われるようになった。

 結婚式は奇妙なものだった。二人の新郎がいるのは、式場にとっても初めてということであった。ビッグママ法は既婚者の子持ちを想定して作られた法なので、シングルママが同時に二人の男性と婚姻するとは想定していなかったのだ。しかし、違法ではない。牧師さんが名を呼ぶ時、どちらを先に呼ぶか迷い、その場で二人のジャンケンが始まった。参列者みんなの笑いが起きた。みどりも苦笑いするしかなかった。その日は二人とも酔いつぶれてしまった。同僚たちから美人と結婚できるなんて、うらやましいと思われ、さんざん飲まされたのである。

 翌日の初夜の相手もジャンケンで決めた。3回続けて勝った方が権利を得るということで果てしないジャンケンが続いた。100回ぐらいで光が勝った。輝男はすごく悔しがった。みどりと光がホテルに行くのを指を加えて見送る輝男であった。みどりからは、

「1週間後の休みの日にね」

と言われ、納得するしかない輝男だった。





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