ビッグママ法成立す
飛鳥 竜二
第1話 えり子のケース
202△年、日本政府(田山まり子総理)は、なかなか止まらない少子化に業を煮やし「一妻多夫法案」を国会に提出した。この法案の目的は、子どもを作りたい女性が安心して生活するために、2人以上の夫をもってもよいという、別名「ビッグママ法案」とも言われた。当然のように、国会のみならず世間からも外国からもバッシングを受けたが、時の与党ネオ女性党は、衆議院で多数を占めており、この法案は可決となった。女性の支持が多かったのは、複数の夫がいれば、そのうちの一人が子育てを担当し、女性は仕事が続けることができたし、子どもがいないキャリア指向のある女性は、子をもちたい女性にたくさん子どもを産んでもらい出生率を確保できるというメリットがあった。若い男性からの反対も少なかった。なぜならば、それまで結婚できない男性が増加し、この法案により結婚しやすくなったと感じたからだ。反対したのは、子育てを終了した年代の古い道徳感にとらわれた人々であった。
第1条 基本
この法は、女性が子どもを育てるにあたり、一人の男性との婚姻では生活が無理と判断した場合、申請により二人目の男性との婚姻を認める。また、子どもが複数となった場合は、子の人数に一人を足した男性との婚姻を認める。ただし、同居を原則とする。
えり子は、内縁の夫である康一と都内のアパートで二人暮らしをしていた。二人とも同じレストランで働く職場の仲間であるが、給料はそれほど高くはなく、共稼ぎをし、アパート代を払うと20万円程度しか残らなかった。これで、こどもを育てるのは無理というものである。その二人に子どもができたのである。
「どうしよう? 私が仕事をやめたらとても生活していけないね」
「俺の給料があがるわけでもなし、困ったな」
「康一、今度ビッグママ法案がとおったじゃない。それを利用できないかしら」
「エッ! もう一人だんなを作るってこと?」
「あなた一人でやっていけないんだったら、そういう手もあるでしょ。そもそもビッグママ法は、子育てをしようという女性のための法律なんだから・・・」
「それはそうだけど・・・えり子にもう一人だんなができるのが・・・」
「その人にやきもちやくわけ? それだったらもっと稼ぎがいい仕事見つける?」
「それは今のご時世じゃ、なかなか難しい」
「決まった。二人目のだんな決定。ところで、いい人いない?」
「エー! 俺がさがすの。それはつらいな」
「だって、4人で暮らすんだよ。康一がいやな相手を私が見つけてきたら、困るんじゃないの。私は康一が選んできた人を査定する立場にあるわけだから、最終的には私が決めるけどね。分かったら候補者5人ぐらい決めてね」
えり子に言われて、康一はしぶしぶその言葉に従った。
1週間ほどで、5人のリストを作成し終えた。あくまでも康一自身の考えであり、5人の承諾をとっているわけではない。
1人目 正(ただし) 職場の同僚である。康一とえり子は同い年であるが、正は1才年下である。給料は康一と大差ない。恋人・ガールフレンドの存在は感じられない。
2人目 裕樹(ゆうき) 康一の幼なじみである。酒屋の息子で。父親の仕事を手伝っている。給料は0に等しい。後継者であるが、店の将来性はない。恋人・ガールフレンドの存在なし。
3人目 将哉(まさや) 康一とえり子のレストランに配達にくる業者である。一見スポーツマンタイプ。ラグビーでもやってそうな体格である。年令は康一より2つ上。給料は康一よりややいい程度。恋人・ガールフレンドの存在可能性あり。
4人目 純(じゅん) 康一とえり子がよく行く牛丼屋のバイト。結構イケメン。働き者。給料は康一とほぼ変わらず。年令は3つ下。バイト仲間に人気があり、ガールフレンド多数の可能性大。
5人目 俊樹(としき)近所の歯医者さん。結構な年(40才ぐらい)だが、いまだに独身。歯医者なのに、不正咬合があり、女性にもてるタイプではない。歯医者も流行っているわけではない。収入は不明。
えり子は、そのリストを見ると、
「それじゃ、一人ずつ順番に家に連れてきて、いわばお見合いね。仲人はあなたよ」
康一は、しぶしぶその言葉にしたがった。
1人目は正である。彼女を紹介するからと言って連れてきた。正は、ほいほいとついてきた。家に招きいれると、
「奥さん、こんにちは。今日はよろしくお願いします。ところで、彼女はまだですか?」
「もうすでに、おまえの前にいるよ」
「前って、先輩の奥さんじゃ?」
えり子は、そのやりとりをにこやかな顔をして見ていた。
「今度、ビッグママ法が成立したろ。えり子の2番目の夫にならないかということだよ」
「エー!」
正は素っ頓狂な声を発した。少したって、うろたえながら
「た、たしかに奥さんは魅力的ですよ。一度はお相手してみたいという気持ちはありましたが、2番目の夫となれば、先輩といっしょに暮らすんですよね。そ、それはご免です」
と言い終わるや否や、脱兎のごとく逃げだした。えり子は、きつい目で康一をにらんだ。康一は背を丸め、申しわけないという顔をするしかなかった。
2人目は、裕樹である。康一が飲み屋で裕樹と酒を飲んでから連れてきた。えり子は夜遅くの来訪にいささかいらだっていた。
「お~くさん、こんにちは。ウィ。ウィ アー フレンズ。な~んちゃって」
「康一、こんな酔っ払い。なぜ連れてきたのよ」
「飲み屋でいっしょになり、正のことを話したら、俺だったらOKだよ。と言うので連れてきたんだよ」
「そう、俺は2番目の夫OK。今日からでもいいよ。ナウ OK.ゴートゥベッド。な~んちゃって」
「ん、もう! 最低! さっさと追い出して!」
3人目と4人目には、体よく断られた。二人とも
「女の子には不自由してないよ」
というのが理由だった。やはりもてる男は無理だ。
ラストは、俊樹である。康一が通院した時に、わが家へ招待した。奥さんの手料理をふるまいたいという理由で、ビッグママ法の件は伏せてある。土曜の夜、俊樹はやってきた。えり子も知っている顔だが、好ましい顔ではない。もっともふだんはマスクをしているので、ある程度は見られるのだが、マスクを外して食事をしている姿は、不細工としか言いようがない。だが、候補者はこれで終わり。後、探すとすれば公募みたいな形になる。そうなるとギャンブルと同じだ。康一は俊樹に肝心な話を始めた。
「実は、私たちはビッグママ法の趣旨にしたがい、2番目の夫をさがしています。そこで、あなたに2番目の夫になっていただけないかと思い、わが家へお誘いしました」
俊樹は、顔色を変えずに聞いていた。
「わが家には、3ケ月前に産まれた女の子がいます。妻は今、産休中で家にいますが、産休があけたら保育所にあずけ、二人で働かなければ生きていけません。ぜひ、あなたにも家族になっていただき、子育てに協力していただきたいのです」
ジーと康一の話を聞いていた俊樹は、えり子を一瞥してから話を始めた。
「奥さんと康一さんの料理はおいしかった。おもてなしに恐縮しています。ところで、ビッグママ法は、ただし書きで同居するという文がありましたよね」
「はい、ここはちょっと狭いですが、ソファで寝ることもできますし、何とかなると思いますが・・・」
「それはいやです」
「だめですか・・・」
康一とえり子は肩をおとした。
「でも、私の家にお二人が来ていただけるならOKです」
その言葉に、二人は顔をあげ、目をキラキラさせた。
「それと条件があります」
「なんでしょう?」
二人が口調を合わせて聞いた。
「歯科医院の受付嬢が来月やめます。なかなかいつかなくて困っています」
その理由はなんとなくわかる二人であった。
「そこで、えり子さんには今の仕事をやめていただき、歯科医院の受付をしてほしいんです」
えり子は、前のめりで聞いている。康一はふと
「それでは、子どもの面倒はだれが見るんですか?」
それに対して俊樹はためらうことなく、
「康一さん、あなたがいるじゃないですか。料理もできるし、家事全般はあなたがすれば子どもを保育所にあずける必要もありません。4人が生活できるぐらいの収入はありますよ。仲よく暮らしましょう」
康一は、複雑な心境だった。
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