第33話 失敗できない魔法
そう
優秀であれば、ヴィクトル様に婚約破棄を言い渡されることも、人形にされることもなかったのだ。そんな私が、無事にシビルの火傷を治すことができるのだろうか。
ううん。できるのか、じゃなくて、やるのよ! やらなければ、私も彼女も前には進めない。
「大丈夫よ、リゼット。自信を持って」
「はい、サビーナ先生」
「リラックス、リラックス。そうだわ。授業の時のことを思い出して。後半はほとんど失敗しなかったでしょう」
「っ! そうでした」
でもあの頃はもう、私に合った授業をサビーナ先生がしてくれたから大丈夫だったけど、今は……。
ダメダメ。ネガティブになったら、また失敗しちゃう。今は成功したイメージを頭に入れなくちゃ。ただれた皮膚が綺麗になるイメージ。シビルが喜ぶイメージ。
そうすると、シビルの両親も、サビーナ先生も、ユベールだって笑顔になる。うん。大丈夫。皆、幸せになるイメージをすれば、できる!
私は目を閉じて、念じるように唱えた。
「キュアイルネス」
すると、シビルに向かってかざした手が、赤い光に包まれる。仄かに光る鮮やかな赤い光。まるで分け与えるかのように、赤い光は触れてもいないのにシビルの体を包み込む。
初めはその光が怖かったのかもしれない。火傷を負った時の痛みを思い出したのだろう。シビルは目をギュッと瞑った。
本来なら優しい言葉をかけるべきなのだろうが、相手が相手なだけに、したくなかった。いや、治癒魔法に集中するのに手一杯でできなかった、と言った方が正しい。
何せ相手は虚言癖のある我が儘娘。油断してはならなかった。が、それはどうやら杞憂に終わった。
シビルの肌は見る見るうちに治っていき、艶のある肌へと生まれ変わったかのように美しくなったのだ。ボロボロだった赤毛さえも。彼女を包む赤い光が、その幻を見せているかのような光景だった。
口を開かなければ、可愛いお嬢さんなのに。もったいない。
目を閉じるシビルを見ていると、ご両親が可愛がるのも無理はないと思ってしまった。
けれど姿など、本当は関係ない。だって、火傷で酷くなったシビルの傍に、ご両親はずっと寄り添っていたのだから。
シビルがどんな言動をしても、
それがどれだけ恵まれていることなのか。シビルに伝わってほしい、とそう願わずにはいられなかった。
赤い光が消えるのと同時に、女将さんはシビルに駆け寄る。私は邪魔にならないように、そっと後ろに下がった。グッと唇を噛み締めながら。
「上出来よ、リゼット。さすがは私の弟子だわ。いえ、今は娘ね」
そうだ。私にはサビーナ先生がいる。
羨ましいな、と思った感情をぶつけるように、私はサビーナ先生に抱きついた。
最初は困惑している様子だったが、すぐに優しく頭を撫でてくれるサビーナ先生。これも魔法なんじゃないかと思えるほど、私の意図を汲み取ってくれるのが嬉しかった。
本当のお母様の記憶はあまりないけれど、一緒に過ごしていたら、こんな感じなのかな。マニフィカ公爵家へ行かなければ……。
「あらあら。でも、貴女はこうして甘えることも覚えてかないとね。私も含めてユベールくんも寂しがるわ」
「ユベールも?」
「ほら、見なさい。あの顔」
サビーナ先生に促されて見ると、確かに羨ましそうな顔をしていた。が、さすがに抱きつくことはできない。
人の目があるというのもあるけれど、さっきの話が……。
『リゼットがいいなら、僕に異論はありません』
思い出しただけで顔が熱くなった。気持ちが通じ合った感覚はあるけれど、互いに好きかどうかはまだ……。
ヴィクトル様にも言われたことがなければ、言ったこともない。「好き」だなんて……!
私はサビーナ先生に再度、抱きついた。
「あらあら。恥ずかしいのかしら」
「それもありますが……」
「別に気にする必要はないのよ。ほら、向こうは自分たちのことで手一杯みたいなんだから」
背中をポンポン叩かれて、私は後ろを振り向いた。すると、涙を流すシビルと、愛おしそうな視線を送るご両親の姿が目に入った。
「サビーナ先生。私、初めてです」
「何が?」
「私が魔法を使って、あんなに喜ばれたことが」
「……だったら、目に焼き付けなさい。そして自信を持つの。できないと思っていれば失敗する確率は上がるけれど逆は? 成功する確率が高くなるとは思わない?」
サビーナ先生の言う通りだ。昔の私は周りの評価が気になり過ぎて、思うように魔法も体も、心さえも固くなり過ぎていた。
私の一つ一つにケチをつけ、やること成すこと否定する。本当に嫌な人たちだった。それでも当時の私は、あんな人たちに認められたいと思っていた。
けれど今は違う。私を認めてほしいのは、ユベールとサビーナ先生だけ。だから治癒魔法を使った。二人のために私ができる最善の利益方法だと思ったからだ。
何で、こんな簡単なことが分からなかったんだろう。
「今までは、私の不安が原因だったんですね」
「それもあるけれど、得意不得意の違いね。攻撃魔法が苦手だったのも、リゼットは優しいからじゃないかしら。治癒魔法が得意なのも、そう」
けれど当時の私に求められていた魔法は攻撃魔法だ。竜を退治できる強力な広域魔法。
できないと思い続けていたけれど、そうじゃなかった。ただ苦手な魔法を克服すれば良かったんだ。今になって、それに気づくなんて……!
「サビーナさん。その話、長くなりそうですか?」
頭が下りかけてきた瞬間、ユベールが私の肩に触れた。
「いいえ。でも、別の件は長くなりそうだけど」
「でしたら、部屋に戻りませんか?」
「えっ……」
シビルを放っておいて?
「大丈夫。リゼットが治癒魔法を施す前に、ご主人と話はつけてあるから。数時間後には憲兵が来ると思うわ」
「そうですか」
「だから今は親子水入らずにしてあげましょう。しばらくは一緒にいられなくなるのだから」
「はい」
私の返事を聞くと、ユベールが手を差し伸べてきた。
不可抗力とはいえ、私とユベールは共にいられない未来があったのに、それからするとシビルの取った行動は哀れでしかない。
けれど、今のユベールのように手を差し伸べてくれる人間が現れることを切に願った。
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