第6章 家族になろう

第34話 子どもはいつだって

「あの、さっきの続きとは少し違うんですが、質問していいですか?」


 私は部屋に着くなり、サビーナ先生に尋ねた。


「いいわよ。何かしら」

「さっきシビルさんの症状を見て、気になったんです。ユベールには何故、火傷の跡がなかったのでしょうか」


 あと、私も。火の中に飛び込んだのかも憶えていないけれど、ユベールを抱き締めていた、というのなら、そうなのだろう。


 またシビルにしても、あの炎を浴びたという割には軽傷だった。恐らく、私が人間に戻る過程で、何かがあったに違いない。そうでなければ説明がつかなかった。


「実際、見ていないからあくまで仮定として話すけれど、リペアを使ったんだと思うわ」

「リペア? 修復魔法ですよね。回復魔法ではないんですか?」

「えぇ。二人をホテルに預けた後、ユベールくんの家に行ったのよ。確認というか、現場を把握しておかないと危ないでしょう」


 何が? と首を傾げていると、困ったような顔をされた。いや、やれやれと呆れられたのかもしれない。


「相手は虚言癖の持ち主なのよ。ご両親もご存知だからいいけれど、知らない人たちはあの子の証言を真に受けてしまうわ。何せ、ラシンナ商会のお嬢さんなんだから。不利な状況に陥るのは目に見えているもの。だから現場の状況をしっかりと把握して、あらゆる仮定を想定しておかなければね。これで多少は防衛できるんだから」

「そう、なんですか?」

「……あぁ、そっか。リゼットはずっとマニフィカ公爵家の中にいたから……だからあぁなったのね」


 何かを納得したのか、視線を私からユベールへと移す。


「ユベールくん、リゼットはこの時代を知らない、というわけではなく、最初から世間を知らない子なの。だから、よろしく頼むわね。お嬢さんのような我が儘を言う子じゃないから安心して」

「むしろ、少しくらい我が儘を言ってほしいところですね。そうじゃないと僕の方が色々、要求しそうで……」

「そうね。リゼットはすぐに遠慮してしまうから。さっきだって、お嬢さんに謝ろうとしていたでしょう」

「……私が謝って済むことなら、いいと思ったんです」


 シビルの怒りの矛先は私だったから。


「履き違えている者に頭を下げれば、増長させるだけ」

「でも、私のリペアではシビルさんを治せなかったから……」

「これは私の憶測だけれど、リゼットはお嬢さんを知らないから治せなかったんだと思うわ」

「確かによく知りませんが……それが何の関係があるんですが?」

「実はね。ユベールくんの家を見に行った時、外側は焼け焦げていたけれど、中は元のままだったの」


 え? つまり、焼けていないってこと?


「さらにユベールくんとお嬢さんの状態の差を見れば一目瞭然ね。多分、リゼットは自分の見た、記憶したものを修復したのよ。だから、お嬢さんを治すことができなかった」

「っ! やっぱり、私の魔法は欠陥なんですね」

「違うわ、リゼット。そもそもリペアを使うつもりがないまま使用したのだから、欠陥が出るのは当たり前のことよ。私が言いたいのは、人間に戻る過程で莫大な魔力を使うのに、さらにリペアを使用して、ユベールくんたちを助けたことを称賛したいの」


 あれ? 何だか褒められている?


「あと分かっていないから、もう一つ言うけれど。お嬢さんが火傷程度で済んだのは、リゼットのお陰なのよ。家の状態から推測しても、焼け死んでいたっておかしくはなかったんだから」

「……サビーナさん。もう一つ忘れていますよ」

「あら、私としたことが重要なことを……」


 二人の言いたいことが分からず、首を傾げているとサビーナ先生が私に近づき……。


「まずは火事を止めてくれたこと。大惨事をよく防いだわね。怪我人は、あのお嬢さんだけだけど、それもリゼットが治したことで、死傷者はゼロよ。良くやったわね。偉いわ」


 私のほしい言葉をくれた。


「そして何より、貴女の姿をもう一度見られたことが嬉しくて仕方がないの。こうして温もりを感じることも、抱き締められることも、人だからこそできることだから。ありがとう、リゼット。戻って来てくれて」


 優しく包み込み、人間に戻れたことを喜んでくれた。私が出来損ないであることも、全て知っているのに、サビーナ先生は……!


 返事をしたいのに、気持ちが溢れ過ぎていて言葉が出てこない。その代わりに、私はサビーナ先生にしがみついて泣いた。

 たくさん泣いて、泣いて。感情の波に抗えないほど、涙が止まらなかった。


「うっ……ううっ……」

「ふふふっ。本当に可愛いわね、私の大事な大事な娘は」


 サビーナ先生は腕の力を緩めずに、ずっと抱き締め続けてくれた。

 時折、頭や背中を撫でてくれたり、宥めるようにポンポン叩いてくれたり。まるで本当の母親のように、無償の愛で包み込んでくれるから、それが嬉しくて嬉しくて堪らなかった。

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