第32話 表裏一体の存在
「先ほどは、そこにいる旦那様にだけ言ったので、改めて自己紹介させていただきます。私はサビーナ・エルランジュ。魔術師協会の理事を務めております。そして、ここにいるリゼットは、私の弟子なのですが、この度、養女として迎えました。よって、リゼットに対する侮辱は、私にしたのも同然、と受け取ってもよろしいですね」
え? え? え? 魔術師協会の理事ってどういうこと?
サビーナ先生は魔女だけど、魔術師とは違うって言っていませんでした? それなのに、数多の魔術師たちが所属する魔術師協会の、それも理事だなんて……!
そもそも魔術師協会とは、その名の通り魔術師たちの団体で、彼らのサポートが主な仕事だった。
仕事の
竜の大移動によって、毎年五歳になった子どもたちが能力の測定を行うが、受ける子どもたちは千差万別。その全てを完璧に仕分けることはできないのだ。
私のように魔力量が多ければ、すぐに魔術師になるよう促される。が、少ない者は測定に引っかからず、別の職種へ。
けれど後に、魔力量が増大したために、犯罪に手を染める者、巻き込まれる者が出て来てしまうのだ。
そのため魔術師協会に所属する魔術師たちは、劣悪な環境にいる魔術師たちを見つけては保護を繰り返していた。
同じ魔術師として、本来、享受できるものを享受できないこと。また、世間での魔術師の在り方や認知度を下げないための行動なのだと、サビーナ先生から聞いた。
今はヴィクトル様のお陰で竜の大移動はなくなったから、測定すら行われていない可能性もある。だからその負担も、相当なものだろう。
もしかして、サビーナ先生が私を養女にしてくれたのは、そのためだろうか。今の私は、伯爵令嬢でもなければ、バルテ伯爵家の人間でもない。
ユベールと同じ、孤児に等しかった。
「エルランジュ殿。この度のことは火災のことも含めて、娘に代わり謝罪させてほしい」
「お父様っ! なんでそんな奴に謝るのよ!」
「シビル。私たちの生活は、魔術師協会のお陰で成り立っているんだ。そんな口の利き方はするもんじゃない」
「そうよ。転移魔法陣の普及によって、商品の運搬がより早くなったお陰で、ラシンナ商会はここまで大きくなれたんだから。しかも、それに尽力してくださったのが、ユベールくんのお祖母様」
「エルランジュ殿がユベールくんの後ろ盾をしているのも、それが理由なのでしょう」
そっか。ユベールのお祖母様は、私の代わりにマニフィカ公爵家へ嫁いできた魔術師。サビーナ先生が間を取り持っていても、おかしくはなかった。
「えぇ。その関係もあって、しばらくの間、弟子のリゼットを預かってもらっていたんです。私の不手際で、人形になる呪いをかけてしまいましてね。解けるのには、三カ月を要してしまうんですよ。けれど私は多忙な身。それでちょうど、ユベールくんのことを思い出したんです。人形の扱いに長けている彼ならば、安心して任せられると思いまして」
「なるほど、そうでしたか」
「お詫びと言うにはおかしな話なのですが、これを機に養女として引き取ることにしたんです。ユベールくんとも上手くやっているようでしたので、いずれは、と考えておりまして」
「さ、サビーナ先生!?」
おほほほっ、と自慢気に言うサビーナ先生に、私は慌てて声をかけた。嘘と本当を織り交ぜた説明に感心していた矢先、「いずれは」などと言い始めたからだ。
ユベールのお祖母様と親交があったような口振りに、養女の話。つまり「いずれは」私とユベールを結婚させて、まとめて引き取りたい「と考えて」いる、と言ったのだ。
「あら、ダメだった? ユベールくんは問題なさそうだけど?」
「このような場でまとめてほしくはないですが、リゼットがいいなら、僕に異論はありません」
「ユベールまで……」
顔から火が出そうなくらい、恥ずかしかった。けれど、一人蚊帳の外に置かれた人物によって、場は再び冷めた空気に戻る。
「いい加減にしなさいよ。さっきから私のことを無視して。誰のせいで、こんな醜い姿にされたと思っているのよ」
「自業自得だろ。俺とリゼットが家にいるのに、火を付けようとしたんだから」
「だから何よ! ユベールが素直に、ウチに来ないのが悪いんじゃない。だから……だから、私は……」
あくまでも自分は悪くない。悪いのは私とユベールだと言いたい、思いたい。だけど、言えば言うほど、冷たい目線と言葉が返ってくる。
そんな哀れな姿を見ていると、心の悲鳴が聞こえてくるようだった。
――どうして私を慰めてくれないの?
――どうして誰も優しくしてくれないの?
――どうして味方になってくれないの?
かつて私も抱いた気持ちだった。使用人からの嫌がらせと嫌味に疲弊して、何もかもが悲しくて、辛かった時に抱いた感情。
私はシビルに近づいて、その手を取った。火傷でただれた手を、両手で包み込む。
「いくらほしくても、ユベールはものではありません。そこに感情があります。シビルさんは同じことをされても平気なんですか?」
「同じことも何も、ウチに来た方がユベールだって幸せに決まっているわ。それが分からないの?」
「分かりません。私はユベールではありませんから。それにユベールが決めることであって、シビルさんではありません。勝手に決められるのは、シビルさんだって嫌じゃありませんか? それが自分の意に添わなければ、特に」
「……あんたも、私が悪いって言うんでしょう」
すぐに答えを導き出すのは、何も悪いことじゃない。商人の娘ならば、尚更だ。即断即決を迫られる場面もあるだろう。
しかし今は、商談の話をしているわけじゃない。相手の気持ちに寄り添ってほしい、と言っているのだ。
どういえば、シビルさんに伝わるんだろう。
「悪いとは言っていません。ただ、罪を認めてほしいんです。シビルさんが火をつけたこと。それに至った経緯。それとご両親に対する謝罪も含めて、きちんと話してさえくれれば……そうですね。シビルさんの火傷は私が治しましょう」
「え? 治せるの?」
「私も魔術師ですから。あと、治癒魔法は得意なんです」
「そうね。リゼットは昔から、攻撃魔法よりも治癒魔法の方が長けていたわ。だから、ユベールくんの火傷を治せたのね」
その時の記憶はないけれど、今のシビルを説得するには有効的だった。シビルを
けれど、恋敵ともいえる私の手を、果たして取ってくれるだろうか。罪も認めてくれるだろうか。自分は悪くないと思っているシビルが……。
この天秤がどちらに傾くのか、私は祈るようにシビルを見つめた。
「分かったわ。あんたの言う通りにしてあげる。でも、綺麗に治さなかったら許さないんだからね」
「はい。構いません。けれど、約束は守ってください。ここにいる人たちが、その証人です。いいですよね」
私はユベール、サビーナ先生へと視線を動かし、最後にシビルのご両親へと顔を向けた。
「それに関しては、私たちが責任を負おう。だからシビルを……!」
「はい、お任せください」
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