第31話 彼女は悲劇のヒロイン!?

 ラシンナ商会の一人娘、シビル・ラシンナ。

 ユベールがお世話になっている商店街の元締めであり、且つこの街でも指折りの有力家。それがラシンナ商会だった。


 シビルはそんな大店おおだなの一人娘であるため、本来ならば跡取り娘として、将来はラシンナ商会を率いていく存在、になるはずだった……。

 けれどようやく生まれた子どもだっただけに、甘やかすだけ甘やかしてしまい……結果、頭を抱える存在に……成り果ててしまった、というわけである。


 両親は、いずれは優秀な商人を婿に迎えれば、と思い好きにさせていたんだろうけれど……。


「来たわね、卑怯者!」


 最低限のマナーや礼儀は、学ばせなかったのかしら。


 サビーナ先生、ユベールと部屋に入っていく中、私を見た途端、シビルが叫んだ。

 姿を見られた記憶はないんだけど、これも人間に戻った時の影響なのだろうか。記憶の誤差に戸惑ってしまった。


 すると、私がそれに怯えたと思ったのか、さらに言い放つシビル。


「私の邪魔をして、私をこんな目に遭わせて、いい気味だと思っているんでしょう!」


 は?


「ユベールも、そんな女がいるのに、私に気がある振りをして……酷いわ」


 へ?


「僕がいつ、気のある振りをしたんだよ。それにさっきと言っていることが違うぞ。確か……」

「ユベールくんに脅迫されていたから、やめてほしいと説得しに家まで行った、とシビルは言っていたんだよ」

「お父様っ! 酷いわ! 私がこんな目に遭ったのに、ユベールを庇うなんて。そうでしょう、お母様」


 隣に座る年配の女性に向かって、縋るように泣くシビル。

 顔の半分を赤毛で隠しているため、本当に泣いているのか、定かではなかった。が、今はそれが問題ではない。虚偽の発言が問題だった。


 幸いにも、誰もそれを真に受けていないからいいものの……。下手をしたら、こちらが悪者扱いされてしまい兼ねない状況だった。


 う~ん。何と言うか、あまりにも強烈過ぎて返す言葉が浮かばない。最初の怒声は、昔を思い出して、条件反射で体が反応してしまったけれど。その後の言動が……凄すぎて……。


「でもね、貴女が灯油を用意して、と従業員に命令したのを複数の人たちが聞いているのよ。説得するのに、灯油は必要ある? ないでしょう。あと、その女の子がユベールくんの家にいることを知っていて、説得しに家まで行くというのがね。それなら、ユベールくんを呼び出す方が賢明だと、お母様は思うのだけれど」


 シビルの背中を優しく摩りながら、諭す女将さん。その口調からも、シビルへの深い愛情が感じ取られた。けれど、当の本人には伝わらなかったらしい。


 女将さんを突き飛ばしたのだ。よく見ると、その手はただれていて痛々しい。だからこそ、どこからそんな力が出てくるのか、疑問に思ってしまった。


「信じられない! 私がこんなにも辛い想いをしているのに、酷いわ! 味方になってくれない。この部屋だって、ホテルで一番いい部屋じゃないなんて、お父様もお母様も、私が醜くなったから、冷たくなったんでしょう。使い物にならなくなったって。いらなくなったって、そう思っているんでしょう!」

「誰もそんなことは言っていない」

「それじゃ、どうしてユベールとその女を庇うの。私は被害者なのよ!」


 私はさっき、女将さんの口から、状況証拠とも取れる発言を聞いたんだけど、それでも認めないの?


「被害者なら、何故、ユベールくんの家にいたの? それも外に」


 痺れを切らしたサビーナ先生が、一人ソファーに座るシビルに近寄る。


「説得にしに行ったと言うのなら、家の中にいるべきではないのかしら」

「それは……あの女がいたから」

「これはあくまで仮に、ユベールくんから脅迫を受けているのが事実だという前提で言うけれど。貴女のような性格なら、それを秘密にしたがるものじゃないかしら。違う?」


 確かに、プライドが高そうに見えるから、そんな汚点は知られたくないはず。そもそも私の存在を、シビルが知っていたとは思えない。


 私がユベールに拾われてから、三カ月。サビーナ先生以外は誰も、訪ねては来なかった。家の近くに来ていた可能性も否定できないけれど、私は人形の姿だったし……。


 そう考え込んでいると、突然シビルに指を差された。


「あんたが全て悪いんじゃない!」

「え?」

「今は人間の姿をしているけど、元々は人形だったじゃない。気持ち悪いのよ!」

「シビル!」


 今にも掴みかかろうとするユベールを、私は止めた。だって、事情を知らないシビルからしたら、気持ち悪く感じるのは当然だと思ったからだ。


 人間の振りをしている人形……そう認識している立場からすれば。

 けれど、どう言えば通じる? 本当のことを言えば、ますます私の立場は……ううん。ユベールの立場も悪くなってしまう。


 下手したら、もうこの街にはいられなくなる……!


 折角ユベールが、頑張って築き上げていたものを、私の手で壊すことになるのだ。

 そんなことはしたくない。私さえ我慢すれば、きっとここは穏便に済ませてくれるだろう。


 私が謝りさえすれば……たったそれだけでシビルの怒りが収まるのなら……!


「不快な想いを――……」

「リゼット。大丈夫。ここは私に任せて。貴女は私の大事な弟子であり、養女なのだから。今度こそ、貴女を守らせてほしいの」

「サビーナ先生?」


 とても心強い言葉だけど、養女ってどういうことですか?

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