第30話 叫びたくなるほどの衝撃

「あら、楽しそうね。何かあったの?」


 部屋のノックが聞こえないくらい笑っていたのか、サビーナ先生が部屋に入ってきた。私はベッドから降りて駆け寄ろうとしたら、ユベールに止められてしまう。


「そう思うのなら、もう少し配慮をしてもらえると助かるんですが」

「私もそうしたいのは山々なんだけど、先方を待たせているのよ。あと、リゼットが目を覚ましたのなら、すぐに知らせるように言わなかったかしら」

「っ! ユベール!」


 何でそんな大事なことを言わないの!?


「命の恩人と語らう時間くらい、いいじゃないですか」

「う〜ん。それもそうね。ユベールくんは今回、一番の被害者でもあるわけだから」

「さ、サビーナ先生?」

「でも、ご褒美はあったでしょう?」


 何の話? ご褒美って?


 けれどサビーナ先生は、すぐにその詳細を話してはくれなかった。どこか、ユベールの反応を楽しんでいるような、そんな気がしたのだ。

 けれど当の本人は、複雑な顔をしているだけ。何が楽しいのか分からなかった。


「えっと、その……この話は……しない方が、いいと思いますよ」

「どうして? 言ってあげればいいのに。私が二人を見つけた時、リゼットは――……」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 突然ユベールが、サビーナ先生の言葉を遮るように大声をあげた。が、サビーナ先生は無駄とばかりに言葉を続ける。

 それが爆弾だと知らない私は、ユベールの努力も虚しく、耳を傾けてしまい……。


「リゼットは全裸でユベールくんを抱き締めていたのよ」

「キャャャャャャャャャャ!!」


 本日二度目となる叫び声をあげた。


 ぜ、全裸って、何で? 何で服を着ていないのぉぉぉぉぉ!?


「多分、人間に戻ったから、だと思うわ」

「そ、それを先に言ってください!」

「ふふふっ、だってリゼットを驚かせたかったのよ。ユベールくんの時もおかしかったから」

「当然じゃないですか。もしも誰かに見られていたらって思ったら」

「っ!」


 そうだ。確かにあの時、私は外にいた。その可能性に思わず肩を抱く。


「あら、自分が見られなかったから、そのひがみ?」

「違います!」

「サビーナ先生……」

「ごめんなさい。そうよね。一番リゼットが気になるところを茶化しちゃって。だからこそ、安心して。火事の目撃者は多いけれど、炎の勢いが強過ぎて、リゼットの姿を見た人はいないの」

「本当ですか?」


 顔をあげると、優しい眼差しのサビーナ先生と目が合った。


「えぇ。しかも炎が自然と鎮火した、という目撃情報もあったわ。恐らく、リゼットの魔力と共鳴していた魔石が同じ赤い色をしていたから、見分けがつかなかったんでしょう。ともあれ、鎮火してすぐに二人を回収したから、誰にも姿を見られていないはずよ」

「えっ、でも、それだと人目につきませんか? 火事は目撃されているわけですから。私とユベールを見た人がいないなんて、おかしいです」


 さっきは安堵したせいで見落としてしまったけれど、色々と矛盾があった。けれどサビーナ先生はビクともしない。


「あら、忘れたの? 転移魔法陣の存在を。あれを使って回収したのよ。さすがに二人まとめて運ぶことはできないし、リゼットのあられもない姿を見せるわけにはいかないでしょう。一応、私のマントをかけたけど……それだけだとちょっと……心許ないから、ね」

「あ、ありがとうございます」

「いいのよ。だけど、事件の当事者が街から消えるのは、色々と不味いでしょう。だからホテルの一室を借りられるまでは、私の家に一時的に避難させておいたのよ」

「ということは、ここはホテル……なんですか?」

「えぇ、そうよ」


 当然のことのように言うサビーナ先生を余所に、私は改めて室内を見渡した。

 確かに見覚えのない家具と壁紙。ベッドの様子など、少し考えればすぐに分かることだった。ここがユベールの家ではないことが。


「それでね、リゼット。起きたばかりで悪いんだけど、一緒に来てほしいところがあるの。いいかしら」

「何を言っているんですか、サビーナさん。リゼットは人間に戻ったばかりなんですよ」

「私も休ませてあげたいんだけどね。さっきも言ったように、先方を待たせているの。ユベールくんなら、この意味が分かるわよね」

「……はい」


 どういうこと? と私は視線をサビーナ先生からユベールに移す。


「さっき、シビルの話をしただろう。どうなったのか、とか」

「うん。無事なの?」

「……一応、ね。ただ問題があるんだ」


 ユベールが口籠ると、バトンタッチをするかのようにサビーナ先生が続きを教えてくれた。


「あることないことを吹聴ふいちょうしているのよ。多分、自分だけ火傷をしているのから、その腹いせなんでしょうけれど」

「え? でもユベールは……」

「そう。リゼットも含めて火傷をしていないわ。だからこそ、怒りが収まらないって感じだったわ」

「自分でしておいて!?」

「あら、リゼットも言うようになったわね」

「っ! それは……その……」


 あまりにも身勝手な行動に、思わず本音が口から飛び出ていた。サビーナ先生の言う通り、昔ではあり得ないくらいの言動だと、私も思う。


 なにせあの頃の私は、自分のことで手一杯になりすぎて、他のことまで手が回らない。

 少しでも陰口を叩かれないように、不快な想いをさせないように、と過敏になっていたのだ。自分の気持ちを表に出せない程に。


 だから余計、シビルの行動が衝撃的だった。けれどこれは、まだ序の口であることを私は知らない。


 何故、ユベールとサビーナ先生が呆れたような、疲れたような表情をしたのか。

 私はその意味をこれから思い知ることになるなんて……この時はまだ、分かっていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る