第29話 拗ねる対象はいつだって

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 私があの炎を消したの!?」


 全く身に覚えのない話に、私はただただ驚くだけだった。


 だって、何度も水魔法をぶつけても、炎の勢いは止められなかったからだ。それをどうやって消したのか。憶えていないのだから、当然だった。


 しかしベッドの傍にある椅子に座り直したユベールは、私の反応を想定していたらしい。呆れたり、驚いたりしている様子は一切なかった。苦笑はしていたけれど。

 あと、何故かその後、照れている。何で?


「僕も意識が朦朧と、いやほとんどなかったから、そこについては説明できないんだけど、駆けつけてくれたサビーナさんが言うには、そうらしいんだ」

「サビーナ先生が!? 今、どこにいるの?」


 すると、急に不機嫌になるユベール。話題に出したのはそっちなのに。


「事後処理」

「あっ、火事の……」


 ユベールがここにいる、ということは誰かが対応してくれているのだ。

 何せ私たちは未成年。保護者がいないのだ。だからサビーナ先生がその役目をしてくれているらしい。


「でも、タイミングが良すぎない? サビーナ先生なら、そういうこともあり得そうな話だけど」

「……実は、これには仕掛けがあって」

「えっ! 火事が!?」

「ち、違うよ! しかもそっちは事故だから! 僕も被害者の一人なんだから勘違いしないで!」

「ごめんなさい」


 私の最後の記憶には、しっかりとユベールの悲鳴が残っていた。

 ユベールの姿が見えないくらい、勢いよく燃え盛る炎。二つの悲鳴。


 思い出しただけでも恐ろしかった。


 すると、ユベールが慌てて私の傍に寄る。


「いいんだよ。僕の方こそ、ごめん。いきなり大きな声を出して。……実はリゼットに何かあった時のためにってサビーナさんからこれを預かっていたんだ」


 ユベールは私にも見えやすいように、首にかけていたネックレスを外し、手のひらに乗せた。私の瞳の色と同じ、赤い石が付いたネックレスを。しかし、よく見ると……。


「これって魔石じゃない。ユベールは確か、魔力がないって言っていなかった?」

「うん。だからこの魔石は、リゼットの魔力に反応する仕掛けになっているんだ。もしも力を暴走させた時とか、人間に戻った時を想定して。特にリゼットは魔力量が多いから、サビーナさんでも止められるかどうかって危惧していたんだよ」

「そう、だったの。……だからそのネックレスが反応したから、サビーナ先生がやって来てくれたのね」


 そこまで心配してくれていたなんて……。


「黙っていてごめん」

「ううん。何か事情があったと思うから気にしていないわ」


 多分、サビーナ先生は私に余計なプレッシャーをかけないようにしてくれたのだろう。

 ユベールに至っては……私のせいでサビーナ先生を敵視して言わなかったのが、手に取るように分かった。


「どちらかというと、松明を持っていた……えっと赤毛の人の方が気になるわ。どうなったのか、とか。無事なのか、とか。その……ユベールの……知り合い、なんでしょう?」


 確かシビルって名前の、ユベールのことが好きな少女。拒絶されて、私とは正反対の行動を取った恐ろしい人。

 あの時、二人の会話が聞こえなかったから、余計に気になっていたのだ。


「……うん。ブディックに行った日のことを憶えているかな。帰りにラシンナ商会に寄った時のこと」

「明確にどこ、とは言っていなかったけど、ユベールが気乗りしていないのは伝わってきたわ」

「いつもどうでもいい注文から、ちょっと困った注文までしてくるお客さんでね。ブリットさんを経由して注文を受けているんだけど、頻度も多くて困っていたんだ。その相手がラシンナ商会のお嬢さん、シビル・ラシンナ。リゼットが見た赤毛の人だよ」


 やっぱり。


「なんとなくそうじゃないかなって思っていたわ。ユベールのことが好きそうに見えたし」

「僕は違うよ! 僕は――……」

「大丈夫! 迷惑に思っているのは感じたから。だから、あんな惨事になったのよね」


 ユベールが拒絶していなかったら、起こることのない惨事。拒絶には拒絶を。私もした行為だから分かる。


 あんな過激ではないけれど……。いや、殺してください、とお願いした私も過激だったかな?


「……僕も悪い、とは分かっているんだ。最初から拒否していれば良かったんだけど、シビルのお陰で今の仕事にありつけたから。機嫌を悪くさせてご主人や女将さんに迷惑をかけたくなくて……」

「うん。でも、シビルさんの気持ちもよく分かるの。少しの希望でもすがりたくなる気持ちが。私もそうだったから」

「お祖父様に?」

「……心変わりされた、という噂を聞いても、プレゼントを受け取る度に期待してしまうの。それっきりになったとしても」


 簡単に気持ちを切り替えることはできなかった。だって、好きだったから。ヴィクトル様のことが。だから、ユベールを責めるつもりはない。


 私が勝手に縋って、勝手に恨んだだけ。シビルさんも多分、そうだと思う……。これを我が儘だと、一言で済ませてほしくはないところだけど。


 きっとユベールには伝わらない。ヴィクトル様もそうだったから。


「……僕はお祖父様のようなことは、しないけどな」

「え?」

「ううん。何でもない」


 そっぽを向くユベールの姿に、私は思わず首を傾げた。すると今度は、拗ねたような顔を向けられる。


「リゼット?」

「ごめんなさい、つい」


 それがあまりにも可愛くて、おかしく見えたものだから。

 口元を手で隠しても、笑っているのがユベールにバレてしまった。さらに咎められると分かっていても、笑いが止まらない。

 次第にユベールも諦めたのか呆れたのか、一緒になって笑ってくれた。


 あぁ、やっぱりユベールの傍は、居心地がいいな。心が温かくなるのを感じた。

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