第21話 心配と気まずさ
それからというものの、私はユベールの一挙手一投足に反応するようになった。いや、ユベールが私の、というべきだろうか。
いつものように私は、トコトコと室内を歩いていた。すると突然、僅かな隙間に足を取られてしまった。まだ器用に体を動かせない私は、そのまま床にご対面、ではなく顔面衝突。
「リゼットっ!」
人形だったから、そこまで大きな音はしなかったが、足音が不自然に消えたからだろうか。ユベールが駆け寄って来た。
「大丈夫!?」
「はい。でも洋服が……」
少しだけ破けてしまった。ユベールが私のために作ってくれた、フリル控え目のベージュと白のエプロンドレスが無惨にも。さらにいうと汚れは凄いことになっていた。
「洋服ならまた作ればいいよ」
「でも……」
「気に入っていたのなら、同じのを作るよ? それとも直した方がいい?」
これを直すのは手間がかかる。それなら同じ物を作ってもらった方が、ユベールにも迷惑がかからない。何せ、次から次へと私の洋服を作るから。
お陰で毎日違う服を着ているんじゃないかと、錯覚してしまうほどだった。とはいえ、一着一着、ユベールが丹精込めて作っている服を蔑ろにはしたくない。
だから私は意を決して、首を横に振る。すると、同じ柄のリボンが床の上に落ちた。
人形だから血が出ることはないけれど……。
「ユベール。私の顔はどうなっていますか? 擦りむいていないでしょうか」
上を向いて、ちょっと確認してもらおうと思ったら、急に体を持ち上げられた。さらにユベールの顔が近づき、私は咄嗟に身を引いた。
「っ! ごめん!」
「いえっ! 私の方こそ、すみません」
ちょっと傷つけちゃったかな、と思って視線を向けると、再び目が合って逸らす。これではいつまで経っても確認できなかった。
「ユベール。その、鏡のあるところまで連れて行ってもらえませんか? 自分で確認するので」
「えっ、大丈夫。ちゃんと見るから」
それでも気恥ずかしかったのか、今度はテーブルの上に私を置いた。
最初に手を取られ、次は足へ……。けれどスカートで見えない。
「こっちは自分で見ます!」
私は急いで後ろを向いて、スカートをたくし上げた。うん。擦りむいていない。
「顔なんですが、やっぱり鏡で確認させてください」
「何で?」
「だって……」
ユベールに覗き込まれるのは恥ずかしい、とはさすがに言えず、別に用意していた答えを口にした。
「仮に怪我をしていたら、どんな感じなのか、私も把握しておきたいですから」
「……そうだね。でも、そこには僕も入っていてもいいんじゃない?」
「えっと……」
私が口籠っている隙に、顔を掴まれて、強引にユベールの方を向かされた。堪らずに私は目を
すると、額と鼻を優しく触れられた。かと思うと、今度は何かを払うように、左右に動き始める。時折、指でトントンと軽く叩かれているような感触まで。
気になって目を開けたいけれど、ユベールの息遣いと気配を感じてしまい、それもまたできなかった。遠ざかっていく気配を感じても、まだ目を開けられる自信はない。
何故なら開けた瞬間、ドアップのユベールの顔があったらと思うと、
その緊張を解いてくれたのは、他でもないユベールだった。
「うん。少し汚れが付いていたけど、怪我はないみたいだ」
良かった。人間と違うから、傷がついた場合、どうすればいいのか悩んでしまう。そういえば、人形にも治癒魔法は有効だったかな。
今度、サビーナ先生が来た時に聞いてみよう。
「新しい服とタオルを出しておくから、綺麗にしてくるといいよ」
「はい」
ユベールに促されて返事をすると、私はそのままテーブルから降りようとした。勿論、風魔法を使って。
しかし、前と違って魔石が光らないせいか、ユベールにはただ、私がテーブルの上から飛び降りるように見えたらしい。
「危ないっ!」
床に着く前にキャッチされてしまった。
「ユベール、大丈夫です。魔法が使えますので、これくらいの高さは降りられます」
「う、うん、分かっているけど……それでも、人形の体って脆いからさ。ビックリするんだよ。それにさっきは傷がなかったからいいけど、もし壊れたら、と思うとね」
「そうですね。対処の仕方など、サビーナ先生が来た時に聞いた方が良さそうです」
治癒魔法で治るのか、それとも人形師に修理してもらうのか。
「だから歩く時は気をつけて。床を張り替えるだけのお金があればいいんだけど……そんな余裕はないし。元々、古い家だから、あっちこっち小さな隙間とか段差とかあると思うから」
「確かにそれは感じたことがありますが、人形の服や小物作りをしているアトリエらしい、風情があっていいと思いますよ。だから無理をして直す必要はないかと」
それに私はいつしか人間に戻る。今は不便に感じるかもしれないけれど……。
「ありがとう。お礼に洗ってあげたいけど、そしたらまた怒るよね、リゼットは」
「あ、当たり前です!」
そう、私が歩けるようになってから、ユベールの意識も変わり始めていた。あの日、いかに自分で着替えなどをしたかったのか、サビーナ先生に語ったのが、どうやら効いたらしい。
お風呂も、わざわざ私用の小さなタオル。洋服を入れる小箱。バスタブも、どこで手に入れたのか、私が入るのに丁度いい大きさの物を用意してくれた。
「はははっ。それじゃ、少し待っててね。準備をするから」
ユベールは逃げるように、浴室のある方へかけていった。そうバスタブがあっても、まだ自分ではお湯を張ることができないのだ。この小さな手では。
私は広げた自分の両手に見る。
足と同じで、前よりも器用に動かせるようになった。けれど蛇口を捻ることや、お湯の入った容器を持ち上げることまではできない。
もどかしいけれど、変わらずに私の世話を焼きたがる姿にホッとしてしまう。
作業している時のユベールは、声をかけ辛いくらい集中しているから。時々、お話したいな、とか。構ってほしいな、とか……。
私は脳裏に浮かんだ言葉に驚き、首を横に振った。
先ほどの出来事が、まるで構ってほしくて転んだように感じたからだ。
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