第20話 𠮟責と恥じらい

「もう、用事が済んだらさっさと帰ってください」

「ユベール。そういう言い方は失礼です。折角、私のために来てくださったのに」


 サビーナ先生の腕の中で嗜めると、さらに不貞腐れるユベール。


「いいのよ。リゼットの前ではいい子を演じているのかもしれないけれど、いつもこんな感じだから」

「サ、サビーナさん!?」

「ふふふっ。そろそろ邪魔者は退場するわね。さすがにこれ以上揶揄からかうと、ユベールくんに出禁にされてしまいそうだから」

「そんなことはしませんよ。リゼットにはまだサビーナさんが必要なんですから」


 ユベール。それは必要がなくなったら来るな、と言っているのと同じよ。遠回しに出禁だと、言っていることに気づいていないのかしら。


 けれどサビーナ先生も負けていなかった。


「あらあら、だったらこのまま種明かしをしようかしら」

「何の?」

「もう忘れるなんて、頭に血が上りすぎよ、ユベールくん。リゼットが聞いていたでしょう。私が昨夜、何処で寝ていたのか、をね」

「そうでした」


 確かにサビーナ先生は、『特別に種明かしをしてあげるわ』と言っていた。

 それがどんなものかは知らないが、今後のことも含めると知っておいた方がよさそうな案件だった。

 考えてみると、私はサビーナ先生のことを全くと言っていいほど知らないのだから。けれど突然、ユベールが慌て出す。


「ま、待ってください。種明かしをするのなら、片手が塞がっているのは不便ではありませんか?」

「ふふふっ。ようやく気づいたわね。リゼットさえよければ、このまま連れて行きたいところだけど……」

「ダメです!」


 油断した、と思ったのは私だけではないだろう。サビーナ先生の腕の中にいた私は、勢いよく伸ばされたユベールの手によって、引き離された。

 思わず「わっ」と声が出てしまうくらい、強い力で。


「あらあら、冗談なのに可愛いわね。リゼットもそう思わなくて?」

「えっと……」


 私は返答に困ってしまった。正直、ユベールが私に固執する理由が分からないからだ。


 人形になった私を探したのは、生きる目的。見つけた後は? 一人になりたくないと言っていた。そして……。


『リゼットにはお祖父様がいるかもしれないけど、僕にはリゼットしかいないんだ……』


 昨夜の言葉の意味も理解できなかった。そう言ってもらえたのが嬉しくて「何処にも行かない」と答えたけれど……。


 私と違ってユベールは、この時代の人間。仕事だってしている。私しかいないなんて……そんなことはあり得ないわ。


 早く人間になって、ユベールを解放してあげたい、と思った瞬間、胸がズキンと痛んだ。


「リゼット、無理に答える必要はないよ。サビーナさんはただ、揶揄っているだけなんだから」

「は、はい」


 けれどその必死な顔を見ていたらつい。


「可愛いです」

「っ! できればカッコいいが聞きたかった」


 最後は聞こえないように言ったのだろう。けれどユベールの腕の中にいる私には、しっかりと聞こえてしまった。


 今の私はどんな顔をしているんだろう。ユベールは豊かになったと言っていたから、きっと……。


 チラッとサビーナ先生の方を見ると、温かい視線を向けられ、私はいたたまれない気持ちになった。



 ***



 その後サビーナ先生は、種明かしと称して魔法陣を出し、帰って行ってしまった。そう、実は転移魔法陣で自宅に帰り、早朝こちらに戻って来た、というわけなのだ。


「荒療治をしてしまったから、一晩は様子を見たかったのよ。でも、大丈夫そうで安心したわ」

「お手数をかけました」

「何を言っているの? 何度も言うけれど、頼まれたとはいえ、私はリゼットを人形にしてしまったし、その罪滅ぼしをさせてほしいのよ。そもそも、竜たちが迷惑をかけていなければ、こんなことにはならなかったんだしね」

「そう、ですね」


 けれどそれでは、ヴィクトル様やユベール、サビーナ先生と出会わずに、私の人生は終えていたことだろう。そう思うと、複雑な心境になった。


 サビーナ先生は「また来るわね」と言い、家の中は再び私とユベールの二人きり。


 その静寂の中、私は足音を鳴らして、室内をトコトコ歩く。正確には、ユベールが用意したエナメルシューズのせいで、勝手に音が鳴ってしまうのだ。


 うるさいかな、と思い風魔法を使うことも考えた。が、簡単に移動できるため、また足が動かなくなるのは怖かった。


 便利でいいのだけれど、多少は面倒でうるさく感じても、動かすのが一番だから。動かなかった原因を思えば、尚更だ。


 けれど心配なことが一つだけあった。


「ユベール。私が歩けるようになって、うるさくないですか?」


 そう、作業の邪魔をしていないか心配だったのだ。


「ううん。むしろ音がしている方が安心するよ。リゼットがいるんだって分かるから」


『あら、部屋にいらしたんですか? 音がしなかったので気づきませんでした』


 そう言って無断で部屋に入って来た使用人たち。


『やっぱりここにいた。図書室で音がしていると分かるんだ。リゼットがいるって』


 けれどヴィクトル様もユベールと同じように、安心した表情で、そう言ってくれる。ここにいていいと言ってくれているようで、私もまた安心するのだ。


 そんなところも似ている二人。


 だからなのか、こんな私をヴィクトル様は愛してくれたから、ユベールも……と期待してしまう。あんなに期待されるのが怖かったのに。


 それなのに私は……期待しても、いいのかな……?


 長い間、誰かに期待することさえもできずにいたからだろうか。したらいけないような気がしてならなかった。

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