第22話 納品と危険

 トコトコ……トコトコ……。


「リゼット」


 いつものように、日課の室内散歩をしていると、ユベールから声をかけられた。これもまたいつものことなのだが、ユベールの様子が明らかに違う。


 普段のラフな格好ではなく、白いYシャツにネイビーのジャケット。コバルトグリーンのタイまで付けて、如何にも出かけます、といった装いだった。


 思わずその姿に見惚れてしまう。何故なら、幼き頃のヴィクトル様、そのものだったからだ。

 見比べてはいけない、と心の奥では分かっているのに、止められない。私はただ、ボーッとその姿を眺めた。


「ちょっとブディックまで行くんだけど、リゼットも行かない?」

「いいんですか?」


 その内に行こうと言われていたが、サビーナ先生の登場や私の歩行などで、有耶無耶うやむやになっていた。


「うん。もし何かあっても、今のリゼットは自分で歩けるし、何よりも魔法が使えるから大丈夫だと思うんだ。まぁ、気分が乗ならないのなら仕方がないけど」

「いいえ。是非、行かせてください!」

「分かった。折角だから、リゼットもおめかしして行こうか」

「えっ……」


 私が身を引くと、ユベールに苦笑されてしまった。


「大丈夫。リゼットが一人でも着られる服だから」

「良かったです」


 最近、慣れてきたせいもあって、躊躇ためらわずに自分の感情を吐き出せるようになってきた。

 お陰でユベールは、複雑な服ではなく、私一人でも着られる簡易的な服を作ってくれるようになったのだ。


 そして渡されたのが、紫色のワンピース。

 お出かけ用だからか、フリルは少な目。スカートの広がりも抑えたワンピースだった。肩と腕が出ていないのもいい。


「仕上げは僕にやらせて」


 着替え終えて出てくると、すかさずユベールがやって来て、私の頭にヘッドドレスをつけた。


「ボンネットではないんですね」

「基本、鞄の中にいてもらうことになるから、邪魔になると思ったんだ。紐が緩むと視界が遮るだろう?」

「あっ、確かに」


 以前、そうなって、自分では直せなかったことがあった。


「これでよしっと。それじゃ、行こうか」

「はい!」


 できれば鏡で確認させてほしかったが、急いでいたらと思ったら、さすがに口には出せなかった。けれど、帰ってきたら言ってみよう。


 だって、折角ユベールに着飾ってもらったんだから。



 ***



 二度目となる外出も、ワクワクよりドキドキの方がまさっていた。それは鞄の中から外を眺められないからだろう。私は未だ、自分の住んでいる家の外観も見たことがないのだ。


 だから、街までの道のりも風景も分からない。それが緊張と不安を増やす要因となっている。

 とはいえ、十五歳の少年が人形を持って街中を歩くのは……ちょっと。いくらユベールが人形の服などを作っていても、だ。


 考えただけでもゾッとしてしまう。

 自分のせいでユベールを、そんな偏見の目で見られるような人にしたくない。絶対に。


 だから我慢しないと。


「リゼット。少し騒がしくなるけど、驚かないでね。今から商店街に入るから」


 私は一度目の外出と同じように、内側から鞄をトン、と叩いた。前回の教訓として、はいは一回。いいえは二回、とあらかじめ決めておいたのだ。


 しばらくすると、ユベールが言った通り、人のざわめき声が聞こえてきた。途端、さらに緊張感が増す。

 前回は朝だったことと、祭りが終わった直後だったことが重なり、人の声はあまりしなかったからだ。


 思わず鞄の裏地を握り締める。すると、その反応がユベールにも伝わったのか、なだめるように軽く鞄を叩かれた。


 そうだ。今の私は鞄の中にいても、人形として振る舞わなければ。突然、鞄からごそごそ音が鳴ったら不自然だもの。気をつけないと。


 私はゆっくりと息を吐いた。するとまた、鞄を叩かれる。一瞬、怒られたのかと思ったら、すぐさまベルの音が鳴った。


「いらっしゃいませ〜」


 どうやら、ブディックに着いたようだった。


「あら、ユベールくんじゃないの。納品に来てくれたのね」

「はい。あと、注文の方も。ありますか?」

「あるわよ。でもその前に確認させてね」


 女性の声に促されて、小走りになるユベール。何も合図がなかったことから、その人に手を引かれているのかもしれない、と思った。揺れ方が、不自然なくらい小刻みだったのだ。


 それから間もなくして、椅子のようなクッションがあるところの上に、鞄が置かれた。いや、ソファーだろうか。

 ユベールが隣に座ったのか、その反動が伝わって来たのだ。


「これがこの間、注文をいただいた、白いレースのドレスと、同じレースで作った小物入れ。あと、色違いの黒いレースのドレスと小物入れです」

「ありがとう! うんうん。今回もいい感じの仕上がりだわ。友達がユベールくんの作るドレスが好きでね。出産祝いにあげたかったのよ」


 とても嬉しそうな声に、私も同じ気持ちになった。白いレースと黒いレースと聞いた途端、あぁあのドレスだと脳裏に浮かんだのだ。


 何せ私の日常は、散歩以外のほとんどを、作業台の近くにある棚で過ごしている。

 そこでユベールが、ドレスや小物入れを作っている姿を見るのが、私の日課であり、楽しみだったからだ。


 だからそのドレスを、ユベールが頭を悩ませながら懸命に作っていたのも知っている。勿論、それが私のではないことも。


 私の服の場合は、あんな風に悩んだりしない。

 お喋りをしながら、あぁでもない、こうでもない、と楽しそうに言いながら、生地を見せたり、作っている過程を見せてくれたりするからだ。


 けれどその白いレースと黒いレースの二着のドレスは違った。

 時折、私に生地を当てて、イメージが固まると作業台へ。また別の生地を持って来ては同じことを、何度も何度も繰り返していたのだ。

 恐らく、ユベールの中でなかなかイメージを掴むことができないのだろう。それが手に取るように分かるだけに、何も手伝えないことが辛かった。


 そう、鞄の中でしみじみとしていると、突然、上から視線を感じた。しかし顔を上げてはならない。ユベールなら、私に触れるか話しかけるか、するはずだったからだ。

 明らかに、これは別の人間の視線……っ!


「あら、ユベールくん。今日は可愛い人形を持って来たのね」

「っ! あ、いや、これは……」


 ユベールが口籠っている隙に、私は声の主に持ち上げられた。急に明るい場所に移動したことも相まって、私の緊張はさらに高まる。


 人形……そう、人形の振りをしなくちゃ……!


 それでも私は目を閉じたくて仕方がなかった。

 何せ相手の女性は、私を人形だと思っている。だからジロジロと見つめるだけではなく、服を摘まんだり、捲ったりしてきたからだ。まるで値踏みをするように。


「派手さはないけれど、この服もいいわね。この人形と一緒に買い取らせて」


 な、何を言っているの!? この人は。というか、怖い! 下ろして!


 助けて、ユベール!

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