第15話 魔石

 赤い光に包まれながら、私は身を縮めていた。まるで赤い光が私を守ってくれているのではないか、と錯覚してしまうほどに。


 そうでもしないと、壊れそうだった。ヴィクトル様の想いを受け止めきれなくて。けれど、手放したくもない。


 矛盾しているのはやっぱり、今でもヴィクトル様が好きだから、なんだと思う。


 手を差し伸べられ、惹かれて好きになって。ヴィクトル様も私を、と錯覚して、勝手に裏切られた気分になっていた。

 婚約破棄されても悲しさよりも、やっぱり、と納得した気持ちの方が大きくて。だから死を願ったのに、結局はまた裏切られた。


 それも『愛している』と、口頭ではなく、手紙で。


 直接、聞きたかったです、ヴィクトル様。


 もう伝えることができない想いに、私は涙するしかなかった。



 ***



「リゼット?」


 戸惑うユベールの声に、私はそっと瞼を開けた。ヴィクトル様と同じ銀髪に、紫色の瞳。けれど、幼い顔立ちと声で、ユベールだと分かった。


 もう間違えない。

 頻繁に会うことができなかったヴィクトル様と違って、ユベールとは毎日……ううん、終始一緒にいる。だから、私の一挙手一投足に悩んだり、あれこれ考えていたりしてくれる。


 お陰で口論は耐えないけれど、それもまた楽しかった。置かれている現状を忘れてしまうほどに。


「ユベール」


 手を伸ばすと、当たり前のように掴んでくれるのもまた、嬉しかった。


「良かった。僕が僕だって分かるんだね」

「はい。でも、どうしてそんなことをいうんですか?」

「実はサビーナさんから、過去を思い出させるようなことをしたって言われて……そしたら、リゼットが僕のことをまた、お祖父様と間違えるんじゃないかって思ったら……辛くなったんだ」

「お祖父様と、間違え、る?」


 それってつまり……!


「ユベールくんはマニフィカ公爵様のお孫さんなのよ」


 気がつくと、部屋の扉の前にサビーナ先生がいた。どういうことなのか、体を起こした途端、私はその異変に気づいた。


 足が、動く!? と思った瞬間、体が宙に浮いたのだ。


「キャッ!」

「リゼット!?」


 浮いたままバランスを崩す私に、ユベールはすぐさま手を伸ばす。しかし、サビーナ先生がそれを静止させた。


「大丈夫。リゼット、意識を私に向けて。ゆっくりと私の方に来て頂戴」

「は、はい!」


 サビーナ先生は両手を広げて、私を誘導させる。まるで魔術の指南を受けていた時のような、優しい口調に、私の意識も自然と引き締まった。


 前に風魔法なら、人形の私くらい浮かせられると思っていたけれど、実際に行うとこんな感じなのかな。サビーナ先生もいるし、少しだけ魔法を使っても大丈夫、だよね。


 胸元の赤い魔石に触れ、魔力を注ぎ込む。すると、浮いたままだった私の体はサビーナ先生の元へ、スーッと移動した。


「サビーナ先生、上手くできました!」

「えぇ。見事だったわ。それによく、魔法を使うことを思いついたわね。上出来よ」

「でも、何故か赤い光がでませんでした。これはどういうことなのでしょうか」


 私は以前、ユベールの怪我を治すために、魔法を使った時の状況を話した。


「それは私が貴女と、魔石の繋がりを強化したからよ。足が動かせたのも、そのせい」

「っ! では、やはり私の動力源は魔石ということなんですか?」

「今はね。そもそも魔石は、魂と体を適合させるためのものなの。リゼットは魔力量が多いから、適合する魔石でないと、ダメだけど」

「だから、サビーナ先生が補助してくれたんですね」


 いくら適合する魔石でも、定着には時間がかかる。だから、足も少しずつ動かせるようになったのだ。


「でもそれだと、疑問が残ります。リゼットはどうして、見世物小屋でお祖父様の伝記を喋る人形になったのでしょうか。同じ魔石を取り付けても、目を覚ますどころか、からくり人形のようになっていました」

「ユベール。さっきも言ったように、魔石にも相性があるの。あと魔石を取り付ける人間の意思もね。見世物小屋の店主は、リゼットに伝記を語るように思いを乗せて、魔石を取り付けた。だからリゼットはそれに応えただけ」

「僕が目覚めてほしいと願ったから、リゼットは目を覚ました、ということですか?」

「そうよ。あと、私が渡した魔石は、どれもリゼットと相性がいいものだった、というのもあるけどね」


 サビーナ先生はそう言うと、私の胸元にある赤い魔石に目をやった。


 そうだ。ユベールに魔石を渡して、私を探させて。そのユベールがヴィクトル様の孫だと分かっていて協力したサビーナ先生。

 何故、ご自分で探さなかったのか。何故、こんな月日を有したのか。何故、私は見世物小屋で。何故、何故、と疑問が尽きない。


 しかし私は、一番気になることから尋ねることにした。


「ヴィクトル様の伝記というのも気になる話ですが、それがあるのに、サビーナ先生はどうして、あの頃と変わらない姿をしているんですか?」


 そう、サビーナ先生の正体だ。あの頃も、私より随分と年上だったけれど、計算が合わない。


「貴女は誰ですか?」


 私の問いに、サビーナ先生は困ったように笑みを返した。

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