第14話 絶叫(ユベール視点)

「あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 室内に響き渡るリゼットの叫び声。僕は居ても立っても居られずに、キッチンから飛び出した。


「リゼット!」


 駆けつけながらこういう時、家が狭くて良かったと思ってしまう。元貴族とはいえ、こんな平屋建てに住んで、と父さんは嘆いていたけれど。

 家が広かったら、こんな風に異変をすぐさま知ることはできないし、また駆けつけることもできない。


「っ!」


 しかし駆け寄ったとしても、僕ではどうすることもできない事態が、待ち受けていた。


「サビーナさん、これは一体どういうことですか?」


 テーブルの上に座っていたはずのリゼットが、サビーナさんの腕の中で苦しんでいる。しかも、胸元の赤い魔石がずっと光っているのも気がかりだった。


 アレはリゼットの魔力に反応する、と本人が言っていたからだ。


「ごめんなさい。ちょっと、荒療治をさせてもらったわ」

「荒療治って、サビーナさんはリゼットを大事に想っているから任せたのに……こんなのって……あんまりです!」

「ユベールくん。これは仕方のないことなの。リゼットを人間に戻すには、ね。だから思い出す必要があったのよ」


 人間……に? リゼットが?

 それは願ってもいないことだけど……それでも!


「僕は忘れたままでもいいと言いました」

「けれどそれでは、いつまで経っても、人形のまま居続けるのよ、リゼットは。歳も取らず、老いていくユベールくんを見続けるの。それはリゼットにとって不幸でしかないわ。ユベールくんの死後、リゼットはどうやって生きていくというの?」


 僕は何も言い返せなくなった。

 もしかしたら、リゼットはまた見世物小屋に戻ってしまうかもしれない。下手したら、ボロボロの姿で冷たいアスファルトの上に横たわっている未来だって……否定できなかった。


「同じ時間を生きていく方が幸せだと思わない?」

「すみません。まだほんの少しですが、リゼットと共にいられる今が幸せなんです。そこに水を刺されて、気が動転していました」


 リゼットを取られる。また一人になるのが怖かった。


 僕はさらにサビーナさんに近づき、そっと腕の中にいるリゼットを見る。思わず手を伸ばしかけたが、「ユベールくん」と静止された。


「軽く魔力暴走を起こしているから、触れてはダメ。私も抑え込むだけで手一杯だから、ユベールくんまで面倒は見られない」

「サビーナさんでも!?」

「それくらい、リゼットの魔力量は多いのよ。人形になっても変わらずに」


 ということは、それくらいの覚悟を持って、サビーナさんは荒療治を行ったのだ。リゼットを人間に戻すために。

 それなのに僕は目の前のことしか見ていなかった。


「すみません。自分のことばかりで」

「ふふふっ、いいのよ。ユベールくんはまだ十五歳の子どもなんだから。私の助けがあったとはいえ、生活が安定するまで大変だったでしょう」


 十二歳で両親を亡くしてから、サビーナさんの宝石……ではなく魔石を元手に、子どもでもできる仕事を探した。なるべく人と多く関われる仕事を。

 そうすれば、リゼットを探す手がかりにもなるし、伝手つても増える。


 小物や人形の洋服作りも、それが縁でできた仕事だった。

 たまたま出入りしていたお店のお嬢さんが、気に入った小物入れが壊れたと泣いていたのだ。両親は呆れ果てて、新しい物を購入するも、お嬢さんは見向きもしない。

 行く度に寂しそうにしている姿が僕と重なって、直してあげたのがキッカケだった。


 けれどその後も、軌道に乗るまでどんなに大変だったことか。所詮は子どもの作る物。足元を見られて、安値で買い取られたことや、タダで引き受けたことなんてザラだった。


 その時のことを思い出して、僕は素直に頷いた。本当に本当に大変だったから。


「自分のこともあるのに、私の望みをこうして叶えてくれただけでも、ユベールくんは頑張ったと思っているわ。我が儘をぶつけてくれても、構わない。むしろ、そっちの方が子どもらしくていいしね。リゼットはそれも言えないくらい、押し潰されていたから。ユベールくんを見ていると安心するのよ」


 サビーナさんの言葉にズキンと胸が痛んだ。リゼットは一切話してくれないけれど、僕は知っている。サビーナさんから聞いていたから、リゼットの過去を。お祖父様の想いを。


 僕は君にそんな想いはさせないよ、絶対に。


「リゼットが安定するまで、まだ時間はかかりますよね。僕、それまでに準備をしていいですか?」

「構わないけれど、準備って?」

「眠り姫に相応しい準備ですよ」


 まぁ、と驚きながらも笑うサビーナさんの姿に、僕は微笑み返した。


 さて、やるぞー!

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