第9話 魔寄せの娘、魔国に至る
「さあ、始めよう! 血湧き肉躍る饗宴を!」
――魔国マーガの闘技場にて。
魔王ナハトの開会宣言により、一斉に沸き上がる魔族たち。
饗宴というだけあって、観客席には酒や肉が提供され、魔族の観客たちは飲めや歌えやで闘技場で戦う勇士たちを応援し、ときには野次を飛ばす。
一方のソフィアは、残念ながら戦う勇士の側なので饗宴に参加することは出来ない。
(どうしてこうなってしまったんだろう……)
彼女は首を傾げていた。
前回のあらすじ。
魔寄せの力が増していくソフィアに、魔王ナハトが誘いをかけた。
「このまま王都にいては魔物がそこに押し寄せてしまう。ならば、魔物を魔国に引き戻すために、お前は魔国に来るべきだ」
ソフィアは人知れず王都を救うことを選んだ。
ナハトとともにワイバーンにまたがって空を駆け、東へ飛ぶとそこは魔王の統べる魔国マーガ。
ナハトの帰りを迎え入れる魔族たちだったが、好奇心をむき出しにしてソフィアをジロジロと見つめているものだから、彼女はなんだか居心地が悪かった。
「陛下、そのニンゲンの娘はいったい……?」
魔族のひとりが、恐る恐る魔王に尋ねる。
「この娘は以前話した『魔寄せの娘』ソフィアだ。此度は嫁にするために連れて帰った」
「えっ!?」
「はぁ!?」
仰天したのは魔族ばかりではなく、当事者であるソフィアも同様である。
「おい、なんだ嫁って、聞いてないぞ!」
「? 魔国に来た以上、お前は俺の嫁になる以外に生き残るすべはないが……?」
ナハトはさも当たり前のことを言っているかのように、不思議そうな顔で首を傾げた。
――騙された!
ソフィアは悔しさで歯を食いしばる。
(コイツ、最初からそのつもりで……!? 王都を救うためとか甘い言葉を吐いて、私を騙すとは……!)
ソフィアが魔王を睨みつける横で、魔族たちもナハトに「どういうことか」と詰め寄る。
「お言葉ですが、陛下! 既に魔族の嫁候補が陛下の花嫁になるために花嫁修業をしている真っ最中ですぞ!」
「知らん。俺はそんなの頼んでない」
ツーン、と拗ねた子供のようにそっぽを向くナハトに、魔族たちは大弱り。
「わがままをおっしゃらないでくださいまし! そもそも魔王とニンゲンが結婚するなどもってのほか! その娘はてっきり、王国側の捕虜かと思っておりましたぞ!」
「だーれが捕虜だ!」
魔族の重臣らしき者に牙を剥いてうなるソフィア。
いや、見ようによっては捕虜かもしれないが、魔王に騙されてまんまと捕まったなど認めたくない。
「私だって、魔王なんかの嫁になる気はない! 『魔寄せの力』が人間に迷惑を与えるなら、山奥にでも引きこもるから、王国に帰してくれ!」
「そうはいかぬ。一度魔城の場所を知られたからには、お前は生きて魔国を出られないと思え」
魔族の家臣から告げられた言葉に、ソフィアは血の気が引くのを感じていた。
――まさか、一生を魔族なんかと一緒に暮らすのか? 魔王の花嫁となって添い遂げろと?
「絶対に! 嫌だ!」
「大人しくしろ、ニンゲン! 魔王陛下の御前であるぞ!」
「知るかー!」
魔国に来ても魔王に陥落する気のないソフィア、そして人間であるソフィアを魔王の嫁にすることに不満を持つ魔族たち。その溝は深く、簡単には埋まりそうにない。
「そこでだ。武闘会を開催しよう」
「なんで?」
ナハトの言葉に、ソフィアは思わずキョトンとしてしまう。
「うおおー! 武闘会! 武闘会!」
しかし、何故か魔族は血気盛んにフィーバーしてしまった。
「え、なに? 何が始まるんです?」
「だから、武闘会だ」
「なんでさ?」
「ソフィア、お前の戦闘力を見せつければ、魔族の皆も納得するはずだ。前にも話したと思うが、魔族は純粋に戦闘力で相手を推し量る、実力社会だ。ここで勝てなければお前は死ぬだけなので応援しているぞ」
「死ぬの!? ちょ、ちょっと待て!」
魔族と戦う羽目になることを渋るソフィアだったが、魔族たちは煽り文句を浴びせ始める。
「なんだ、戦えないのか、ニンゲン!」
「もし俺に負けたら死ぬよりもツラい召使いにしてやるからな、雑魚ニンゲン!」
「あぁ!? ナメんなよ魔族ども! 私が優勝してお前らを顎でこき使ってやらァ!」
こうして、ソフィアは武闘会への参戦チケットを手に入れた。
彼女には、煽り耐性が皆無だったのである。
――そして、話は現在に戻る。
こうして、開会式で魔王ナハトが宣言をし、盛り上がる魔族たち。
(……観客席いっぱいの魔族。私ひとりではさすがに相手しきれない。ここは大人しく勇士として対戦相手を倒していったほうがいいんだろうな)
しかし、対戦形式はまさかのバトルロイヤル。
闘技場のステージのまわりが降下していき、ステージだけがぽつんと島のように取り残された状態で、ステージのまわりに水が張られていく。
その水の中に放たれたのは、ピラニアのような水生の魔物。ステージから水に落ちれば、あっという間に集団で骨になるまでかじりつかれるという寸法だ。たしかに人間であれば死ぬだろう。
「ヘヘッ……ニンゲン、降参したほうがいいんじゃねえか?」
「そんな細い身体でよくこのコロシアムに来れたもんだ」
「まあ、肉の食いでがないから魔物も見逃してくれるかもな」
力自慢のムキムキ魔族たちは、ソフィアを見て嘲笑っている。
ナハトは、と目だけを動かして探すと、観客席のひときわ目立つ紅い座席に座って、片肘をつきソフィアを眺めている。目が合うとニコッと微笑んできた。
(いや、こんな状況になったのは誰のせいだと思ってるんだお前ーッ!)
苛立つソフィアを尻目に、試合が始まる。
ソフィアは溜まりに溜まったストレスを解消するために、魔族をちぎっては投げちぎっては投げ、まるでボウリングのピンのように吹っ飛ばした。
「ギャー!?」
「つえぇ!? なんだこのニンゲン、武器も持ってねえのにすげぇ力だ!」
まさか人間の女がこんなに強いと思わず、ステージ上の魔族も観客席も目を見開いてどよめいた。ナハトはそれを見て、したり顔で笑った。
「コノヤロー! 父ちゃんをいじめるな!」
不意に、観客席の魔族の子供が、ソフィアに向かって石を投げようとした。
しかし、その石を持った手をパシンとひっぱたくのは、母親らしき魔族の女。
「おバカ! 父ちゃんは正々堂々戦って負けたんだから、外野が手を出しちゃいけないっていつも言ってるでしょ!」
「だ、だって……このままじゃ父ちゃんが水に落ちちゃう!」
「魔族たるもの、誇り高くあれ! 卑怯な手は使わず、正々堂々と戦ったなら、それで死んでも文句は言わないのが魔族の誇りだよ!」
ソフィアは、そんな魔族の言葉を聞いて感心した。
(魔族が、そんな考えを持ってるなんて知らなかったな……)
こうして、制限時間いっぱいまで戦い抜いたソフィアは、水に落ちることなく生き延びた。
「そこまで!」
審判が制限時間が終わったことを告げると、ソフィアはドッと汗がふきだして、その場に座り込んだ。
「やるじゃねえか、ソフィア!」
「ソ―フィーア! ソ―フィーア!」
「キャー、ソフィアちゃんカッコいい! 抱いてー!」
観客席からは、魔族たちの歓声が聞こえる。
どうやら彼らは、ソフィアの強さを認め、魔国に住むことを許してくれたようだ。
ナハトも満足そうに、ソフィアにトロフィーを渡して、「これからは魔城で暮らすといい」と声をかけた。
「これでお前は俺の花嫁として認められたな!」
「そうだこれそういう話だったなちくしょう!」
魔族からの売り言葉に買い言葉で参加してしまったソフィアは後悔するが、時すでに遅し。
名実ともに、魔王の嫁として魔城に住むことになってしまったのである。
〈続く〉
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