🐉🕑創作

第伍話

肆は、話をする為に再び皆を集めた。しかし結局、弍と伍と漆しか呼びかけに応じてはくれなかった。

「…なんか、本当に派閥めいてきちゃったね」

漆が残念そうに壁にもたれた。

「でも、3人来てくれただけで心強いよ。ありがとう」

「参と陸はいいとしてさ、壱も来てないんだ。ふ〜〜ん、まぁ僕は別にいいけどね？」

口を尖らせる弐に、伍は肩をすくめた。全く素直じゃないんだから…。

「それで、話って？」

「…うん。」

肆は深呼吸をして、淡々と語ってみせた。今までの面談のこと、"石"のこと、そして、ぁぶちのこと。反応はさまざま。弐は口端をひくつかせて、伍は大きな目を見開いて、漆は腕を組んで項垂れた。肆は極力ゆっくり、順を追って話したつもりだった。しかし皆の理解が追いついているか、というかこの話を信じてくれるかどうか不安だった。一通り話し終えて、下から伺うように皆を見る。

「…ていうことなん、だよね」

伍はあの時、何かが"石"を食べた音を聞いていた。だから他の2人よりは理解が早かった。

「僕の第三者説は、当たってたんだ」

自分の推理が的中して、伍は少しにやけた。そして伍は龍宮城の誰も裏切り者じゃないことを理解し、ほっとしていた。

「じゃあ、僕達は疑い合う必要なんてなかったんだ！」

「…それはそうなんだけど」

明るい伍の声を、漆の低い声が遮った。

「乙姫先生の身体が、…その、変なのに乗っ取られてるんだね」

「助けなきゃ！！まだ間に合うよね！？」

「…え」

肆はこんなにもあっさりと自分の話を信じてくれた3人に驚きを隠せなかった。みんなは先生を慕っていたから、先生に矛先を向けるなんてとんでもないと糾弾される覚悟で打ち明けたのに。きょとんとした肆の反応に3人は首を傾げる。

「あれ、僕変なこと言った？」

「…いや、信じてくれるんだね。僕の話」

肆は3人の顔を見渡した。当然だと言うようなきょとんとした顔の後で、微笑んで頷いてくれた。なんて心強いのだろう。肆は少し、感極まってさえいた。

「ううん。なんでもない。そうだね、弐の言う通り、先生を助けなきゃいけない」

「一筋縄じゃいかないよね、戦闘になるかも」

「弐と伍は、乗っ取られているとはいえ先生を攻撃できるの？」

漆が横目で挑発するように弐と伍を見ると、2人は目を合わせてニヤリと笑った。

「…な〜んかさ、いつかこんな日が来るような気がしてたんだよね」

「ほんと！ワクワクしちゃうね、むしろ」

伍はポケットからナイフを投げ上げ、右手で裏手に構えて首を鳴らした。弐は伸脚と屈伸して準備体操の真似事をしてみせる。

「肆、勝算はあるの？」

「…わからない。そもそも先生をどうやって助ければ良いのかも」

「肆の毒とかでなんかいー感じにならないの？」

「『なんかいー感じ』って、そんな魔法じゃないんだから…」

「あ、一旦眠らせてみるのはどう？」

「…うん。そうだね。それはいいかも」

もう先生、…いや、ぁぶちは実体化してるんだ。なら肆以外にも視え、触れられるはずだ。漆が隙を作って、弐と伍が2人がかりで押さえつけて、肆が睡眠薬を嗅がせれば、少なくともぁぶちの動きは止まる。それからのことはそのあと考えても遅くないし、何より物的証拠があれば参側の3人とも和解できるかもしれない。

希望が4人の表情を明るくする。そして、互いの顔を見合わせて、力強く頷きあった。

"面談"の部屋に移動し、4人は各々の武器を構えた。肆は厳かに歌を歌った。ぁぶちを呼び出し、決着をつけるために。

「きゃは！穏やかじゃないですね♫」

目論見通り、ぁぶちは現れた。教壇の上に座り、脚をぶらぶらさせている。ぁぶちの姿を見て、初見の3人は流石に一瞬戸惑いの表情を浮かべた。

「みなさん、ぁぶちをいじめるんですかぁ？」

拳を顎の下に置き、うるうると効果音つきでこちらを見つめる。肆は怯まずに勇んだ。いつでも嗅がせられるように、握った拳には薬品を染み込ませた包帯が巻かれていた。

「先生の体を、返せ」

「…やぁだ♡」

あっかんべーと緊張感なく舌を出すぁぶち。それを隙だと認識した漆は、小爆弾を最小限の動作で後方に投げた。ドン！と地面が揺れ、爆風が教室中に荒ぶ。塵や煙で視界が曇る中、弐と伍はぁぶちの両側から飛びかかった。弐は裏拳を鳩尾に、伍はナイフを首元に狙いを定めた。捉えた！そう感じたのも束の間。伍のナイフはハイキックでブーツのヒールに弾かれ、弐の拳は先程ぁぶちの手になかったはずのふわふわのクマのぬいぐるみによって完全に受け切られた。受け流された2人は、それぞれ別の方向に転がされた。

漆が肆に合図を送り、続け様に閃光弾を起動させる。光が発動する瞬間を目を固く閉じてやり過ごし、肆はぁぶちの背面に回り込んだ、…はずだった。

「ざんねん♫」

ぁぶちはサングラスをかけた姿で、肆を腕組みして待っていた。肆は飛び出した勢い、ぁぶちに肩を引かれ、背中を教壇に叩きつけられる。徐にサングラスを外し、投げ捨てる。片手で肆の身体を教壇に押さえつけたまま、目を細めて頬を撫でた。撫でただけなのだが、鋭利な爪によって肆の右頬には一筋の切り傷、血が流れた。

「肆！！」

漆は叫ぶが、動けない。下手に動くと最悪の展開になりかねないことを理解していた。弐ですら、唇が滲むほど噛み締めて、助けに入りたい衝動を耐えている。

鼻と鼻が近づきそうなほど、ぁぶちは肆の近くて凄んだ。肆の顔は青ざめ、本質的な無力さに打ちひしがれた。押さえつけられた体はびくともしない、それ以前に目の前の恐怖に体が上手く動かなかった。

「ぁぶちは言ったはずです。一生忠誠を誓えと」

作り声ではなく、地を這うようなドスの効いた声。

「あと、小細工はぁぶちには通用しませんから。全部全〜部分かってるので。お見通しなので。」

「…ッ」

肆は息を呑んだ。確かに、全て読まれていた。ものの数秒でこうも格の違いを見せつけられ、4人の顔からは希望の明るさが消えていた。屈辱、悔しさ、絶望感。各々の表情をぁぶちは首を回して確認すると、ニッコリと微笑んだ。

「い〜カオ♡そのカワイイカオに免じて、今日は許してあげます。♫…ただ」

2度目はないですよ♡

そう言い残して、ぁぶちの姿は蝋燭の火のように消えた。いきなり押さえつけていたものがなくなり、肆はずるずると教壇から滑り落ちた。首を絞められていたような緊張に、肆はしばらく呼吸を取り戻すことで精一杯だった。肆の頬の傷以外にみんなに目立った怪我はないとはいえ、精神に受けた衝撃は計り知れない。終わってみれば、誰も肆に駆け寄ることなく、その場でただ打ちひしがれていた。

「…、！」

遠くで爆発音と、地面の揺れを感じた。その瞬間、壱は目の前で風船が割れたような心地がした。ぼんやり靄がかかっていた意識がはっきりと自分のなかに戻ってきた感覚。

用のないはずの教室で、参と陸がいる。陸も同じように轟音がした方向を向いていた。

「漆か？」

目に虚を映し、ソファーにしな垂れている参を見て、壱は思い出した。

確か弐を探している最中に、参に話があると呼び止められた。そこから、何かをされたんだ。参がゆっくり面をあげ、顔があった瞬間、言いようのない不気味さを参から感じた。

「その顔、…解けた？」

参の呟きに、陸が勢いよく壱に振り返った。参よりも、何故か陸の方が焦っている様子だった。

「僕に、何をしたの」

返答によっては、穏やかに済まないかもしれない。壱は袖口に仕込んでいた糸を握った。陸は参を庇うように前に出た。徐にポケットに右手を突っ込んで、壱を睨んでくる。壱が眉間に皺を寄せ参を睨むと、参は大袈裟なほど肩をびくつかせた。

「…やだ」

「え？」

「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ！！！！！」

突然、参は大声を出した。壱が怯むと、参はソファのクッションを壱に投げつけた。しかし、投げる力が上手く乗らなかったようで、クッションは壱の前方で落ち、羽を舞わせた。

「どうして、どうして僕ばっかり！！！僕はただ、皆で救われたいだけなのに！！どうして皆僕を疑うんだ！！」

「…参！」

いつもの冷静で堂々としている参と、目の前でみっともなく喚きたてる参が、どうしても重ならない。参は荒い息を吐きながら、蛇のような目で壱を睨みつけた。壱はゾッとして、思わず後ずさった。

陸は泣きそうな顔をして参の肩を抱えた。落ち着かせるような、押さえつけるような動作。顔を向けないまま、陸は低く柔らかい声で壱に話しかけた。

「…弐のとこ行きや。怒ってたで」

壱は戸惑いながらも、陸の言葉に甘えるとした。教室を出る間際、2人を盗み見た。陸は切に祈るように参に縋り、参は我を失って身体を震わせていた。余りにも痛ましく、参に対する怒りと恐れは何処かへ飛んでいってしまった。

爆音が鳴った方向に走り、壱はいつもの教室にたどり着いた。扉に背中をつけて中の様子を伺う。戦闘の気配はもうない。ゆっくりと扉を開けた。壱は真っ先に窓際の弐を視認し、駆け寄った。

「弐！…みんな、何があったの…？」

教室を見渡したら、伍、漆も教室で戦闘後だという様子で息を整えていた。肆は教壇にもたれかかって、頬の傷から血を流していた。

「壱遅いよ！…じゃなくて、今更何しに来たのさ」

「何って、僕は弐と約束があったから、探してて」

「…え？」

「ごめん。遅くなった」

弐が壱に「遅い」と言ったのは、約束のことではなかったのだが、妙に素直に頭を下げる壱を見て、なんだか弐の機嫌は直ってしまった。

「改めて、何があったの」

「…ぁぶちと戦ってた」

「ぁぶち？」

壱が周りに問いかけると、簡潔すぎる答えが漆からかえってきた。壱が眉を顰めると、慌てて伍がフォローを入れる。しかし伍の説明もイマイチ要領を得ず、結局肆が再び最初から説明をした。

「…なる、ほど」

とりあえず壱は一旦その説明を咀嚼して飲み込んだ。

「めっちゃ圧があって強かったんだよ！攻撃が全然効かなくて…」

弐が興奮気味に語ろうとするのを漆が諌めた。少し、警戒したような顔で漆は壱を見据えた。

「肆の説明をあっさり信じるんだね、壱は肆より参の味方なんじゃなかったの？」

「え？いや、別に…」

「いいよ。漆、多分大丈夫だから」

肆は教壇から立ち上がり、壱に歩み寄った。

「壱、参の様子はどうだった？さっきまで一緒だったんだよね？」

肆の質問に、壱は俯いた。参の異常に取り乱した様子と、必死に宥める陸の姿が壱の顔を曇らせる。

その様子で、肆は察した。

「ぁぶちは、参の感情を解放させたとも言ってたんだ。多分、そのせいで参もおかしくなっちゃったんだ」

「…確かに、何かに異常に怯えてるみたいだった」

「何かって、何に？」

「陸が言ってたよね、『参は一番裏切りを恐れてる』って」

…裏切り、か。肆は正直心当たりがないではなかった。肆は今の今まで忘れていた。だって、あの時彼は喜んでくれていたから。

「ねー、もう参のことはほっとかない？どの道今の状態じゃしょうがないって」

呆れたように弐が言う。その発言に、伍は拳を握って反論した。

「…だめだよ。全員で、解決したい」

小さいながらも力強い声だった。その声に、肆も同調した。

「うん。僕も同じだ。」

「えー！？肆ってば、参にめちゃくちゃ言われてたのに味方するの？！」

「…ぁぶちを倒すのに、参は必要だと思う。」

壱は顎に手をあてて、首を傾げる。

「参の戦略が必要ってこと？」

「それもあるけど…」

きっと、ぁぶちも参を警戒しているはずだから。

肆は敢えて口には出さなかった。

「とにかく、僕は直接参と話をしてくる」

肆はくるりとつま先の向きを変えようとすると、漆に腕を掴まれた。

「僕も行く」

伍が肩を落としながら微笑む。

「この流れでフツー1人で行くかね？」

伍の茶化すような口調に、壱と弐がつられて笑った。

「みんなで行こう。」

「全く、そーいうところが参の反感買ったんじゃないの？」

肆は頼もしく笑う4人を見て、眉を下げて微笑み返した。

壱の案内で、肆たちは参のいた教室を訪れた。

教室の前には戸にもたれかかった陸がいた。伏目がちで、相当疲れている様子だった。ゆっくりと陸はこちらを視認し、自嘲気味に笑った。ギクリと少し気まずい顔を浮かべる面々に対し、陸は人差し指を唇の前に出した。

「…参、今寝とるから。で、何の用？」

「参が起きたら、話がしたい。」

あくまで小さな声で、肆は真っ直ぐ告げた。だが陸の反応は冷たかった。

「5対2で話、ねぇ？」

「2人と対立する気はないよ、誤解を解きに来たんだ」

陸が視線を室内に移す。その意味深な目の動きと、憂いを帯びた表情からは迷いが伺えた。

「いずれにしても、今の参は人と話なんかできんと思うで。なぁ壱？」

「…、確かに、さっきはひどく取り乱した様子だったけど…」

壱は神妙な顔で俯いた。壱が反論する前に、肆が言葉を続けた。

「それでも、それでも話さなくちゃ。僕は参が怯えてることについて、心当たりがある」

「…へぇ？」

肆の言葉に陸は片眉を上げる。

「裏切りを認めるんか？」

「違う。けど、多分、…間接的に僕が原因な気もする」

「えっなにそれ、どういうこと？」

弐がひょこっと肆の横から聞くも、肆はその先を話さなかった。あくまで参の前でしか話さないつもりだった。陸は最後まで5人を警戒していた。参の状態をこれ以上悪化させないために、会わせないべきだ。参を思うからこそ、ずっと立ち塞がり続けた。しかし、参との断絶は、参本人によって解除された。

扉が、教室の内側からゆっくりと開かれた。建て付けの悪いそれは、軋む音が目立った。

「！参、お前」

陸が振り向いて、参に触れようとした瞬間。

パチン

参が指を鳴らした。

その音を合図に参と肆以外の5人は、糸が切れたようにその場にパタリと伏した。

…眠っている。状況を理解した肆は、参に向き直った。

「いいよ。話をしようよ。2人きりで」

参はガラス玉のような虚な瞳に、肆を映した。