🐉🕑創作

第参話

参

陸は廃校の3年A組の教室に呼び出されていた。

龍宮城が根城としている廃校は、それなりに教室の数がある。皆がいつもたむろしている部屋は1階のため、3階の何もない教室になんか用がなければわざわざ行かない。久々にここの階段上る気がするなぁ、と陸は不思議な気持ちでいた。

呼び出しの主は、壱だった。壱は既に教室についており、引き戸を開けた陸と目が合うと、バツが悪そうに逸らした。

「…来てくれてありがとう。陸」

「ええけど。皆に聞かれたくない話？」

陸は入り口近くの適当な椅子に腰掛け、足を組んだ。どこか不審な壱を横目で観察しながら、出方を伺う。沈黙に耐えきれない様子で、壱が口を開いた。

「どう思った？この間の僕と弐がやった課題」

「…」

探られている？

壱の伺うような、試すような上目遣いを受け流す。陸が返答を長考していると、壱は言葉を続けた。

「僕は、おかしいと思った」

陸は片眉を上げた。そして察した。壱は陸の考えを伺うテイを装うが、あくまで壱は自身の疑念を共有したいのだろう。

「救世主様が眠らへんかった事？」

陸がパスを出すと、壱は少し安心したように陸に目を合わせる。

「…そうだね。それもおかしい」

本来、龍宮城に課題をもたらす救世主様は、安全を確保するため、課題中は肆の睡眠薬で眠っていてもらうことになっている。しかし前回の課題では救世主様が眠っていないばかりか、壱と弐の前に現れて2人の実力を試した。

これは明らかにいつもと違う点だ。それは陸にも当然理解できていた。

「それ"も"、か。他は？」

「参も、おかしいと思った」

「へぇ？」

興味深そうに聞き返すと、壱は少し目を丸くした。まるで、参の不信感を共有できなかったことに驚いたとでも言うように。陸はその態度を感じながらも気に留めず、頬杖をついて首を傾げた。

壱は目を背け、話を続けた。

「あの救世主様は、僕たちの実力を試したんだ、自ら！本当にそれが望みなんだとしたら、肆が救世主様を眠らせなかったのも分かるんだ。

でも参は、何もかもを知ってるみたいだった、…から」

「救世主様の課題を最初に聞くのはフツー参やろ？参はそら何もかもを知ってるやろ」

「いや、違う、…そうじゃなくて」

言葉の出力に手こずっているらしく、壱の目は左右に泳ぎ出す。陸は壱の言わんとすることを感覚では理解しながらも、その核を掴めていない。陸が壱に言葉を紡ぐヒントを差し出そうとする前に、壱は勢いまかせに口から言葉を出した。

「参の"輝き"が何かを、僕たちは知らないから」

その言葉に陸は目を細めた。壱はそれを軽蔑だと捉えて、静かに俯いた。

「…僕は、恐れているのかな。参のこと」

「ええんちゃう。底を見せてへんやつを恐れるのは普通やと思うで」

「…」

仲間への疑念。それをとうとう吐いてしまった自己嫌悪か、壱はそのまま項垂れて何も言わなくなった。陸はふぅとため息をつく。立ち上がり、教室を背にしながら最後に尋ねた。

「壱は、なんで俺に言うてくれたん」

「…なんとなく、かな」

「そうか」

運と勘の悪いやつ。陸はそう思って教室を去った。

「ねぇ、肆。面談終わった？」

ひょこっと教室に現れたのは漆だった。肆はどこか内心ほっとしながら、入ってきても大丈夫だと告げた。

「じゃあさ、散歩、連れてってよ」

心底わくわくたした表情で漆は肆にすり寄る。まるでピンと来ていない表情の肆に、漆はムッと口を尖らせた。

「陸が言ってたよ？肆はよく外を散歩するって」

ああ、と肆は合点がいった。皆まで言うまい。事情を内にしまったまま、肆は漆に微笑み返した。ついてきても構わない、の意味を込めて。それを認識した漆は、悪戯が成功した猫のように笑った。

散歩、と言っても廃校外の果てしない霧の中を彷徨うだけだ。課題がない平時は、自分たちはこの霧を出られない。そればかりか、どう真っ直ぐ進んでも必ずあの廃校に戻ってきてしまう。

楽しいかと聞かれれば楽しくはないが、退屈かと聞かれるとそうでもない。それでもいいかと漆に問うたら、why not?と言いたげに首を傾げた。

霧の中は本当に何もない。足元が辛うじて見える程度で、木どころか雑草すら生えていない、まるで生命の気配がない。漆はきょろきょろと興味深そうに周囲を見渡している。周囲に何もないと知っている肆は無思考で足をすすめる。

「ここをさ、吹っ飛ばしたらどうなるのかな」

「…どうにもならないんじゃないかな」

「だよね〜」

漆の軽口が肆には心地よかった。2人は理由なく、波長が合う。面談後で疲れていた肆は、漆に癒されているなと感じた。

「…あれ」

暫く2人が散歩していると、よろよろとこちらに向かう人影が目に入った。

この霧が受け入れる人間は限られている。

「ねぇ、肆」

「そうだね、救世主様かも」

2人は駆け出してそれに駆け寄った。近づくと、それは思ったより随分と背が低かった。かひゅーかひゅーと危うげな呼吸音と、がくりと地面に着いた膝。胸を抑えて倒れ込んだ、ー少女は、黒髪を地面に散らした。彼女の手から、例の無垢な"石"が溢れた。

「救世主様！」

2人は急いで少女を持ち上げた。『戻りたい』と願えば、霧は晴れて目の前に戻るべき廃校が現れる。漆は一瞬、あり得ない光景に瞬いたが、肆と少女の顔を見て我に帰った。

廃校の保健室に少女を寝かせ、呼吸が落ち着くのを待つ。苦しそうだが、心臓と呼吸器は動いている。とりあえず直ちに死ぬことはないと、胸を撫で下ろした。

「漆、悪いけど理科室からおでこ冷やせるやつと、薬持ってきてくれる？」

「薬ってどれ？」

「あ、えっと、棚の下から2番目の右の方の青いビン。スーッとするやつ。」

「わかった」

漆はバタバタと保健室を後にする。

肆は、少女の眉間の皺を伸ばすようにおでこに触れた。熱い。10歳にも満たない体で、苦しさに顔を歪ませる少女の頭を、優しく撫でた。

「誰？それ」

背後の声は冷たかった。

参は見下ろしながら、少女の正体を問う。

「…救世主様。今はこんな状態だから、課題どころではないけれど…」

「そう。"石"は？」

少女の状態はどうでも良い、と言いたげに参は右手を伸ばした。

肆は無言でポケットに仕舞っていた"石"を参に差し出した。下から見上げた肆の目線は、位置関係を理由にするには無理があるほど怒りがこもっていた。

「何、その目」

参は肆の態度への苛立ちを声色に出していた。それでも肆は、それに反応を示すことはない。

「この子の課題は僕が聞くから」

「…どうして？」

「参には任せられない」

「へぇ、今日の委員長様は随分と虫の居所が悪いようだね」

「…」

「まぁいいさ、君が課題さえ落とさなきゃそれで」

参はこんな奴じゃなかった。こんな人の生死より課題を優先するような奴じゃなかった。肆は参の遠ざかるローファーの音を聞きながら唇を噛んだ。

…最近の参はおかしい。あの様子は、まるで面談の乙姫先生のような…。

「肆？」

思考を遮る漆の声。丁度参の入れ違いになったようだ。

氷嚢と、よく分かんなかったから青いビン全部持ってきた、と両手いっぱいにビンを抱えた漆を見て、思わず笑みが溢れた。

少女に薬を飲ませると、みるみる顔色は良くなっていた。寝息も穏やかになり、次第にすやすやと眠り出した。

「僕がこの子を見てるから、漆はもう戻ってもいいよ」

「そう？じゃあ使わなかったビン返してくるね」

「ありがとう、返すとこわかんなくなったら理科室のテーブルにでもおいといて」

「わかった」

漆は腕いっぱいにビンを抱えて、教室を後にした。漆が引き戸を脚で閉めようとするのを肆が制して、ゆっくり後ろ手で閉めた。

彼女は安らかな顔で胸を上下させている。ひとまず安心か、と息を吐いて椅子に座ると、肆は急に猛烈な眠気に襲われた。緊張から緩和。肆は抵抗することなく瞼を閉じた。

「皆さんに、紹介したい人たちがいます」

「皆さんとは、また違った"輝き"を持った特待生です」

乙姫先生は、そう云って参と肆を教室に迎え入れた。

こちらを睨みつけるように凝視してくる視線、白い教室の雰囲気、ほとんど異世界に踏み込んだという実感。

…ああこれは、ここが廃校になる前の夢だ、肆はすぐに悟った。

状況を静観している自分とは対照的に、参は皆の前に勇んでいった。

彼は、さわやかに微笑んで、皆に堂々と挨拶をする。

これが肆の知っている参だった。明晰夢の中で、記憶の中の参と、穏やかな先生とをぼんやりと眺める。物思いにトリップしていると、視界が歪んで、暗転。

彼が自分の名前を名乗ろうとする瞬間、

視界が光に包まれた。

「ねぇ」

一つ上の次元から声がする。覚醒の気配に肆は抗う。もう少しだけ、あの頃の先生と参を見ていたい。もう少し、もう少し…。

「ねぇ、あの…」

肆が目を覚ますと、少女が自分を心配そうに見下ろしていた。

肆はハッとして起き上がった。保健室のベッドに寄りかかって眠ってしまったらしい。少し格好がつかなくて肆は苦笑いをする。

「…起きたんだね」

「うん」

ぎこちなく微笑み合う。少女の顔からは戸惑いの色が見えた。ここは彼女にとって見覚えのない場所で、目の前で眠っていた肆のことも知らないのだから当然だ。

「えっと…君が倒れてたから、とりあえず連れてきたんだ。自分が誰で、どこに行こうとしてたか、覚えてる？」

肆は1番柔らかい声で少女に問いかけた。少女は肆のことは何となく信用したようだ。表情から固さが和らぎ、う〜んと唸り始める。

「自分のことは、わかる。どこに…あ、でも、何をしたかったかはわかる」

「それは何か聞いても良い？」

「うん。りゅうぐうじょう？にお願いをしたくて」

「…そう」

龍宮城にお願いをする。決定的な彼女の発言に、肆は複雑な笑みを浮かべた。

「そのお願いを、お兄ちゃんが聞いてもいい？」

自分のことをお兄ちゃん、だなんて。言いながら身体がむず痒さに震えた。幸い少女は気にしてはんいないようだ。

「…良いけど、怒らない？」

「怒る？」

「これ言うと、ママは怒るから」

「そう、なんだ。分かった。怒らないって約束する」

この先を聞くことで後悔する予感はあったが、目の前で上目遣いをする健気な少女の頼みを出来るなら叶えてやりたいと思った。課題の為に今までなんでもやってきた。きっと叶えてやれる。肆は半ば祈る気持ちで次を待っていた。少女が口を開き、泡のように言葉を吐いた。それを聞いた瞬間、肆は重力を感じた。なんだか心も身も地に沈む重力。実際、肆は膝をついていた。

「死んじゃいたいんだ」

肆が絶句していると、少女は言葉を続けた。

「あのね、わたし病気なの。多分治らないんだと思う。でもママはわたしを治そうと頑張ってくれてる。それが辛いの」

「薬は飲んでも吐いちゃうし、眠れなくて悪い夢を見ちゃう。けどそれを見て泣くママを見るのがもっと辛いの」

ー耐えられない。

彼女は微笑んでいた。諦めなのだろうか。目を伏せて、視線を落として、微笑んでいた。肆は心臓を握り潰された心地がした。哀れみと同情、それ以上の感情移入。

「…そっ、か。」

「うん。」

救世主様の願いを拝聴したことを持って、課題は発生する。つまり、肆（或いは龍宮城の誰か）がこの少女の願い通り、死を届けなくてはならない。

もし、この課題を参が受けていたなら、どうしていただろうか。彼自身の"輝き"は、人に死をもたらす力ではない。そうなれば誰かに依頼するだろう。あの冷徹な目で、すぐさま殺せと。

「そのお願い、ちょっとだけ待てない？」

「え？」

「例えば、死んじゃう前にさ、やりたいこととかない？」

「…」

少女は目を丸くし、その後考えこんでしまった。考えるうちに、みるみる顔が虚無に染まっていくのがわかる。肆は質問を間違えたことを悟った。

「…えっと、じゃあ、甘いものは好き？」

「だいすき！でもお医者さんが食べちゃダメって」

「あ、そっか…まぁ、そうだよね…」

肆は言葉を失ってしまう。少女が真っ直ぐな目でこちらを見ながら首を傾げる。肆は何かを彼女に与えたかった。けれど、それは良くないことなのかもしれない。肆が自問自答の世界に入りそうになった時。

「どうせ死んじゃうならさ、その前に甘いものを食べたくない？」

いつの間にか空いていた扉から、漆が現れた。というよりかは今気づいただけで、きっと少し前から居たのだろう。

漆は膝を折ってしゃがみ、肆と反対側から少女に微笑みかけた。

「そのお兄ちゃんね、お菓子職人さんなんだよ」

「えっ？」

「えっ…？」

漆は突然肆を指さした。少女だけでなく、肆本人もつい声が漏れてしまった。漆にジトっとした目で睨まれ、肆は咳払いをする。

「ほんと？」

少女の無垢な目に捉えられ、肆はゆっくりと首を縦に振った。期待通りのポーカーフェイスに、漆はニヤリと笑う。

「龍宮城に会う前にさ、甘くて美味しい飴を作ってあげる」

肆は少女に耳打ちしたあと、立ち上がった。少女の顔は今までで1番の輝きを見せた。ちょっと待っててね、と肆は少女の頭を撫でた。少女はこくこくと小刻みに頷いた。教室を出ていく肆に、僕も手伝うと漆が付いて行った。少女は手を振って2人を見送った。

「さっきは、ありがとう」

「どういたしまして。」

2人おなじみの理科室で、手袋を付けながら肆は礼を行った。漆はニッコリと満足そうだった。

「まぁどうせならいい思いしてほしいもんね」

「うん。…それもあるけど」

漆が顔を上げて肆の表情を見た。肆は決意の表情をしていた。静かに、真っ直ぐだった。

「上手くいけば、死なずに済むかもしれないから」

「え、どういうこと？」

「救世主様自身は課題の撤回ができる。少しでも希望を取り戻して『やっぱり生きたい』って言ってくれれば、生かすことが僕らの課題になる。」

「…へぇ。それは考え付かなかったや。」

自分好みの展開だと漆は笑った。肆は手際良く材料を用意していく。漆は肆の薬剤の知識はなかったが、なんとなくわかる。きっと全部溶かして固めるのだ。漆もゴム手袋をつけ終わった。

アルコールランプに火をつけ、ビーカーに肆の用意した材料を入れ込む。

「棒は？要らない？」

「あー…なんか良いやつある？」

「う〜ん、爪楊枝…？」

「かわいくは、ないよね」

「ないね」

どこか楽しそうに、しかし真剣に、2人は飴作りに勤しんだ。とびっきり甘い美味しい飴で、彼女に少しでも夢を見せるために。

砂糖と、ピンクの着色料、少しの香料。普段はもっと複雑な薬や毒を作る肆にとって、こんなにシンプルで心踊る調合はなかった。肆の眼差しは、次第に柔らかさと期待と希望の色を帯びた。

理科室に甘い匂いが漂うと、誘われるように伍が入ってきた。

「なんか、良い匂いする」

「伍、いいところに！ちょっと味見してみてよ」

「いいけど、…毒じゃない？爆発もしない？」

「失礼な。美味しい飴なのに」

「ごめん、じゃあ食べる」

2人はまだ固まっていない飴を匙ですくい、伍に差し出した。数回フーフーして冷ましてから、伍は口に入れた。2人は祈る気持ちで伍の表情の変化を窺った。

「あま！うま！」

伍の素直な感想に、顔を見合わせた。頷いて、肆は飴の成形に入る。伍はもう少し貰えないかと交渉するも、漆によって阻まれた。肆は特に深い意味はなく、ただ可愛いかなと思い、家庭科室から取ってきた兎の型に飴を流し入れた。

程なくして冷えて固まった飴は綺麗にピンク色の兎を形取った。完成だ。

2人はバタバタと廊下を走って保健室に向かった。この廃校では廊下を走ろうと咎める者はいない。思いっきり走って、保健室のドアを開けた。引き戸が壁にぶつかる音に少女は肩をびくつかせた。詫びを入れて、飴が出来たことを伝えると、少女は花が綻ぶように笑った。

「わぁ、うさぎさんかわいい！ありがとう！食べて良いの？」

「もちろん。口に合うといいけど」

肆と漆が見守るなか、少女は飴を口にゆっくりと運んだ。少し少女の口には大きかった飴は、ウサギの耳だけパキッと折れた。舌で転がすと、甘味と香りが広がる。表情からも、その美味しさは伝わってくるほどだった。

肆と漆は安堵した。この表情がみたかった、使った甲斐があったと高揚した。

しかし、そこにいる3人は気づかなかった。廊下から少女の頭に銃口が向けられていることに。

「甘くて、おいし…」

少女の感想が終わる前に、ガラスが割れる音がした。肆と漆が割れたガラス越しに陸を視認する頃には、彼女の頭には穴が空いていた。握られていた飴は地面に落ち、砕けた。

あふれる血、甘い匂いと混ざって酩酊を誘う。2人は事実を認識できずに、ただ目を見開いていた。

「…あれ、なんでそんな驚いてるん？」

陸が保健室に弾倉をいじりながら入ってきた。2人に目を合わせることなく、淡々と。

「いや、なんで、」

「毒で苦しんで死ぬより、即死のがええかなと思って」

「っ、違う！毒じゃない！」

漆が興奮気味に叫ぶ。その噛み付かんとする勢いに、陸は両手を上げる。しかし陸の顔はただ肆をじっと見下ろしていた。肆は、落ち着きを取り戻して息を吐く。そして陸を睨み返した。

「ふぅん、毒じゃないんや。そっちこそどういうつもり？救世主様を殺すんが課題やろ」

責めるような言葉に、漆は食ってかかろうとした。それを制して、肆は答えた。

「質問で返すようで悪いけど。これは参の命令？」

「命令？あいつはそんな奴やない。」

陸の目に力が籠る。明らかな敵意を感じる。肆は警戒を解かずに睨み返す。

「参は、肆を心配して俺を向かわせたんや。もしかしたら課題を落とすかもしれんって」

「…落とすつもりはないよ」

「信用しろと？」

「随分疑ってくるんだね」

漆は静かに言い合う2人を交互に見るよりなかった。もう少女は明らかに絶命しているが、血が止まらない。それが妙に漆を焦らせた。

「ねぇ肆、一旦この子どうにかしようよ」

漆が肆の袖を引くと、肆は少しハッとしてベッドを振り返った。意図せず絶命した少女の表情は、何も映されていなかった。肆は舌打ちをする。

「そう…だね」

「肆、俺は参に今のこと報告するで。ええよな？」

「…」

陸は保健室の扉に手を掛けて、小声でつぶやいた。小声だが、2人には届く声で。

「裏切りは許さんで」

その言葉を背中に受けながら、肆は少女の目を閉した。漆は頭に開いた穴を塞ぐようにガーゼを巻きつけた。ガーゼはじわじわと赤く染まっていくが、勢いはもはやなかった。完全に陸が出ていくのを確認すると、漆は口を開いた。

「最期にいい思いしてくれたかな」

「…うん。まぁ陸の言う通り、苦しんではないだろうね」

肆は少女を持ち上げた。漆は後に付いて行った。廃校の庭に持っていくので、漆は途中でシャベルを回収した。

「…裏切りってなんだろうね。僕たち悪いことしてないのに。」

少し落ち込んだような声で漆はつぶやいた。肆は、立ち止まった。急に止まったんで、漆は驚いて肆を見上げた。

「漆」

「なに？」

「こんなことは言いたくないんだけど、言わなきゃいけないから言うね」

肆は息を深く吸った。ため息を吐くように、次を続ける。

「参に、気をつけてほしい」

「…参に？」

肆は心の中の重い秘密を、漆に打ち明けた。

「参の"輝き"は、『催眠術』なんだ」