🐉🕑創作

第弐話

弐

「…なにしてるの？」

参が教室に入ろうと廊下を通りすがると、弐が胴ごと後ろ手に縛られて吊るされてるのが見えた。

弐は脚をばたつかせるが、廊下の壁にぶつかるだけで全く効果がない。吊るされているロープは麻縄のような太いもので、弐よりも上側に結び目が数箇所あり、絞めすぎないように配慮がされてるものだとは分かった。

「あ！参！いいとこに来た！助けて〜！」

廊下に立ってなさい、ならぬ、廊下に吊るされてなさい、か…。参は目の前の光景に苦笑いした。ロープは天井近くの横長の窓を通して教室内に繋がっていた。流石に誰がやったかを理解した参は教室の扉を開けた。

「壱、どうしたのあれ」

教室の中では、むすっとした顔で壱が座っていた。右手には縄を持ち、時々下に引っ張ると、連動するように弐の悲鳴？が聞こえる。

「弐が勝手に壱の糸で遊んだんだよ」

伍が代わりに答える。肆から漆は机を挟んでババ抜きに興じていた。

伍が発言と同時に漆からカードを抜き、眉を寄せた。ババを引いたのかもしれない。

「ああ…、それは弐が悪いね」

「ちょっと手を切っただけじゃん！」

廊下から弐の声が聞こえる。切ったんかい。と陸は思った。弐は誰がどう見ても反省してない様子だ。それとは対照的に、壱の方が反省しているという様子で俯く。

「もしかして、糸を勝手に使われたことじゃなくて、弐が怪我したことに対して怒ってるの？」

参が壱に問いかける。壱が口を開くよりも早く、漆がククと堪えるように笑った。

「お仕置きじゃなくて、躾なんだ」

ババ抜きから一抜けし、それも相まって漆はご機嫌な様子だ。

廊下の奥から弐の抵抗の叫びが聞こえる。

「…僕の糸は、使い方を間違えたら危険だから」

「子供扱いすんな！僕に身長抜かされた癖に！」

「まだ抜かされてないよ」

どちらも強情に態度を変えない。見かねた肆がため息をつく。

「壱、離してあげたら？参が困ってるだろ」

「参が？」

「…まぁ、そうだね。今回の課題は壱と弐に任せたいし、2人と打ち合わせしたいから少し困ってるかな」

「そう、…ごめん」

壱が右手の力を緩めた。廊下からは「ぐぇっ」とつぶれた蛙のような弐の声が聞こえた。床に激突、まではいかなくとも不意に縄が下され着地し損ねたらしい。

壱は倒れている弐に手を伸ばしたが、弐は反抗的に顔を背けた。壱もそれに少しムッと口を曲げる。参はその様子を一瞥し、気に留めない様子で廊下を先導した。

「ねぇねぇ、壱」

「…」

「ねぇ、さっきの痛かったんだけど！」

「…」

「ねぇってば！」

「…課題に集中しなよ」

壱は小さな木箱に視線を落とした。

今回の課題は、救世主様から直接預かった木箱を目的地に運ぶことだった。

木箱は手のひらに収まるほどの大きさで、とても軽い。金色の鍵穴がついており、中は見られないようになっていた。

「なんでこんな簡単な課題に2人も必要なの？参からなんか聞いてる？」

「きっと、この箱を狙うやつがいるんだろうね」

「ふ〜ん、じゃあ僕がそいつらぶっ倒せばいいってことね！」

「…」

目立つからと馴染みのバットを持っていないため、弍は手持ち無沙汰といった様子だった。

壱は片手に木箱、片手に地図を広げていた。目的地はとある博物館。ここからは徒歩だとそれなりに距離がある。壱が道順を頭の中でぼんやりと考えていると。

「！」

壱が危険を感じて身を翻した。

すれ違い様に、異常な速度で車道を走るバイクから手が伸びてきたのだ。

「わ！引ったくりじゃん！壱、木箱は！」

「大丈夫！」

バイクの操縦者の舌打ちが聞こえた。そのまま猛スピードで2人を抜き去り、彼方へと消えた。人相を見る間も無く、というかフルフェイスのヘルメットで顔すら見えなかった。

「ねぇ、追う？！」

「追わない。倒せとは言われてない」

「えー！つまんないの！」

「今回の課題は、守ることだから」

それにしても、随分手荒な手段を使う敵だと壱は思った。念の為にと細い糸で自分の右手と木箱を、そして弍と自身の身体を固く繋いだ。

「…ねぇ、ハコしまっておいた方がいいんじゃないの？」

「見えるところにないと、守れない」

「ふ〜ん…」

弍は口を尖らせて前へと勇んでいった。壱は、弍に糸で繋いでいることがバレないように後ろから追った。

「ちなみに、今回はなんであの2人なん？」

陸が何気なく参に聞くと、参はばつが悪そうに目を伏せた。

「陸は遠距離攻撃が専門だから、近距離で襲われたら不利だろ？あとは僕以外の3人が、地図を読んで真っ直ぐ目的地に向かってくれる想像ができなくて…」

ババ抜きに飽きて各々で過ごしていた肆と伍と漆が一斉に参の方を向く。

「真っ直ぐ…は無理かな」

「僕はそれくらいできる！…たぶん」

「地図ってなんか苦手なんだよね」

心底納得した、という様子で陸は肩をすくめた。

引ったくりのバイク以来、それらしい刺客には出くわしはしないものの、2人は誰かに常に監視されているということに気づいていた。

「ねぇ、壱はなんで僕の後ろを歩くの」

歩き通しで飽きが来ているのと、これと言った展開もなく硬直している状況に、弍は苛立っていた。

「箱と弍を、見ていなきゃ」

「は？なにそれ、僕もハコと同列なわけ？」

壱の返答は、さらに弍の機嫌を損ねた。

「っていうか、気づいてるからね。壱が僕を縛ってるの」

「…！いや、縛ってるんじゃなくて、」

弍は我慢ならぬ様子で立ち止まり、振り返った。壱はそれに驚き、足を止めて俯いた。

「ねぇ、前から思ってたけどさぁ！…」

弍が声を荒らげた。それを合図にしたかのように、何か、側方の路地裏で音が鳴った。

それが銃声だと気づいた時、壱の右手が強く後ろに引かれていた。

「壱！」

正確には、木箱に銃弾が当たって吹き飛び、その箱に繋がれていた右手が釣られていた。

細い糸が壱の指に食い込み、血が吹き出していた。

弍は懐からカッターナイフを取り出し、咄嗟に壱の糸を切った。

壱の指は千切れずに済んだが、木箱が銃撃の衝撃で割れて中身が空中に舞った。

いつのまにか2人を囲んでいた黒スーツ男たちの内の1人の手にそれは堕ちた。

「おやおや、カッターなんて危ないものを持ってるんだねぇ」

「弍！！」

弍は後ろからスーツの男に拘束された。カッターは手からはたき落とされ、両手を掴まれナイフを首元にあてがわれてしまった。

「壱！早くあれを取り返してよ！」

弐が呼びかけるも、壱はただ顔を絶望に染める。その様子に弍の怒りは頂点に達した。達したが、弍も身動きが取れない。黒スーツの男たちはくつくつと笑い、壱に銃を向けた。

ーその時。

「なんだか、穏やかじゃないね」

「…？！」

ガタイのいいスーツの男たちの奥で、少年の声がした。少年は緑がかった金髪を真ん中でわけ、黒い革ジャンと、ティアドロップのサングラスをかけていた。少年は銃を黒スーツの男に突きつけていた。

「貴様！こいつらの仲間か！？」

スーツの男に吠えられても、少年は怯まなかった。それどころか、少年は挑発するように笑い、サングラスをずらして瞳を見せた。

「違うね。けど、無関係じゃないよ」

壱と弍は彼の顔に、既視感を覚えていた。何処かで会った、そして何か大事なことを共有している気がする。しかし、思い出せない。

少年は自分の顔を凝視する2人に、眉を上げて合図をした。弍はハッとして拘束する男の手に噛みつき、抜け出す。それを視認してすぐ、壱は男の手にあった木箱の中身に糸をかけ、奪い返した。

「なっ！？」

弍はニヤリと笑うと、今まで拘束してた男の顔の側面にハイキックをぶちかました。

そこからはモノの数秒で男を全員のしていた。

金髪の少年は、もう必要ないと銃をおろした。そして、ポケットに手を突っ込み、弍の鮮やかな身のこなしに口笛を吹いた。

男が全員地に伏し、意識がないことを確認して、壱が安堵に息をついた。

「…あの、ありがとう。」

「別に。お前らんトコのセンセーに借りがあるだけ。ま、いまので完済ってワケにはいかないんだろうけど」

「え、乙姫先生を知ってるの？」

弍が目を丸くすると、少年は心底憐れんだような、寂しそうな目をした。

「……ま、そういうこと。」

少年はサングラスを整え、目を隠した。

「それよりさ、お前なんでなんもしなかったの」

「…え」

「あ！君もそう思った！？」

「それは！…弍が人質に取られてたから」

「何？僕のせいなの？！」

弍が忘れてかけていた怒りを再燃させて壱に詰め寄った。

壱は俯く。

「…違う、僕は、弍を守りたくて…」

「そんな必要ないって言ってるだろ！」

少年は頭をかきながら大袈裟にため息をつく。

「守るってさ、あんなに強いコイツの何を守りたいのさ」

壱は沈黙した。想定してない質問に面食らって、考え込んだ。これはしばらく返事が返ってこないと少年は察した。

「じゃ、センセーによろしく」

言いたいことを一方的に言い終えて、少年は満足したように背を向けた。

「あ、待ってよ！よろしくって…、君名前は？」

弍が呼び止めると、少年は足をとめて、顔だけ振り向いた。

「k-i-c-e。全部小文字ね」

そう言って、kiceは手を軽く挙げて去っていった。

「kice…」

綴りしか聞いていないのに、弍はその読み方を知っていた。それを発音してみて、改めて聞き覚えがあることを確認した。しかしどうも思い出せない。デジャヴに頭を悩ませる。

その間、壱は言われた言葉を頭の中で反芻していた。弍はただ黙っている壱に、横目で文句を言った。

「ねぇ、ねぇ壱…」

壱は何かを思いつき、顔を挙げた。その勢いに弐の言葉は遮られた。壱はゆっくり弐と顔を合わせる。

「ごめん、守れなくて」

「あのさぁ、いつまで僕のこと守る守るって…」

「そうじゃなくて、」

「？」

「これからは、弍のプライドもちゃんと守るから。」

弍は突拍子もなく出てきた話にきょとんとした。その反応に壱も発言を間違えたかと首を傾げた。それを見た弍はすっかり怒りが抜けて、クスクスと笑い出した。

「結局守るんかい！壱ってば頑固だなぁ」

壱も釣られて微笑んだ。ピリピリしたムードは消え、また道を歩き出した。今度は横並びで。

「…多分、奴らもう一回は来るだろうね」

「次来たらどうする、やっちゃう！？」

「やらない。あと弍は車道側歩いて」

「え〜、しょーがないなぁ！」

言葉の割に、弍の顔には笑顔が浮かんでいた。

その後、壱の予想は外れ、存外あっさりと目的地である博物館に着いてしまった。

「あれ、ここゴール？」

「場所的には、そう」

道端から石段の四段ほどの階段の先に、物々しい扉を持つ大きく美しい建物がそこにあった。

アンティーク調で古代を思わせるような、それでいて洗練された現代の技術を匂わせるような、不思議な雰囲気を持つ建物だった。

弍は跳ねるように階段を登り、扉にノックした。

「すいませ〜ん、お届け物なんですけど〜」

返事はない。めげずにより大きな声で中に問いかけるも、結果は変わらずであった。

壱は表の掲示板から、今日が休館日でないことを把握している。それなら何故、扉が閉まっている？それに開館してる博物館は、いくら空いていたとしてもこんなにも人の気配がしないモノなのか。

壱が何か生理的な嫌な予感を振り切れずにいる中、弍は扉のノブに手をかけた。

「あれ？鍵、かかってないかも」

弍が扉が動くことを発見した瞬間、壱はある可能性にたどり着く。

人の気配がしないんじゃなくて、気配を消せる人間が中にいるんだ！

「弍、待っ…！」

壱が止めるより先に、弍が扉を開いていた。

中で待っていたのは予想通り、只者ではない男たち。こちらに銃を向ける男たちの先頭には、バイクに跨るフルフェイスヘルメットの男がいた。その男の手首がひねられ、エンジンの轟音が鳴る。建物内でバイクに乗り、その上全速力でこちらに突っ込むつもりらしい。

…イカれてる。弍が口の端をひくつかせた。

ギュルギュルとバイクのタイヤと床がけたたましい摩擦音をあげる。

「させない」

壱は正確に、そして素早く、バイクの右ハンドルとブレーキめがけて糸を飛ばした。糸はシュルンと固く巻きつき、バイクに急ブレーキをかけた。

前輪が止まった事によりジャックナイフよろしく後輪が浮き、勢いそのまま操縦者が前に投げ出される。

「わーお、ホントに"使い方間違えたら危ない"ね、ソレ！」

弐は投げ出されこちらに飛んでくる男を踏み台に、高くジャンプする。男たちは上空に舞う弐に視線を奪われてしまった。その隙に壱は男の1人の手中の銃を奪う。バイクの後輪に向けて発砲してみせると、男たちは銃声に我に返った。しかしそれももう遅く、弐に背後を取られた時点でゲームオーバー。男から銃を奪い取り、次々と男を銃で殴り伏せていく。

「殴るんだ、銃で…」

「だってその方が早いでしょ！」

壱は倒れた男たちに僅かに意識があるのを感じ取る。機能を失ったバイクを糸で操り、床に伏す男たちにトドメとばかりに投げつけた。

「壱だってバイクで殴ってるじゃん」

「あ、…まぁ、その方が早いかなって」

壱と弐は敵を制圧したことを確認し、クスクスと笑い合った。

「ねぇねぇ、結局これどうすれば課題クリアなのかな。ゴール着いたけど、こいつら以外いないみたいだし」

「…それは、多分大丈夫。」

壱は手のひらの中身を弐に明かした。

それは、金色の小さな鍵だった。

「？」

弐が解せない顔で壱の顔を覗き込む。

「これ、多分木箱の鍵なんだと思う」

「え、木箱ってこれを入れてたやつ？」

「うん」

弐は首を傾ける。

「…どういうこと？」

「つまり、中身はどうでも良いってこと」

「え？？」

「僕たちは、試されてたんだよ」

壱が携帯を操作し、耳に当てる。電話はワンコールで繋がり、携帯から参の声が聞こえた。

「参、これでいいんだよね？」

『うん。"石"は染まったし、課題完了したようだね。2人とも帰っておいで。』

弐はまだ頭にはてなをたくさん浮かべている。壱は意に介さず、転がっているフルフェイスの男のヘルメットをとった。

「…やっぱり」

「えっ！？救世主様じゃん！？」

ヘルメット男、基、救世主は力なく笑った。

「これで、完璧に…」

それだけを言い残してガクリと意識を手放した。

「えっ！？壱これ大丈夫なの？？」

「…やばい、かも？」

壱と弐は顔を見合わせて、呆然とする。携帯から参の声が聞こえた。

『大丈夫。だって…』

龍宮城の職員室前の廊下で、参が朱色に染まった"石"を差し込む夕陽にかざしていた。

「課題は終わってるからね」

『う〜ん、そっか！』

『参がいいなら、それでいい』

参は眩しそうに、愛しそうに目を細めた。通話を切り、ポケットにしまう。

「何処に行くの？」

視界に捉えながら、しかし、目線を変えないまま、廊下の反対を歩む肆に牽制をする。肆は何か言いたげに参の顔を見たが、参がこちらを向く気がないことを察し、目を逸らした。

「…散歩」

「そう、気をつけて」

参と肆は互いの顔を合わせないまま、反対の方向へ歩み出した。

肆が背負っていた、散歩にしては大仰なリュックサック。参は肆のしようとしていることに見当がついていたが、止めなかった。

「あれ、肆はどこに行くん？」

「さぁね、散歩とは言ってたけど」

通りがかった陸が不思議そうに尋ねる。

肆以外にこの学校を自分から出る者はいない。皆、外に興味がないのだ。しかし、肆だけは何かと『散歩』と称して外に出るのだ。

「あんま勝手な行動はせんといて欲しいんやけどな」

とは言うものの、陸はさして興味なさそうに自室に戻った。参は陸の気配がなくなったのを確認し、微笑みを消した。

「…用済みの救世主様を治しに行くなんて、馬鹿な肆。君の睡眠薬が効かなかったのに、他の薬が効くわけないだろう」

参は"石"を職員室のロッカーにしまい、また頑丈に、鍵をかけた。