第5話 出発。

 ずんぐりむっくりとした船型のクロマグロ号がアリエスの屋敷の中庭に静かに降り立つ。

 クロマグロ号の操縦士の操船技術は中々のようだ。



 グレゴリはアリエス、ザンドと無事に運び屋を見つけた事を喜び合う。

 そして、船長と船員への挨拶もそこそこに、クロマグロ号に急ぎ乗り込む。


 船に持ち込む荷物は3人で持てるだけの僅かな分量に限られていたため、持っていけない高価な家具などはザンドが手早く処分していた。


 因みに、現地雇いの侍女たちには、ザンドが家具等を処分して作ったお金から多めの退職金を渡してある。




 3人に用意された部屋は、それなりの広さだが、貴族にふさわしい気品さは一欠片も感じられない部屋だった。


「お嬢。こんな船しか見つけられなくて、申し訳ない……」


 しょぼんとした様子のグレゴリ。

 だが、アリエスが気にした様子はない。

 歴戦の老雄といった風のグレゴリが背中を丸めてしょぼくれている様子を見て、アリエスはなんともカワイイと思うのだった。



(――はっ!? また男性をカワイイと感じてしまった……)



「気にする事は無いですよ。私は平気です。それより、二人とも休んでおきなさい。何があるか分かりませんよ。休める時に休んでおくのも仕事ですよ」


「お嬢様、ありがたき幸せ……」ザンド

「お嬢……」グレゴリ



 実は、アリエスは吸血鬼ヴァンパイア族、ザンドとグレゴリは人間族の為、耐久度に違いがある。

 アリエスはまだまだ元気であるが、ザンドとグレゴリは荷物をまとめたり運び屋を探したりで疲労困憊であった。


 ……アリエスは座っていただけというのも、理由の1つではある。



「入らせてもらうよ」


 3人の客室に入ってきたのは、この船『クロマグロ号』の女性船長。



「アタシはこの船『クロマグロ号』船長のヒルダ。どうだい、乗り心地は」

「とても快適です。ありがとう。私はアリエス」


 相手が船長なので、こちらもアリエスが代表でお礼を述べる。


「そうかい、良かった。代金は前金で貰ってるから、気兼ねせずにこの部屋を使ってくれ。ただし、この客室以外は勝手にうろつかないでくれな。あと、便所はそこだが風呂はねぇ。あと飯も出ねぇからな」

「はい、グレゴリから聞いております」


 アリエスは女性船長に言葉を返しながらも、女性船長の恰好に目を奪われていた。



(な、何? ビキニアーマー? コスプレ?)



 人間族の金髪碧眼の女性船長は、美しい腕と足と腹の筋肉を見せつけるような、ビキニアーマーだったのだ。


「ん? この格好が珍しいか? この格好は昔の女騎士の恰好さ。趣味だ」

「そう、なのですね。……とても似合っています」


 アリエスはあいまいに微笑んで見せた。



「そうか、ありがとう。……この後の予定を言っておくと、帝国アィーヒの途中までは大型客船に曳航えいこうしてもらう。途中、検問が張られていた場合には、そこからはこの船で一人旅になる感じだ。オーケー?」

「はい、船長にお任せします。信頼しています」


「――そんな信頼してもらえるような事が、何かあったかな?」

「先ほどの中庭に降りるときの操船。お見事でした」


「成程。操縦士のやつに伝えておくよ。また見に来る。良い旅を」





 しばらくたって、ズシーン、と大きな振動がする。

 クロマグロ号内にアナウンスが流れる。


「客船『スタークソル号』に接続しました」




「『スタークソル号』は帝国ウチの所属ですな」


 グレゴリがあごひげを撫でながら、独りちる。



 無事、引っ張ってもらえる大型客船をつかまえたようだ。

 このまま何事も無く自国まで帰れると良いのだが、果して――。





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