第6話 赤いごはん。

 ――クゥ


 アリエスのお腹が可愛らしい音を立てた。



「お嬢様、グレゴリ、お食事にしましょうか」


 ザンドが配膳係となり、保存食のプレートをアリエスとグレゴリに配る。

 3人とも床に直接座り込んでの食事であった。



 赤色のチューブがアリエスのプレートにだけ乗っている。

 アリエスが赤色のチューブのフタを開け、コクコク美味しそうに飲み始めた。


 ザンドとグレゴリのプレートには無いこの赤いチューブの正体。

 実は、人間の血液の代替品、通称『レッド』という。



『レッド』の説明を兼ねてこの世界の歴史と事情を説明しておこう。


 この世界は本来、科学よりも魔法が発達した魔法世界だった。

 そこに別の世界から召喚された勇者により科学知識がもたらされる。

 科学知識と元から存在した魔法が効率よく融合・発展した結果、この世界の人類(人間、エルフ、ドワーフ、コボルト、ゴブリン、オーク、サキュバス、吸血鬼ヴァンパイア、その他の少数種族)は宇宙進出を成し遂げていた。


 宇宙進出する時代とほとんど同時期に、食品業界では、吸血鬼ヴァンパイアたちにとっての画期的な食品の開発に成功していた。

 吸血衝動を押さえる代替品『レッド』である。

 赤い色をした、人間の血液に近い物質と魔力の混合物質で、ドリンクタイプと錠剤タイプがある。


 因みに、サキュバス用の代替品は、通称『ホワイト』と呼ばれ、こちらは人間の精液に近い物質と魔力の混合物質であり、こちらもドリンクタイプと錠剤タイプがある。


 これら代替品のおかげで、吸血鬼ヴァンパイア族とサキュバス族の2種族は人間族との共存が成り立ち、宇宙進出する人類社会の仲間入りを果たせたのだ。



 人間の血を必要とするデメリットが無くなれば、吸血鬼ヴァンパイア族は美しく長命であるという強みを活かし、人類社会で大きな役割を得られる様になる。

 しかも少しの時間であれば宇宙服が無くとも、空気の存在しない宇宙空間での活動及び生存が可能な事が後に判明。

 宇宙進出後に宇宙空間での重要な仕事を多く任されていく事になっていく。



 宇宙において大きな功績を上げる事に成功した彼らヴァンパイアは、宇宙国家建国時には人間族、エルフ族についで宇宙貴族になるものが多かった。



 人類が宇宙進出後に開発を進めていく途上、いくつかの有人星を発見し、人類社会に併合しながら巨大化していく。

 そしてある時、人類社会は突如として3つの陣営に分裂する事になる。


 1つめ。人間族が中心種族となったウァーン共和国。――シンタロウたちの国である。


 2つめ。亜人族(エルフ、ドワーフ、コボルト、サキュバス)が中心種族のイェーヘン連邦。


 3つめ。吸血鬼ヴァンパイア族が中心種族のアィーヒ帝国。――アリエスたちの国である。



 因みに、一般庶民の中には、中心種族と異なる種族も多い。

 アリエスのお供の2人は人間族である。






 ご飯をモキュモキュと食べ、レッドをコクコクと飲み、胃袋を満たしたところで、「ふぅ」と深いため息を吐くアリエス。



(このままなんとか無事に帝国まで脱出できるといいのだけど……)



 そう心の中でつぶやくアリエス。

 実は彼女、前世の記憶――成人の日本人男性の記憶を残している。



(――これまで、前世の記憶は何ひとつの役にも立っていないけど……。これからも役に立たないのかしら……)




 船長のヒルダからは計3回のワープ後に目的地であるアィーヒ帝国の首都星に到着予定と伝えられていた。

 先ほど1回目のワープが終わったところで、今は2回目のワープ開始地点に移動中のはずだ。


 ワープ中は豪華客船と違って、まあまあ強い振動があったので、前世の軟弱な日本人男性の体だったら、一発で船酔いしていたに違いない。




 ビービービー

 ビービービー



 突然、船内に響き渡るアラート音。



「な、何事かしら?」



   ピシュン


 扉が開いて入ってきたのは船員のゴブリン。



「客人方。検問があるかもしれないので、念のため船橋ブリッジまで来て欲しい」




『警戒、警戒、警戒。検問船の存在を確認。総員、回避行動に備えてください』



 開け放たれた扉の向こうから聞こえてくる女性の声のアナウンスは、AIにも関わらず緊張感に満ちたものだった。



 ザンドとグレゴリが自分の荷物から静かに銃と剣を取り出す。



 アリエスは、不安そうに自らを抱きしめた――――






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