第12話 応援団

 その後、病院の送り迎えは華がしたり、一知華がしたり。R&Dからも応援が来る。金曜の夕方だ、手の空いている者が送迎をする。哲平はまだハンドルを持ってはいけないから。


「どうだ、会社」

 今日の相手は広岡。莉々がもう宇野本家に行っている。あれから真っ直ぐ本家に帰ることが多くなった。

「参る! 若いのが若くって」

「なんだよ、それ」

「頭ん中が若いんだ、成長しない。学校で何勉強してんだ? って思うよ。石尾たちの代くらいまでだな、まともなのは。なんで会社で躾をしなきゃなんないのか」

「そんなにひどいのか」

「消耗品は言われなきゃやらない。毎回だよ? 気がつきゃジェイが整理してるんだ。それじゃ若いのが育たないからやめろって今日も言った」

「あいつのいいとこなんだけどな。それを見習うヤツがいないってのか」

「そうそう。トナーなんか切れてから慌てて発注。総務からいったん借りるんだけど、何度も借りてりゃいい顔されないよ。総務の当たりがきつくなってきた」

「そうか……」

 広岡はなるべく当たり障りのないグチを零す。肝心の業務の話をしないように。知れば哲平が苦しいだけだ。

「部長は元気か?」

「元気だよ」

「嘘つけ」

 あれ以来部長に会っていない。忙しくて来る暇がないのだろう。

「胃潰瘍、再発してないだろうな?」

「それはないよ。池沢さんと田中さんが目を光らせてるからね。部長もブツブツ言いながら仕事、加減してる」

「ならいいけど」

「華がさ、近いうちにみんなで集まってわいわいやろうって。来るだろ?」

「……いいかな」

 それはYESの返事と変わらない。広岡は嬉しくなった。

「らしくないね! バラで会ってるんだから集まったってきっと大丈夫さ。女性軍がいるから子ども連れでいいって。その代わり何か一品持ってくること。来週の金曜の夜。楽しみにしてるよ」

「分かった。一品な?」

「うん。なんでもいいんだ、つまみとかでも」



 次の金曜は野瀬が迎えに来た。

「野瀬さんが迎えって初めてだね」

「有難いだろ? 感謝しろ」

「感謝感謝」

「軽いなぁ、相変わらず!」

 この『相変わらず』という言葉を聞くのが哲平は嬉しい。子どものようにはしゃぎたくなる。

「和愛、もう華んとこにいるよ。お前の姉さん……えっと、一の方」

「いち姉ちゃん?」

「そう、そっち。夕方連れて来てくれたって。だから真っ直ぐ華んとこに行く」


 華の家に着いたのは6時近く。残業をしなかったのだろう、すでに何人も集まっている。

「すごいな!」

 哲平は野瀬と割り勘でビールと簡単なつまみを買った。それを真理恵に渡す。

「良かった! みんなお互いにビールを買うだろうって思って買って来てないの。助かっちゃった」

「真理恵、経費かかってんならみんなにも払わせろよ」

「私が言う必要ないもん。華くんが仕切ってるから」

 なら安心だ、と思う。華の家に負担がかかるのでは哲平も心苦しい。

 こうして、華の家でファミリーの会が発展していく。


 みんな、示し合わせたように仕事の話をしない。そんな話をしなくても事欠かないほどに話題がある。

 ジェイは、子どもたちにお菓子を買ってきた。

「そうか、そっちの一品もあったな」

 田中が感心する。

「このポテトチップは俺のだから!」

「俺は取らないよ!」

 浜田の返事で爆笑が起きる。

 哲平はジェイの様子をちらっちらっと見た。最近、気にかかることがある。ちょっとした記憶違い。その前に面会に来たことを忘れてたり、話の中で(あれ?)と思うことがあったり。たいしたものではないのだが。


 騒ぎ過ぎた澤田が華に叩き出された。

「野中の一軒家じゃないんだ、お前、帰れ!」

「そんな、華ぁ、」

「次来た時騒いだら出禁!」

 それからちょっと静かになった。だがみんな飲んでいる。徐々にまた騒がしくなる。飲み潰れそうになった浜田が帰され、野瀬が帰された。そうやって華の粛清が定例化していくのだ。


「哲平、今度ウチに泊まりに来いよ」

 池沢に誘われる。

「親父っさんとこか……久しぶりにのんのの顔が見たいな」

 哲平は三途川一家ののんのと仲がいい。

「言っとくよ。きっとみんな喜ぶ」

「来週、いいかな?」

 積極的な哲平に池沢は心の中で感動していた。よくぞ、ここまで立ち直ったものだ、と。

「分かった。俺が迎えに行くから」

「……和愛は本家に預けていくよ」

「いいのか?」

「うん、たまにはね」

 横で聞いていた華が目を見開く。

(哲平さん……本当に良くなってきたんだね。一人で泊まれるなんて)

顔を上げると中山と目が合った。中山がにこっと笑う。華も笑い返した。



 哲平の泊り旅が始まっていく。誰かのところに週末の一日は転がり込む。けれどどうしても行けない場所が一つ。

 千枝と暮らしたあの『我が家』には入ることが出来なかった。

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