第6話 それぞれの関わり方

 そして、ジェイ。

「今日はね、雨の話してきたよ。哲平さんが呆れた顔してた」

 駅から病院に来る途中で結構な雨が降り出した。だから一生懸命に走ったのだが、途中で見舞いに持ってきた小さな花束の中身が結構減っているのに気がついた。駅に向かって戻りながら点々と落ちた花を拾って病院にたどり着いたのだが、看護師に「花はだめです」と取り上げられてしまった。

「だからお見舞いのプレゼントが無いの。ごめんね」

「……ぷれぜんと」

「あれ? プレゼントって言わない?」

「……ばか」


 部長は自分からは全く喋らなかった。持ち歩くようになったノートパソコンで、病室に入るなり壁に置いた椅子の上でずっと仕事をしている。哲平を見もしない。仕事に夢中になってしまって、哲平が目の前に立ったことに気づき驚いた。

「なんだ?」

「……なに、しに」

「なにしに来たのかって? 見りゃわかるだろ、仕事しに来たんだよ。ここは邪魔が入らなくてはかどる」

 それきりまたパソコンに戻る。一段落してベッドを見ると哲平は穏やかに眠っていた。


 華はどこまでも直球だ。

「哲平さんいないと困んだけど。俺が突っ走んの、誰も止めらんないって。俺は普通にやってるつもりだよ。文句言うなら、文句言われないようにしろっつーの! そう思うでしょ! だいたいさ、コピー室の使い方にしたってデスクの上にしたって、どうすりゃあんなに乱雑にできんのか分かんない!」

「はな……」

「なに!?」

「……うるさい」

「はぁ? なんだよ、それ!」

「……こえ、でかい」華

「悪かったね! これ、地なんですけど!」

 華が変わらないから哲平もそのうるささに徐々に慣れたらしい。文句を言う時があるが、拒否はしないでいてくれる。

 は病室を出て必ずトイレに寄る。反応があれば嬉しくて泣く。無ければ悲しくて泣く。

(俺には俺のやり方しか無いんだよ)



 いつも受け入れてくれるわけじゃない。時に部長も自分も怒鳴られたりする。嫌悪の表情を向けられることも。

 けれど2人とも簡単には出て行かない。心の中にどれほどの痛みを覚えてもはっきりと自分に向けられる怒りを正面から受けた。


「出て、け!」

「仕事、させる気か!」

「二度と、来るな!」

「顔、見たく、ない!」

「俺に、なにさせたい、んだよ!」


 部長は帰ってきて華に笑って見せた。

「あいつ、文句言う時は言葉がすんなり出るんだな」

 そしてまた、ノートパソコンを持って仕事をしに行く。

「誰かが受け留めてやらないと。吐き出さなきゃだめなんだ、あいつは」


 華もめげない。追い返された次の時にはそのことに文句を言う。

「俺のこと、顔見たくないって言ったでしょ! 俺以外にこの殺風景な部屋、きれいなもんなんか無いじゃん!」

 すると哲平が穏やかに笑うことがある。


  

 症状は徐々に落ち着いてきているように見える。だが一定じゃない。

「けれどいろんな変化が出てますよ。食べる量が少しですが増えましたしね。時間はまだかかるでしょうが、なんとか退院を目指しましょう」

 栗原医師の言葉が頼りだった。



「華くん、行くなって言わない。でも自分が元気でいなきゃだめなんだよ。ちゃんと食べてちゃんと寝て」 

 真理恵が心配する。「心配すんな」と笑って答えようとして失敗する。

「マリエ…… 哲平さん、大丈夫だよな」

 子どもたちが寝た後、真理恵の前で涙が止まらなくなる。

「大丈夫って言わないよ。大丈夫じゃないってそれも言わない。でもね、哲平さんが前みたいに笑うことがなくなるって私は思ってないの。だって哲平さんだもん」

「うん…… そうだよな、あの笑顔あっての哲平さんなんだから」

「和愛ちゃんのことをね、思い出してほしいって思う。また抱っこしてあげてほしい。自分の悲しみの中にいちゃだめなの。今の哲平さんにそれを言えないのって辛いね」


 真理恵は母として残された哲平父娘を見ている。きっと千枝は心残りだろう、哲平は和愛を忘れてはならないのだ。


「和愛のこと、今は言えない。やっと自傷をしなくなったのに。責任感だけは残ってるんだよ。でもそれが悪い方に向かってるって医者が言ってた。きっと奥さんに申し訳ないって思ってるんだろうって。自分がいない方が子どもが幸せになるって思ってる、そんなわけ無いのに」

 それを聞いて真理恵が堪らず涙を落とす。

「間違ってる。いつもの哲平さんならそんなこと分かるのに」



「変化が出ている」

 医師のその言葉に懸ける。もっと文句を言わせてやる。笑わせてやる。殴られたっていい、その行動を起こす哲平が見たい。

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