第184話 星を侵し壟断す溶混弄呑4

 〖王権スキル〗──絶大な力と引き換えに長大な溜め時間を要し、しかもその間は集中する必要があるので戦闘行為は実質不可能と言う、およそ実戦での使用に向かない〖王獣〗の最終奥義。

 しかし、それを扱うのがカオスであるならば事情は異なる。


「(形質定義! 〖コンパクトスラッシュ〗! くそっ、止まらねぇ……っ)」


 雷撃と斬撃の乱舞でカオスの伐採を進めちゃいるが、〖マナ〗の練成は一時たりとて中断できねぇ。

 元から痛覚なんざ無さそうな奴だったし怯まねぇのも然もありなんだが。


 からのマナクリスタルを〖陽光をソーラー統べる者・ロード〗でぶつけて〖マナ〗を吸い取ってみるも、やっぱり効果はねぇ。

 いくら最上級マナクリスタルでもカオスの〖マナ〗保有量の前じゃ大した妨害にはならねぇのだ。


 その後も地道にダメージを与えつつ色々試してみたものの、成果を上げることは叶わなかった。


『潮時だなしゃーねぇ、離脱だ』

「分かったよ、〖エリアホール〗」


 〖念話〗で伝えると銀嶺の一つが寄って来て孔が開く。

 孔の先はここよりずっと後方、〖陽煌炉〗の中。敵から充分な距離を取り様子を注視する。


「(さあ見させてもらうぜ、テメェの〖王権スキル〗)」


 “極王”みてぇな直線タイプの攻撃だとここまで届くかもしれねぇし、防御のため制顕に意識をやりつつ発動を待つ。

 ギリギリまで樹海を刈り続けていたこともあり、そう間を置かず時は来た。


「…………」


 空と大地の狭間にて、黒い水柱が上がった。少なくともオレにはそう見えた。

 これだけ離れていても視認できる規格外の水柱は、幾筋にも広がりながら放物線を描き向かって来る。


「(あれは……幹か?)」


 伸びて来るモノの正体を見極める。

 水柱に見えていた物は無数の幹の集合体であった。だがしかし、枝分かれした後の一本一本ですらあまりにも非現実的な太さだ。

 カオスを構成する木々も規格外だったが、これはそれらをも容易に上回る。


「(幹を超成長させて攻撃する感じの〖スキル〗……とかありそうだな)」


 効果を予測しつつサンレーザーや制顕の溶銑を放つ。

 カオス本体の幹を伸ばしてるなら通常攻撃は無意味だし、様子見の腹積もりだったのだが……レーザー達は幹を容易く貫通した。


 これはつまり……あの幹は〖スキル〗で生み出された物でカオスの混沌な肉体とは別物、ってことだろう。

 にしてもあまりに脆い。超成長の代償で中身がスカスカになってんのか?


「(いや〖王権スキル〗がそんなやわなはずねぇ)」


 浮かんだ楽観を即座に切り捨てる。何か他に理由があるはずだ。

 矢継ぎ早にレーザーを撃ちながら観察し、原因を探る。


「(ん? 落ちたのに動いて……)」


 その時、撃ち落とした幹が蠢き、地を這いずっているのに気付く。

 これまでは千切れた部位が自発的に動く事なんてなかった。

 〖スキル〗の影響と見て間違いねぇだろう。


 では一体どのような効果なのか、と観察を続け……そして一つ、思い違いがあることを知った。

 先程撃ち落とした幹が、落下と同時に二つに分かれ、別々に動き出したのだ。

 落下の衝撃で割れたとかそんなんじゃねぇ。元々、二つの幹を絡み合わせていたのである。


「(こっちもそういう構造だったのかっ)」


 よくよく見てみれば、他の幹もそうだ。

 オレがこれまで一本の幹だと思っていた物は、いくつもの植物が撚り合わさって出来ていた。

 大元の水柱(仮)は幹の集合体だったが、幹もまた通常植物の集合体だったのだ。


 そうしてようやく思い至る。カオスの〖王権スキル〗の正体は──、


「(──手下の創造か!?)」


 【ユニークスキル】の雷撃を放つ。

 オレの憶測を裏付けるように、雷撃達は配下達の〔アルケー〕を奪い取った。


 けれど、それで倒せたのはほんの数体。

 無数に広がる幹一本につき十体以上の配下が合わさっていて、しかも幹は次から次へと生えて来る。

 〖SスパークルU・アプルート〗でも到底止め切れやしねぇ。


 ある程度幹が伸びると配下魔獣達はボトボトと地に落ちた。

 ある者は蛇のように這いずり、またある者は根を目まぐるしく動かし、そしてまたある者は枝をヘリコプターみたく猛速で回して進行する。

 そいつらは〖陽煌炉〗に入らないようにしつつ海を目指していた。


「(やっべぇ、じゃあアイツの狙いは……っ)」

「…………」


 カオスの感情を表現するなら業を煮やした、が相応しいか。

 ダメージの通らないお邪魔ユニットに居座られ、少し進めたと思えばメテオアタックでまた振り出しに戻され。

 このまま前進を続けても人間の大陸には行けない、と判断したが故の次善策。手下の送り込み。


 神様の話によると、カオスは手下の死亡時にそいつの蓄えた〖経験値〗とかを自身に還元させるらしい。

 それによって〖レベル999〗になっても〖経験値〗を呑み込み続け、ああも肥大化したのだと。


 それでも、これまでカオスが送り込んでいた種子ならばまだ良かった。

 あれらが生物に寄生し、力を蓄えるには時間が掛かる。


 でも今回は〖王権スキル〗で生み出された存在。体感だが、〖凶獣〗と〖亡獣〗の中間くらいの力はある。

 上陸し辺りの魔獣を食い散らかし始めれば最悪の場合、オレの与えるダメージよりあいつの肥大化による〖ライフ〗増大の方が速くなりかねねぇ。


『“魔王”っ、不味いことになった!』


 距離がありすぎて〖挑戦〗は射程外だし、こっちを見てねぇからか〖焦がしの至宝〗も効果がない。

 対処するには直接叩く必要がある。


『状況は把握しておる! 余の〖政圏〗内で好き勝手はさせん……と言いたいところであるが、奴ら小癪にも〖制圏〗を纏っておるようだ。流石にこれでは一方面しか守れぬぞ』


 不味い不味い不味いっ。

 手が足りねぇ!


 カオスもまた前進し始めている。オレはここを退けねぇ。

 かと言ってオレと“魔王”以外に無限湧きする〖凶獣〗級を相手するのは不可能。

 辺境伯や大公はすぐには呼べねぇし、ポーラでも数の暴力には勝てねぇ。


 転移で“魔王”を南北に反復横跳びさせるか?

 いや、この質と量が相手でそれをしたら討ち漏らしが出かねねぇ。

 けど他に方法は……。


『あ、もう一方も大丈夫になったよ』


 ぐるぐると混乱する思考を破ったのは、あっけらかんとしたポーラの意思。


『それはどういう……』

『ギリギリまで修行してた助っ人が到着したんだよ』


 〖王獣〗になったことで異次元の視力を得たオレの視界。霞みそうな地平線の上に、一人の人間が立っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る