第181話 星を侵し壟断す溶混弄呑

「(……壮観だな)」


 破滅の光が過ぎ去り、視界が開ける。

 眼下に広がっていたのは、底が見えねえ程の大穴だった。


 オレが〖色なき王権:無季燦々〗を発動した地点は海岸線から一キロ以上も陸側だったが、大穴は海にまで及んでいる。

 深く穿たれた大穴の底にはじきに海水が流れ込むだろう。


「(さて、これで終わってくれりゃ楽なんだが……そんな訳ねぇよな)」


 ほとんどの〖マナ〗を費やした〖色なき王権:無季燦々〗の破壊範囲は十キロメートルを優に超す。

 海に進出しかけていたカオスの肉体を跡形もなく消し飛ばせたが……そんなのアイツの末端に過ぎねぇ。

 生きた樹海そのものなカオスの全長は、十キロや二十キロじゃ利かねぇ。


「(それに、形質定義なしじゃ有効打にはなりにくい、か)」


 肉体の存在があやふやなカオスに対し、物理的な攻撃をいくら加えてもダメージは表面上のものに留まる。

 〖ライフ〗もほとんど減らせてねぇはず。


 それに〖魔蝕マナ・イクリプス〗の〖漏魔〗も発動した気配もない。

 〖王権スキル〗の溜め中は【ユニークスキル】に意識を割く余裕がないとは言えもったいねぇ。せっかく“魔王”に回復阻害を付与してもらってたんが。


「(プランAは破棄、と。やっぱ殴り合いか)」


 地の果てを覆い尽くし、なおも拡大を続ける黒き樹海を見遣る。

 それはあるいは、黒く濁った海嘯かいしょうが陸から押し寄せて来ているようにも見えた。


 カオスの本体……というより全体、か。あの樹海の全てがカオスである。心臓だとかコアだとか言った急所は存在しない。

 オレが初手で吹き飛ばした分を差し引いても、まだ九割以上が残存している。


「ほう、あれがカオス。実物はやはり迫力が格別あるな」


 突然、背後に“魔王”が現れた。隣にはポーラも居る。


『援護は頼むぜ』

「大船に乗った心地で居るが良い、〖オーダーテリトリー〗」


 魔法により〖政圏〗が構築される。

 規格外の範囲を誇る〖政圏〗はすぐにカオスの〖制圏〗と接触したが、いつまで経っても衝撃波は発生しねぇ。


界鬩かいげき現象、であったか。作戦通り、〖政圏〗接触時の衝撃波発生の法則は消しておいた。汝も存分に力を揮うが良い」

『サンキュー。〖マナ〗の方も助かってるぜ』


 〖政圏〗の〖マナ〗供給を一部オレに回してもらっているため、既に一万以上も回復している。

 これなら戦闘にも支障はねぇ。


『そんじゃ行くぞ、〖縄張り〗発動!』


 『拡大』を付与して最大範囲の〖制圏〗を発生させる。

 “魔王”が敢えて抵抗していないため、〖政圏〗は難なく押し返せた。

 『識別』で味方二人に被害が行かないようにしていると、ポーラが魔法をかけてくれる。


「〖エリアエディット・リーンフォース〗、〖エリアエンチャント・インヴェイド〗。支配力を強めといたよ」

『ありがとうな、これで最初の関門はクリアできるはずだ。……じゃあ二人共、背中は任せたぜ』


 そう告げ、カオスの方へと飛行。

 オレ達の〖制圏〗は触れ合い衝撃波が巻き起こるが、距離があるためそこまで強い衝撃は来なかった。


「(ここまでやって互角か。予測通りだけどちょいショックだな)」


 万物をマナクリスタルに変える白炎と、無限に増殖・拡大する黒い植物群。

 それらがせめぎ合っているのは、ちょうどオレとカオスの中間地点だ。これは両者の〖制圏〗の強度がほぼほぼ同じであることを意味する。


 混沌種は〖獣位〗に比べて〖制圏〗が強かったし、親玉であるカオスもその例に漏れねぇってのは前回の戦闘時に分かっていたので、こうしてバックアップしてもらった。

 互角であるならば最低条件は達成だ。


「(〖SスパークルU・アプルート〗)」

「…………」


 まずは手始めに無数の魔弾をお見舞いする。

 するとカオスの〖マナ〗が脈動し、樹海のあちこちに巨大な花弁が発生。そこから黒い光線が放たれた。

 それは夜闇のような光が欠落した結果の黒と異なり、何だか滅多やたらに絵の具を混ぜてその末に出来上がった名状し難い色のような、濁りのある黒だった。


 黒光線は魔弾を次々に誘爆させていく。

 全弾迎撃し終えたら次はオレ。砲口である花弁がこちらへと向けられた。


「(遅かったな。おかげで〖制圏〗の調整も終わったぜ)」


 〖SスパークルU・アプルート〗を放った後、オレはその場で滞空し、〖制圏〗を横へ広げるのに注力していた。

 体格でカオスに上を行かれている関係上、自然な状態だとカオスの広大な〖制圏〗にオレの〖陽煌炉〗がサイズ負けしちまう。


 だが、今はしっかり横に広げたことで、幅だけなら競り合える。

 これで準備は完了だ。


「(【栄枯雷光輪廻】──制顕)」


 ──とぷん。


 大地が沈む。否、沈んだのはこの世界そのものだ。

 テレビのチャンネルを変えたように、紙芝居の場面を切り替えるように、それまで存在していた東大陸の大地が消え失せ、代わりに現れたのは熔銑ようせんの湖。

 あまりの眩さに朱色を超えて白としか認識できねぇその湖が、南北に掛けて横たわっていた。


「(〖制圏〗ってのは〔アルケー〕の生み出す力場らしいぜ)」


 大賢者の傍で〔アルケー〕の研究を手伝っていた賢人の話を思い出す。

 鴻大な質量を有す天体が重力圏を形成し、時空を歪めるように。強大な魔獣の〔アルケー〕は特殊な力場を生み出し環境を塗り替える。


 理論上は〖凶獣〗程度の〔アルケー〕で〖制圏〗が生み出せるはずはないらしいが、それを補助するのが〖縄張り〗なのだろう。

 制御の手助けもしてくれるしな。


 ……と、話が逸れた。

 つまるところ、〖制圏〗は力場であり形を持たないが……そこに在るのならば、オレの【ユニークスキル】で形を与えられる。

 そしてこの力場が形を持った時、範囲内の地形はごっそり一時消滅し、〖制圏〗の性質に即した世界が顕現する。


 ──ゴォウッ……ペキペキペキ……。


 黒光線が白炎に巻かれ、マナクリスタルとなり落下した。

 制顕中は〖制圏〗の効果が飛躍的に向上する。


 オレの〖陽煌炉〗の場合は超高温の炉であった。

 最上級ミスリルすら瞬時に溶かす火力は、燃焼したモノをマナクリスタルに変える特質と相まって、カオス相手にも充分に通用する灼熱の防壁となっている。


「(海には入らせねぇ。人間の大陸にも上がらせねぇ。ここが最終防衛ラインだ)」


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