第179話 “魔王”4

 精霊を破壊したオレは上空に佇む“魔王”の元へ翔ける。

 〖王権スキル〗を発動するだけの時間は与えてねぇ。


「ふ、ハハッ、ハ……精霊を物理攻撃で討ち取る……か。こう迄されては笑うしかあるまいな」

『瞬殺しちまって悪かったな!』

「否、詫びる必要は皆無だ。猶予は充分に得た」

『っ』

「刮目せよ、〖サルヴォ・オブ・ジ・オーダー〗!」


 だが〖王権スキル〗でないなら別だ。核心魔法、と呼ばれる魔法の奥義が発動する。

 集束したのは、帝都を優に十度は消し飛ばせるだけの至大なる〖マナ〗。

 大陸を覆う〖政圏〗から一挙に汲み上げられらそれらは、積乱雲の如く積層していた。


『んなっ!? 何やってんだ馬鹿! ちょっと止まれっ!』


 〖弾道予測〗の読み取った軌跡を見、正気を問う。

 “魔王”はオレの上に居り、オレの下には数多の人々が暮らす帝都が。


 放たれる奔流はオレの直径よりも太く、オレを倒せようが倒せまいが下の帝都は滅ぶ。

 だからこその問いかけたったが、“魔王”は意図を曲解したらしい。


「今更怯えようと無駄だ! 威力だけではない、弾速もこれまでを遥かに超す! さあ決着の刻だ!」


 そう叫び、躊躇うことなく引き金を引く。


『クッソがっ、サンレーザー! 雷撃!』


 咄嗟に攻撃で相殺を試みるが、言ってしまえばそれは滝の流れを水鉄砲で押し返すようなもの。

 僅かに速度を鈍らせただけで全く止まることなく〖マナ〗の瀑布は迫り来る。


「(間に合えよ……〖WWW盈虚の智徳〗!)」


 体を平らに広げる傍ら悪あがきとばかりに、収納していた灰色のマナクリスタルを全て上空へぶちまけた。

 これらは〖マナ〗を貯蔵していないマナクリスタル。周囲の〖マナ〗を急速に吸収する。


 〖マナ〗の瀑布も多少は吸い取り、しかしすぐに後から来た〖マナ〗に押し流された。

 稼げた時間は一秒未満。


「(──けどおかげでギリチョンセーフだッ、〖レプリカントフォーム〗!)」


 円盤状に広げた全身の上部を覆うように武器を模倣する。

 それは古槍と対をなす巨大な盾。分厚い甲鱗を幾層にも折り重ね融合させたそのタワーシールドの銘は、


「(古盾!)」


 〖マナ〗の瀑布が到達する。

 横に平らに広がったオレは、その攻撃の全てを受け止めることとなった。


 けれど負傷は皆無。

 “古王”の遺した古盾の能力、状態不変の効果である。


 〖マナ〗の瀑布に付与された防御貫通を凌ぐ、埒外の防御性能。

 唯一、上から下へと押し込む力だけは盾越しに伝わってくるが、そこは〖背水陣〗で出来る限りその場に留まる。


「(ぐ、ぐぐぐ……!)」


 けれど、“魔王”の攻撃の真に恐るべき点はその持続力。

 現在も〖マナ〗の集束と放出を同時進行させている。


 衰え見せぬ重圧と、次第に落ち行くオレの高度。

 武器を模倣したことで飛行アーティファクトの数が減少し、浮力が低下しているのだ。

 また、古盾の方も完全には“古王”の能力を再現できていないため、僅かではあるが傷が入り始めている。


「(っ、いい加減にしろッ、古角!)」


 だからこそ逆転の一手を打った。

 〖マナ〗の瀑布を前にしたオレが模倣したのは、古盾だけではなかったのだ。


 “古王”に生えていたトリケラトプスの角には、落雷を引き起こす能力があった。

 古角は、その角を素材とした武器。〖マナ〗を消費して雷を落とせる。


 【ユニークスキル】の雷撃との違いは雷と言うところ。

 発生地点は古角より遥か上方になる。今回の場合、“魔王”のさらに上。


「づぁっ、なん、だっ!?」

「(! ここだ、〖超躍〗!)」


 空が瞬いた後、〖マナ〗の瀑布が途切れる。ダメージで集中が乱れたのだろう。

 その隙を逃さず全力跳躍し“魔王”に肉薄。そして穂先を眼前に突きつけ、叫ぶ。


『テメェッ、何考えてやがる! オレが防がなかったらどんだけ人が死んだと思ってやがる!?』

「……何故、守った?」


 返って来たのはそんな問い。これまでのような興奮はなく、死を前にした恐怖もなく、呆然とした感じの声音だった。

 沸き立つようだった感情が少し冷める。


『そいつは……どういう意味だ?』

「汝は魔獣であろう。人を守護する義理など無い筈だ」

『あー……実はオレ、元人間なんだよ。信じらんねぇかもだが』

「……いいや、信じよう。今更謀る意味もなかろうしな」


 雷に打たれ服がところどころ黒焦げた、けれど肉体自体の損傷は意外な程に少ねぇ“魔王”がそう言った。

 そしてすぐに二の句を継ぐ。


「しかし、それでも分からぬ。己の身を危険に晒してまで守るだけの価値があるのか? 転移の力も我らの速力であれば充分に代替可能であろう。あやつらなど〖第四典〗が精々の、吹けば飛ぶような有象無象共であるぞ?」

『いや、強いとか弱いとかは関係ねぇだろ。そうしなきゃ大勢死ぬってなったらそう簡単には見捨てられねぇよ』

「汝は、そう考えるのだな」

『オレはって言うか、割と大抵の人がそうじゃねぇか……?』


 それには答えず、“魔王”はどこか遠い目で口を開いた。


「……余が只の第四王子であったみぎり、固有〖属性〗持ちは迫害されていた。下らぬ宗教の影響でな、異端であると見做されておったのだ。それは王族であっても例外ではなく、余もまた腫物のように扱われておった」

『…………』

「そのような境遇を変えたく余はあらゆる事に取り組んだ。魔法に、勉学に、礼法にと、王族に求められる全てに刻苦したものよ。然れどもそのような努力は無意味であった。余が力を付ければ付ける程周囲からは疎まれた。高々〖第二典〗止まりの弱者共が羽虫の如く寄り集まり、強者を排斥していたのだ」


 淡々とそんな過去が語られる。

 哀愁だとか屈辱だとかの念はなく、事実を事実として受け入れられているって感じだった。


「実力よりも慣習を優先する。そんな国に失望した余は、余の力を最大限に活用して革命を成し遂げた。誰もが実力で正しく評価される国家になるように、とな。故に余は分からぬ、弱者の存在意義が。弱者を守ろうとする汝の意思が」

『そう言われると困るぜ……価値観は人それぞれだから、説得力ねぇか』


 でも語るべきこともねぇんだよな、オレには何か確固たる信念がある訳じゃないし。

 オレが他人を守ろうとするのはひとえに前世の経験のためだ。

 四六時中迫害されるような環境で育ってればオレも“魔王”と同じような考えになってた可能性もある。


 けど無責任なことを言わせてもらえば、と前置きして思念を発す。


『王様なら国民の生命に責任持たなきゃダメじゃねぇの? 最後の攻撃なんかオレが防がなきゃ帝都は消し飛んでたぞ』

「いいや、あの〖マナ〗の奔流は射程を狭め威力の底上げを図っていた。どのみち地上に届く前に霧散していただろう」

『えっ』


 じゃあ骨折り損じゃん!?

 と、ショックを受けるオレを置いて話は進む。


「故に不可解であった、帝都を身を挺して守った汝が。その魔獣へと身を変ずる魔法、それが原因で石を投げられる事もあったのではないか? 余らのことを虐げ続けた弱者共をどうして慮る必要がある?」

『まあ確かに人に襲われたこともあったけどさ……』


 スライムになってるのは魔法によるものだと解釈されたらしい。

 都合がいいのでそういうことにしておこう。


『だけど、同じくらい手を差し伸べてくれる人も居たよ。助けたことに恩義を感じてくれる人も居たし、魔獣だと分かっても変わらず友達で居てくれた奴も居た。今よりずっと厳しい時代を生きた、アンタには当然思うところもあるんだろうけど──』


 これまで出会って来た人間達のことを思い浮かべながら、言葉を紡ぐ。


『──さっきも言ったろ、価値観は人それぞれだって。少なくとも現代の人達は昔みてぇに固有〖属性〗だからってだけで迫害する奴ばかりじゃねぇ。そんな人達に怒りを抱くのは筋違いじゃねぇかな』

「…………」

『それに、固有〖属性〗が迫害されてた時代も、アンタらを助けようとする人間は居たんじゃねぇかな』

「……そんな者、極一部に過ぎぬ」


 居たには居たんだな。

 そうであるのなら、オレは自信を持って説得できる。


『なあ、さっきは実力主義を目指したっつってたけどさ。昔のアンタが国を改革したのは、本当は自分と同じような境遇の固有〖属性〗持ちとか……他の、虐げられている弱者を救いたかったからなんじゃねぇのか?』

「…………っ」


 ハッとしたように“魔王”が目を見開く。


『城で会ってもらったポーラは魔法が使えないってんでハズレ〖属性〗なんて呼ばれて孤立してた。襲撃を掛けて来た女教祖だって、元はと言えば悪人に虐げられたからあんな凶行に出たんだ。王様のアンタがもっと頑張ってくれねぇと、きっとこんな悲劇は増える一方だぜ』


 そんな一方的な文句を聞いた“魔王”は初め、呆然としていたが、やがて納得が行ったような表情になる。


「もっと頑張れ、か。如何にもだ。思えば余が皇帝を名乗り、武力と権力の絶対者となってからは他人ひとに意見されることもなかった。いつしか目指すべき方向性を見失い、すっかりと意欲を失い、〖政圏〗を貸し与えるだけで責を全うした気になり、執政も臣下に任せ切りとなっていた」


 俯き、眼下の帝都を見下ろしながら自省を呟く。


「かつての本心が如何なものであったかなど覚えてはおらぬ。が、余の全霊を正面から打ち破った汝の言葉だ、無下にはできまい」

『じゃあ……!』

「然り。弱者も強者も虐げられぬ国家のため、皇帝として『頑張る』としよう。そしてそのための第一歩は、厄介な害獣の征伐であるな。我が帝国の明日の為に、どうか力を貸してくれないか?」

『もちろんだぜ!』


 差し出された右手に、にゅっと体を伸ばして握手をする。

 こうしてオレ達の同盟は結ばれたのだった。


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