第178話 “魔王”3

「(〖レプリカントフォーム〗、古槍)」


 極めて滑らかな曲面が歪み、模られたのは白亜の魔槍。“古王”の牙より作り上げた古槍だ。

 一本一本が大樹に等しいサイズのそれを締めて四振り、模倣した。


「(〖コンパクトスラッシュ〗)」


 四本それぞれを異なる軌道で同時に振るう。

 〖弾道予測〗の見せる線をなぞるようにし、豪速で殺到する銀隷を撃墜。


 空気の破裂する音と金属の拉げる音が絶え間なく鳴り響く。

 雪崩さながらの銀嶺だが、〖怒涛の妙技〗と〖多刀流〗の補正があるオレの攻撃速度なら対応は充分可能。


 やがて全ての銀隷が砕け散り、白銀の金属片となって宙を舞う。

 かつて北の大魔境で見たダイヤモンドダストみてぇだ。


「莫迦な……」


 零れ落ちるんじゃねぇかと心配になるほど目を見開き、絞り出すようにして声を漏らした。

 銀隷を捌き切った技量のことを言っているのか、不壊を打ち破る古槍のことを言っているのか、判断に困るな。


「(〖超躍〗!)」


 隙アリ! とばかりに全速力で肉薄。

 アイツが話し合いに応じねぇのはもう理解した。まずは無力化からだ。

 “魔王”が弾かれるようにして高速移動するが、そうと分かって見てみれば捉え切れねぇ速度じゃねぇ。


「阻め!」


 幾層にも重なった〖マナ〗の壁が進行を阻んだ。けれどオレの質量と〖爆進〗の前では薄紙も同然。

 妨害がこれだけならじきに追いつける。


「〖オーダーモーション〗!」

『へぇ、そういうことも出来んのか』


 “魔王”の次なる妨害の手は、先程砕け散った銀隷達を再活用することだった。

 比較的大きいものを優先し、数十個の金属片をオレ達の進路上へ割り込ませる。


 ただ、最早あれらは警戒に値しねぇ。

 一度破壊された時点で不壊と斬鉄は解除されている。

 そしてあれほど高度な付与、一つ掛けるだけでもそれなりに時間が必要なはず。


「(悪ぃけど邪魔はさせねぇぜ、サンレーザー!)」


 そんな金属片へと子機からレーザービームをお見舞いする。

 陽の光を束ねたようなレーザー達は次々とミスリルの残骸を塵へと変えていった。


「……ふ──」

『ん?』


 着々と追い詰められている“魔王”がふと、声を漏らした。

 どうしたのか、とそちらを注視して初めて、その口端が吊り上がっていることに気付く。


「──ふは、ハッ、フハハハハハッ! 出鱈目だなコウヤ! 認めてやろう、貴様は余に並ぶ存在であると! 此れ程心が躍るのは久方振りだ。存分に殺し合おうぞッ、〖精霊〗発動!」

『ボケるには早ぇんじゃねぇかオッサンっ?』


 オレの力試しと言う本来の目的を忘れたかのような“魔王”。

 彼が発動した〖スキル〗により、中空に人型が現れる。


「〖精霊〗、〖第五典〗に至りし人類の得る〖スキル〗だ。己が〖属性〗を触媒に精霊を創造できる。本来は術者より一回り下の力しか有さぬが、余の精霊は例外! 全身のミスリル装備に加え、いくつもの制限を設けることで飛躍的に性能を増しておる! さぁどうするコウヤ!」


 これまでの無気力半分な雰囲気が嘘みてぇに、高いテンションで解説してくれる“魔王”。

 その様子に若干気圧されつつ、件の精霊を見つめる。


 まず目につくのはミスリルの全身鎧。というか〖透視〗無しだと鎧を着て大剣と大盾を構えた人間にしか見えねぇ。

 だが鎧を透かして見れば、仄かに白く発光する輪郭のあやふやな肉体と、のっぺらぼうの顔面を持つ謎の人型生物が映る。


『まあ何にせよぶっ壊すだけだ! 文句は言うなよ、〖スラッシュウェーブ〗!』


 最近は全くと言っていいほど使っていなかった、斬撃を飛ばす〖ウェポンスキル〗を発動。

 飛ぶ斬撃にも古槍の防御無視効果は乗ってるし、どれだけ固くても豆腐みてぇに切り裂ける、


「ルルレェル」


 そんな思惑は脆くも砕け散った。

 精霊が何かしらの能力を行使し、斬撃の軌道を逸らしたのだ。


『やるじゃねぇか。精霊自身の〖マナ〗が減ってたし〖秩序〗魔法を使えるのか?』

「限定的に、であるがな。然れど易々突破が叶うとは思わぬことだ!」

「(どうだろうな、白駆)」


 心の中で疑問を呈しつつ急加速。

 遠距離攻撃が逸らされるなら直接叩けば良いって判断だ。


 精霊は人間大だから回避は得意だろうが、そうされたなら無視して“魔王”を狙うだけ。

 となると後は秩序魔法の力をどれだけ使えるかってところだけど……それも“魔王”を軽く超えるくらいの出力じゃねぇと焼け石に水だ。


「(雷撃、『チャージスラッシュ』)」


 変則軌道の雷撃を四、五発飛ばす。雷撃は曲げられたが、それらは囮。

 魔法のキャパがそちらに割かれたためかオレ自身には何の妨害もなかった。

 素早く踏み込む〖ウェポンスキル〗で精霊を盾ごと真っ二つにする。


『次は──』

「る、レレ……!」

『おっとぉ?』


 一瞬にして制動が掛けられた。

 “魔王”に向かっていたベクトルが霧散し、空中で固定される。

 背後を見れば、つい今しがた切り捨てたはずの精霊がこちらに腕を伸ばし、多量の〖マナ〗を放出していた。


「ハハハッ、抜かったなコウヤ! 精霊は実体を持たぬ! その槍が如何な業物であろうとも物理的攻撃では無意味よ!」

『身動き自体は取れる……。禁止されてんのは「移動」だけ……なるほど、対象を絞って効力を強めたのか』


 何が起きたか分析しながら精霊を見遣る。

 防具は半壊しているが、その下の肉体は無傷。

 陽炎みたく揺らめいてるし本当に実体がねぇんだろう。


『魔法の発動者もこいつか』


 安全性を考えるなら離れている“魔王”が使った方がいいんだろうが、発生源はすぐ傍の精霊だった。

 この魔法は強力な分、射程が非常に短ぇのかもな。証拠に、さっきから精霊は一歩も動こうとしねぇ。


 〖マナ〗の消耗量からして放っといても魔法は解除されそうではあるが……多分、目的は時間稼ぎだよなぁ。

 〖王権系スキル〗みてぇな切り札を用意している可能性は大だ。手早く仕留めた方がいい。


『物理攻撃は効かねぇらしいけどこんなのはどうだ? 〖焦がしの至宝〗!』


 精霊が突如発火する。近くに居るからこそ結構な火力が出た。

 だがダメージを負った様子はねぇ。


「無駄である! 精霊には熱を受け取る肉体が無い! 如何な高熱も精霊の肉体はすり抜け──」

「〖LロックオンAIM・エイム〗、【栄枯雷光輪廻】!」


 〖焦がしの至宝〗は目眩まし、炎でこっちの動きを見えなくするためのな。本命はこっちだ。

 不意を突くようにして至近距離から放たれた雷撃は、軌道を曲げる間も与えず精霊を貫く。


「炎が効かぬのだ、言わずもがな電撃も──」

『分かってるよ』


 確かに、実体のねぇ精霊を感電させることは出来ねぇだろう。

 けどオレの【ユニークスキル】にとって感電は表面的な効果でしかない。



~ユニークスキル詳細~~~~~~~~~~

【栄枯雷光輪廻】

・収穫量を最大にします。

・大地を強化する、もしくは生命を収穫する、ないしは形を定める雷を扱えます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 『形を定める雷』。“古王”戦では形状固定としてしか使わなかったが、あの戦いを経てオレはチカラの精髄に二歩も三歩も近づけた。

 そうして実戦レベルになったのがこの技、


「(形質定義)」

「ルルェ……?」


 精霊が違和感を覚えたような声を上げる。

 それが断末魔の声となった。

 再度迸った古槍が精霊を斬り裂き、その衝撃で全身が砕け散ったからだ。


 形がないなら与えればいい。

 触れどもすり抜ける煙霞の如き存在だろうと、器の内に収めてしまえばそれは肉体を持つのと同義。


 無形を有形に変える力。具現の異能。

 それこそが【真化】を遂げたことで芽生えし、『形を定める雷』の本質である。


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