第177話 “魔王”2

 極大の衝撃波が吹き荒れ、帝都上空の雲を打ち払った。

 青く開けた中天に〖陽煌炉〗が広がる。

 が、その規模は普段よりずっと小さい。半径はたったの.百メートル。とんでもなく強固な“魔王”の〖政圏〗に抑えつけられているのだ。


「ほう、〖制圏〗か。〖凶獣〗や〖亡獣〗のそれとは比にならんな。されど此度は相手が悪い、余の敷く〖政圏〗は〖王獣〗であれど破り得ぬ」

『んなのとっくに分かってたよ。この街に来た時から、な!』


 オレにとって〖制圏〗はちょっと特殊なバフでしかねぇ。

 『技巧』『合理』『精工』『文明』。どれも戦闘力を底上げしてくれる縁の下の力持ちだ。


 だから冷静に次の行動へ移る。素早く〖マナ〗を充填し〖SスパークルU・アプルート〗を発動。

 拡散した魔弾が〖LロックオンAIM・エイム〗に導かれ“魔王”に迫る。


「……む?」


 先程と同じく軌道を逸らされるも、〖LロックオンAIM・エイム〗によってすぐさま修正された。

 珍奇な挙動に“魔王”の対応はワンテンポ遅れた。


 また無数の魔弾を一度に操作対象とするのは少々手間らしく、雷撃の時より逸らすのに時間が掛かる模様。

 今からじゃ逸らすより早く着弾する。


「鬱陶しい、爆ぜよッ」


 “魔王”が採ったのは乱暴な選択肢だった。

 魔弾を逸らすのではなく、誤爆させる。

 爆ぜたのは魔弾全体の半数程だったが、爆発に巻き込まれた他の魔弾が連鎖的に誘爆し、あっという間に全滅した。


「他愛な、っ!?」

「白駆ッ、〖呪縛〗!」


 誤爆の爆煙が視界を塞いだ直後、オレは高速移動のアーティファクトを使用して飛び出していた。

 爆煙を突っ切り、“魔王”へと体を伸ばす。


「チィっ、〖オーダーオルタレーション〗、〖オーダーモーション〗!」


 〖マナ〗が壁のようになりオレの進みを一時阻んだ。

 その間に“魔王”は離脱する。

 思わず姿を見失いそうになる程のスピード。移動直前の派手な〖マナ〗消費からして魔法だろう。


『魔法での〖レベル〗不相応な出力と、大陸規模の〖政圏〗からの無尽蔵の〖マナ〗補給か。確かに厄介だな』


 “魔王”の戦闘スタイルを分析する。

 この世界の貴族は自領の〖政圏〗から〖マナ〗を得てバカスカ強力な魔法を放つらしいが、“魔王”はその究極形だ。


 そもそも〖政圏〗とは“魔王”が〖縄張り〗を参考に編み出した、世界を己が秩序の傘下とする魔法。

 貴族が我が物顔で使っている〖政圏〗も全て“魔王”の手で築かれた物であり、当然そこから〖マナ〗を吸い上げることだってできる。


 自身を中心にしてしか維持できない〖制圏〗と違い、一度定着すれば離れても維持可能な〖政圏〗の範囲は〖王獣〗と比してさえ埒外。

 そんな大陸規模の〖政圏〗が底無しの〖マナ〗を実現させていた。

 まあ〖マナ〗が底無しなのはオレもだが、魔法は魔獣の〖スキル〗よりも自由度が高い分、全開戦闘での上がり幅も大きいようだ。


「侮るな、無尽の〖マナ〗など余の力の一端に過ぎぬ」


 その発言が正しいと証明されたのはコンマ一秒後のことだった。

 オレを下から突き刺すように、〖弾道予測〗の軌跡が伸びる。十本や二十本なんてレベルじゃなく、数えるのも億劫になる程に。


「貫け」


 キラリと光が反射する。

 下に意識を向ければ、“魔王”の杖と同じ清らかな白銀を材質とする剣、槍、斧、棍──無数の武装達が猛烈に迫って来ていた。


 それらの宿す濃密な〖マナ〗を感じ取り、受ければダメージを負うと直感する。

 避けようと動き出した矢先、“魔王”がさらに魔法を重ねた。


「〖オーダーシャクル〗、回避を禁ず……我がめいを跳ね除けるか」

『〖レジスト〗には自信があるんでな!』


 対象者の行動に制限を掛けたりするタイプの魔法だったのだろうが、それは難なく無効化。

 その勢いのまま白銀の武器達も躱し切る。

 こちらの動きに合わせリアルタイムで軌道を変えていたが、〖空蝉〗の補正が乗ったオレには到底追い付けなかった。


『へぇ、ミスリルって奴か。よくもまあこんなに揃えたもんだ』


 武器達との交錯の間際、白銀の金属の正体を思い浮かべる。

 ミスリルは鋼鉄すら凌ぐ強度と美しい見た目、そして魔法付与との親和性の高さから超高級魔障金属として扱われているらしい。


 鉱山に居た頃、豪獣域で少しだけ掘り当てたんだよな。オレには無用の長物だからずっと〖武具格納〗の奥底に仕舞いっぱだったけど。

 「昔、これ掘り当てた探索隊、大金持ちになってた」ってフィスは言ってたっけか。


 そんな超高級なミスリルを惜しげもなく費やした武器達を、星の数ほど周囲に浮かべこちらに向き直る“魔王”。

 どうやらミスリル武器達は自在に動かせるみてぇだ。


「此奴らの銘は“銀隷ぎんれい”、式典以外で持ち出すのは実に八十年振りのことである。誇るが良い、汝は余が全力を出すに値する強者だ」

『認めてくれたんなら戦いを止めてくれると嬉しーんだけど、なァッ』


 オレが〖SスパークルU・アプルート〗を放つのと“魔王”が銀隷を射出するのは同時だった。

 これまでは万が一を考え手加減していたが、武器相手なら全力を振るえる。


 オレ達の攻撃は中間地点で激突した。

 爆風が巻き起こり銀隷達があらぬ方向へと弾き飛ばされる。が、その表面にはほんの僅かな瑕疵もねぇ。


「(んー、いくら〖マナ〗を多く含んでるっつっても魔弾食らって無傷はおかしいな)」

「ほう、余の一斉射を相殺するか。されど攻撃はまだまだこれからであるぞ、〖オーダーモーション〗!」


 回転しながら散らばっていた銀隷がピタリと止まり、切っ先をオレに向けて再度射出される。

 オレは子機からサンレーザーを細かく撃って銀隷を打ち落としつつ、その内の一つを絡め取った。

 すかさず〖激化する戦乱〗を使いその情報を解析する。


「(あー、やっぱそういうことか)」


 魔法付与自体はいくつも施されていたが、中でも直近かつ厳重に掛けられたものが二つ。

 不壊と斬鉄。破壊されなくなる効果と、固さを一定割合削減してダメージを加える効果だ。


 魔弾を無傷で耐え抜くような不壊と、オレにすらダメージを通し得るレベルの斬鉄。

 いくら魔法との親和性が高ぇミスリルでも尋常じゃねぇ強効果だ。


 これを付与したのは間違いなく“魔王”本人。

 〖マナ〗を破壊の奔流へと変えたように、ミスリルに新たな法則ルールを与えたのだろう。

 思いのままに法則を塗り替える、無法にして万能の力こそが〖秩序〗である。


「(まっ、付け入る隙はあるけどな)」


 万能な能力ではあるが、結局は間接的にしか影響を及ぼせねぇ。

 本分はあくまで秩序の改変。付与された法則そのものの強度はどうしても控えめになっちまう。


 そして、絶対防御も防御無視もオレはそれを本領とする者と戦ったばかりだ。


「(早速だが使わせてもらうぜ、〖レプリカントフォーム〗)」


 再度突貫して来た銀隷の群れを迎え撃つのは、かつて十王最強を誇った古の王の牙槍だった。


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