第176話 “魔王”

「(おわっ、なんだこれ!?)」


 カーペットを突き破り跳ね上がった床は、天井を軽々と突き抜け、オレは空中へと投げ出された。

 あまりの加速度に耐えられなかった床が砕けて宙へ散らばる。


 やがて雲の漂う高度に辿り着いたところで上昇速度がゼロになった。飛行アーティファクトを発動させ浮遊を開始する。

 そしてオレと一緒に跳び上がっていた人物へと問いかけた。


『えーと、これはどういう……?』

「聞くまでもなかろう。余が手ずから汝の力量を測ろうと言っているのだ」


 白銀の王笏を手にした“魔王”は、空中に仁王立ちして言う。


『いや、そんなことしてる場合じゃないですよ。言ったじゃないすか、カオスが来るって。今は協力して対策を立てるべきだぜ……です』

「まだそのような戯言を吐くか。されどそれも良かろう、余の答えは先程と変わらぬ。汝では余と轡を並べるには不足も不足だ」

『能力を疑ってるってんなら適当に〖王獣〗でも倒し、危ねっ!?』

「余の気は然程長くはないぞ。実力を証明したくば今此処で足掻いて見せよ」


 緩やかに王笏が振るわれた。

 そんな控えめなアクションで引き起こされたのは、大河の如き〖マナ〗の奔流。


 〖弾道予測〗で一足先に動き始めてなければアレに飲まれていただろう。

 その後も矢継ぎ早に〖マナ〗の砲弾が放たれるが、距離を取りつつそれらを躱していく。


『ああもうクソっ、吹っ掛けたのはそっちだからな! 〖陽光をソーラー統べる者・ロード〗!』

「〖秩序の真理オーダー・トゥルース〗」


 オレは空間拡張袋から全身を取り出し、〖スキル〗を発動して水晶の王冠を浮かべる。

 対する“魔王”も〖スキル〗を使い、精緻な文字で象られた白い王冠を戴いた。

 多分ロード系〖スキル〗の人間バージョンだろう。


「ほう、それが汝の本体か。城にも匹敵する巨体、〖王獣〗を名乗るだけのことはある」

『本当にやんのか? 正直このサイズ差だと負ける気しねぇけど』

「笑止。図体のみで強弱が決まるなど獣の思考よ、〖オーダーオルタレーション〗」


 莫大なんて言葉では形容しきれねぇだけの〖マナ〗が“魔王”の元に集まる。明らかに“魔王”本人の〖マナ〗保有量より多い。

 一点に凝縮され続けた〖マナ〗が突然弾け、そして八本の奔流となる。


 〖マナ〗の奔流はその一条一条がオレの直径より太く、速さは“極王”の光弾並み。

 うねりながらも速度を落とさず散開し、様々な角度からオレへと牙を剥く。


「(避ける……必要はねぇな)」


 だがそれらを前にしたオレの対応は、直立不動。

 さっきまでは反射的に躱してたけど、ぶっちゃけこいつら程度じゃオレを害せねぇ。

 体表に触れた奔流は、崖に当たった波みたくあっさりと砕け散った。


「……何だと?」

『オレは〖タフネス〗が高ぇんだ。自慢じゃねぇがダメージを負ったことなんざほとんどねぇぜ』


 もっと言うと〖レベル〗差もあるだろう。

 諸々の動作を見た感じ“魔王”の〖レベル〗は五百前後。英雄級冒険者ですら〖レベル100〗ちょいなことを考えれば驚異的と言えるものの、オレの脅威にはなり得ねぇ。


 これで諦めてくれればと思っての言葉だったが、しかし“魔王”は得心がいったように頷くだけだった。


「成程。その〖タフネス〗が汝の余裕の源か。ならばこれはどうだ?」


 今度は〖マナ〗が無数の矢のようになり放たれる。

 何かしら対策が施されてそうなそれらを軽やかな動きで掻い潜りつつ、一発だけ子機で受け止めた。

 チクリ、と針で刺すような痛みが響く。


『こいつは……防御無視?』

「左様」

「(へぇ、こんなことも出来んのか、〖秩序属性・・・・〗は)」


 “魔王”が追撃もせず悠々と構えているのをいいことに、相手の情報を整理する。

 最も著名で偉大な魔法使い、“魔王”の能力は人間なら誰もが知っている。だからポーラから情報自体は得ていた。


 “魔王”の〖属性〗は〖秩序〗。

 その力は大まかに言えば、規則や法則を策定・強制するってものらしい。

 例えば行動を制限したり、〖スキル〗の発動を禁止したり、心臓の鼓動を停止させたり。


「(それだけなら問題はなかったんだが……)」


 こういう他者の能力や行動を制限する効果は、大抵〖レジスト〗で軽減できる。

 そしてオレの法外な〖レジスト〗ならば、教祖と愉快な仲間達みたく簡単に支配されることもねぇ……そこまでは正しかった。


 けど秩序魔法はそれだけの能力じゃなかった。

 アーティファクト同様に〖マナ〗の性質へ干渉し、破壊力を付与して放出できていた。そればかりか、防御無視の付与まで。


 多分、自身のコントロール下に置いた〖マナ〗の法則を変えた、とかなんだろう。

 〖マナ〗干渉の自由度でなら〖秩序〗はオレのアーティファクト技術の遥か上を行っている。


「(まっ、ここまでは想定の範疇)」


 “魔王”は戦乱の世を統一した英雄なのだ。

 デバフ専じゃなく何かしら直接戦闘の手段があると考えるのは自然。


 こんな真っ向勝負はプランに入ってなかったから深く考察はしなかったが、戦うのならそれなりに厄介だろうとは分かっていた。

 そう、『それなりに』だ。


『さっきはサイズ差が、って言ったけど実際は〖レベル〗差も相当あるんだぜ』


 全身に〖マナ〗を巡らせ一気に加速。

 〖レベル928〗の〖スピード〗を最大限発揮し、音よりも速く“魔王”の背後へ回り込──、


「──させぬ」

『うおっ!?』


 オレの移動先へと〖マナ〗の矢弾が殺到した。

 急停止してやり過ごすも、回り込みには失敗する。


「(なら雷撃だ!)」

「〖オーダーオービット〗、逸れよ雷」


 カクン。

 標的へ直進していたはずの雷撃は、突如として軌道を上向きに変え空の彼方へ消えて行った。


「(念のため威力を抑えたのもあるのかもだが、【ユニークスキル】まで操れるのか)」

「〖レベル〗差が如何どうした。汝は〖スピード〗で上回れば負けぬと考えていたのだろう? あまりにも甘い。余は魔法により反応速度を大幅に引き上げておる。そして魔法の性能と〖レベル〗は無関係だ。容易く勝てるなどと思ってくれるなよ」


 オレの動きに対応できたのはそういうカラクリか。

 秩序魔法の何でもアリさなら〖明鏡止水〗みてぇな魔法があっても不思議じゃねぇな。


 しかしこうなると少し面倒だ。

 協力してもらうことを考えると穏便に済ませたかったんだが、少し手荒になりそうだ。


『悪いけどこっちも使うぜ。衝撃波には気を付けろよ、〖縄張り〗発動!』


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