第175話 略式

 絢爛な城門の門番も、城勤めと思しき官吏達も、ひたすらに平伏するばかりだった。

 皇帝達の後ろを歩く包帯姿の不審者のことはまるでを見えていないかのようにスルーする。


 華美な城内の装いに似つかわしくねぇソイツが気にならないはずねぇのに、誰一人として疑問の声を上げない。

 諫める者も、窘める者も居ないのだ。


 これは異常なことなんじゃねぇかと思う。

 まあ皇帝を信頼しているからだ、って言われればそういうもんかと納得するしかねぇ訳だが……。


「そこで立っていよ。なに、平民に礼儀作法など求めはせぬ。余の言葉に応じるだけで良い」


 最奥に玉座のあるデッカイ部屋に入ったところで、そう告げられる。

 言われた通り足を止めるオレと、構わず進んでいく神輿。


 玉座は小高い階段の上にあり、神輿は階段まで来て止まった。

 そして“魔王”が立ち上がると、神輿の上から空中へと足を踏み出す。


 まるでそこに透明な橋でもあるみたく、カツンカツンと王笏で宙を突き、玉座の前まで辿り着いた。

 洗練された冷厳な所作でそこに腰掛け、そして口を開く。


「此度の〖凶獣〗討伐、誠に大義であった……ときに汝、名は何と言う?」

『コウヤと申します。故あって喋ることが出来ず、意思疎通〖スキル〗で応答する無礼をお許しください』


 今さっき必死に練習した、賢人に教えられた文面を述べる。

 本当は一刻も早くカオスの件を伝えたかったが、いきなり世界が滅ぶなんて話しても無駄に混乱するだけだと諭された。

 同様に、本当はスライムなこともある程度信用が得られるまでは隠す方針である。


 これで激昂されたらゲームオーバーだが、


「そうであったか」


 予想通りこのくらいのこと“魔王”は気にも留めなかった。

 玉座の階段の中程から縦二列になって並んでいる兵士達──神輿を護衛してた人々だ──も、怒り出す様子はねぇ。


 その後も謁見は恙なく進み、褒美に何を望むかと問われた。

 計画通りの進行に安堵しつつ、考えていた言葉を発す。


『それじゃあまず俺の仲間を呼んでもいいですか? 重要なことですし……。二人共スゲぇ奴なので呼べば十秒も掛からずこの部屋まで来られますよ』

「十秒以内に、だと? ……いいだろう興が乗った。呼んで見せよ」

『了解です──ってな訳で来ていいぜ』


 〖念話〗で賢人とポーラへと呼び掛ける。

 返事はなかったが、代わりに近くの〖マナ〗が揺らいだ。オレが纏っている衣服にもマーキングはなされていたのだ。


「〖エリアホール〗」


 オレの隣に孔が開き、そこを通って二人が現れる。

 突然の事態に兵士達が息を呑むのが聞こえた。


「お初にお目にかかります、ノヴァ陛下。拝見の場を賜りまして幸甚でございます。わたくしの名はラティア、西方のとある街を治めております。以後お見知りおきを」


 そう言って優雅に一礼したのは賢人。

 皆賢人賢人って呼んでるが実はラティアって名前らしい。


「……今のは汝の魔法か?」

「いえ、先程のはこちらのポーラの〖スキル〗でございます。彼女は別の場所同士を繋げることが出来るのです」

「さ、左様でございます」


 硬い声色のポーラがガクガクと頷いた。

 魔法使いの頂点を前にすれば緊張するであろうポーラと、敬語が得意じゃねぇオレ。

 もし“魔王”との対面まで事が進めば、受け答えは基本的に賢人がする手筈になっていた。


 帝国の文化や礼法はリサーチ済み。

 閉鎖環境とは言え地底の国で千年以上も最高権力者を続けて来ただけはあり、賢人はそれらを完璧にマスターし、堂々と“魔王”と渡り合った。


「──アーティファクトか。そのような物は噂ですら聞かぬな」

「それは無理からぬ話です。アーティファクトは一人の天才が作り上げた我が街だけの特産物。都にまで知れ渡るのはまだ先でありましょう」


 自己紹介から巧みに興味を煽り、話題を広げ、“魔王”がアーティファクトについて質問するよう誘導していた。

 なお、地底の国とか千年前からある技術だとかは話がややこしくなるので伏せている。


「──と、このようにアーティファクトを用いれば遠方の情勢を知ることも叶うのですが、一つ、陛下に上奏したいことが……」

「ほう?」

「先日、東の大魔境に存在する〖王獣〗の一角が斃れました。地理や〖制圏〗の波長からして討伐したのは帝国を脅かす新種の魔獣、混沌種の首魁と見て間違いありません。そしてその魔獣は今、この大陸に向けて進行しているのです」

「混沌種か。東方を中心に発見例は上がっているが、大本が魔獣であるなどという知らせはない。西方に暮らす身でありながら何故なにゆえそう断言できる?」

「実際に現地へ調査に赴いたからでございます」


 ちらり、と賢人がポーラの方に目線を向けた。


「現地へ赴いた調査隊は地平を覆い尽くす大魔獣の姿を確認しました。その植物系魔獣は体から種子を飛ばし、それが付着した魔獣を侵蝕して暴走させていたのです。これらの特徴から大魔獣、暫定名称カオスは混沌種の王であると判定致しました」


 神様と交信したって話は胡散臭ぇからしねぇみてぇだ。

 タイムリーなことに魔獣教の教祖とかいう危険人物が捕まったばっかだしな。


 賢人の言葉を聞いた“魔王”は、怪しむように片目を細めて疑問を投げかける。


「転移の魔法があれば大魔境にも然程労せず渡れよう。されど調査は如何にして行った? 〖凶獣〗や〖亡獣〗の跋扈する死の大地では、例え貴族家領主が徒党を組めど長くは居られまい」

「それはこちらのコウヤの尽力あってこそです。彼がポーラを守り多くの情報を持ち帰ってくれました」

「〖凶獣〗を一蹴する実力はあるようだが、それ程か」

「はい。なにせ彼は〖王獣〗の一角ですから」


 何でもないことのように賢人が明かした。

 幾許かの沈黙を挟み、“魔王”が問い返す。


「〖王獣〗……だと?」

「ええ、彼はスライムの〖王獣〗なのです。調査の際には一戦、カオスとも矛を交えたのですが仕留めるには至らず、それ故に陛下のお力添えを頂きに参りました」


 正体がスライムな事実はさらりと流し、本題を切り出す賢人。

 だがそれでやり過ごせるはずもなく再度問われる。


「コウヤ、汝はスライムなのか?」

『そうですよ』


 包帯を外す。〖擬態〗も解いたことで発光する琥珀色の肉体が露わになる。

 緊張の瞬間だ。

 “魔王”と協調できるか否かの瀬戸際だが……はてさて。


「……そうか。言語を解する魔獣とは御伽噺さながらであるな。よもやそのような者が実在したとは」


 だが、オレ達の緊張を他所に、“魔王”は淡泊な反応を返した。

 これまで通り、どこか投げやりな語調だ。


「……はい、他に例を見ない稀有な存在です。〖王獣〗として絶大な戦闘力も持っています。ですが、その力を以てしてもカオスを食い止めることは叶いませんでした。多くの帝国民を救うためにも、どうかカオス討伐にご協力ください」

「良かろう、それが願いであるのならばな。転移を使えばたちまちの内に着くのだろう? ちょうど公務も終いだ、今から征くぞ」

「お待ちください陛下。我々の方の準備がまだ完了しておりません。どうか決行は半日後に……」

「不要だ。カオスとやらの討伐は余、一人で行う」


 有無を言わさぬ口調で“魔王”は言った。


「……お考え直しください、カオスは〖王獣〗さえも凌駕する──」

「──汝は、この“魔王”が敗北すると、そう宣っているのか?」


 声に重さがあるのなら、その一言は金塊よりも重いだろう。

 そう思えるほどに重々しい一声だった。

 覇気って奴をこれ以上なく体感させられる。


「そうは申しませんが、事実としてこのコウヤも討伐を諦めざるを得ませんでした。やはり単独では万が一と言うことも……」

「そも、階梯が等しい程度で余と並んだなどと思い上がりも甚だしい」


 取り付く島もなく賢人の言葉は拒絶される。

 彼女は相変わらずのポーカーフェイスだが、内心では焦ってるんじゃねぇかと思う。


「汝らが何を企んでいるのかは関知せぬ。其処な〖王獣〗の経緯も、真意も、本性もな。だが、カオスとやらの存在自体は事実であろう。其奴の征伐だけは果たそう、我が帝国のためだ」

「誤解にございます。全ては陛下の身を案じての──」

「──それを不要だ、と言っているのだ…………然れども、良かろう。そうまで言うのであれば拝観し、骨の髄まで刻むが良い。魔法の頂の偉力をな。構えよ、コウヤ」

「(ぉお?)」


 一方的に言い切った直後。

 オレの足元の床が、勢いよく天井へ飛び上がったのだった。


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