第174話 事情を話す「

今話の前半は斜め読みでも大丈夫かもしれません。

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 ワタシの名はリーセス。イブア領のティム村で木こりの娘として生まれました。

 ティム村は行商ですら滅多に訪れない辺鄙な土地にありましたが、一つだけ他にはない特色がありました。

 それが〖調教〗です。

 その効果は他の生物を従えられる、というもの。

 ティム村民の多くは子供の頃にこの〖スキル〗を習得します。

 気性の穏やかな魔獣の家畜化自体は多くの町村で取り組まれていますが、〖調教〗の本懐は野生の魔獣とも心を通わせられる点。

 野生の魔獣は多様な〖スキル〗を持ちます。

 通常ではそれらを人間の都合に合わせて使わせるのは困難ですが、〖調教〗を使えばある程度の意思疎通が取れるため、魔獣特有の〖スキル〗をワタシ達のために役立ててもらえるのです。

 無論、村の防衛や狩りに力を借りることもできます。

 〖調教〗のおかげで辺境の厳しい環境でも、ティム村民は何とか生活を続けることが出来ました。

 農業に林業、漁業、建築業等……魔獣達と支え合い、必死に生き抜いていました。

 辛いことも苦しいことも多いけれど、それでもささやかな幸せを感じる日々でした。

 ですがワタシが十の時分、そんな穏やかな日常に転機が訪れます。

『邪悪な術で魔獣を操る怪しげな集落はここだな! 次期領主たるこのボクが正義の鉄槌を下してやる!』

 幾人もの騎士を引き連れ現れた貴族の子息は、出し抜けに言い放ちました。

 正義を語るにはあまりにも悪辣な笑みを浮かべたそいつは、誰かに迷惑をかけることも税を滞納することもなかったワタシ達をそんな身勝手な理由で殺そうとしてきたのです。

 対話を試みようと歩み寄った村長が最初の犠牲者となりました。

 物腰柔らかでいつもニコニコしていた村長は、二言目を告げることも出来ず全身を炎上させれたのです。

 何が起きたか理解できなかったワタシの視界は、次の瞬間半分になりました。無差別に放たれた火の球が、私の片目を焼いたのです。

 痛みに絶叫するワタシを正気に戻したのは母の回復魔法。

 ワタシを抱えて必死に逃げながら行使されたその魔法で痛みが引き、そして周囲の音に耳を傾ける余裕が出来ました。

 散り散りに逃げる村人や魔獣達が一人、また一人と焼き殺されていく悲鳴を聞きました。

 その声に怯え腕に抱きつくワタシを、それでも母は見捨てず駆けてくれます。ですが、村の外周で待っていたのは絶望でした。

 塀よりも高い茨の壁が、村を囲っていたのです。

 どうしようかと母の方を振り向いたその時、体がゆっくりと浮き上がりました。

 母の〖調教〗した梟の魔獣が肩を掴み持ち上げていたのです。

 村でも珍しい飛行系の従魔。その彼は何度も羽ばたきワタシを外に出してくれ、そして次は母の番だと村の方を見たワタシの片目に、壁のすぐ傍で上がる大きな火柱が映りました。

 その時になって初めて、ワタシは母が別れ際に言った「振り返らず遠くへ逃げなさい」という言葉の意味が理解できました。

 何も考えられなかったワタシは、それでもその最期の言葉を頼りに梟の従魔と森の中に潜みました。

 村のことは考えないようにして、従魔と生まれ持った水魔法の力を活かして生き伸び、そうしてほとぼりが冷めた頃、村に再び戻りました。

 そこで見たのは炭と化した村の残骸。

 かつての村の面影を残すものは、何一つとして存在しません。

 人も、魔獣も、貴族子息から逃げ出した者も、立ち向かった者も、ワタシを除いて誰一人として生き残ってはいませんでした。

 この日ワタシは誓ったのです。貴族だけが力を持ち、横暴を働くこの世界に復讐すると。

 それからは力を蓄える毎日でした。

 魔獣の跋扈する魔境に身を隠し、魔法を鍛え、〖レベル〗を上げ、強い魔獣を〖調教〗し、貴族を凌ぐ力を得ようと躍起になりました。

 そんな中、〖水属性〗が〖洗浄属性〗になった時に覚えたのが〖ウォッシュブレイン〗という洗脳魔法。

 これは〖調教〗から派生した魔法で、〖調教〗に存在した匹数制限を無視して魔獣を従属化させられます。

 これにより大きく力を伸ばしたのを機に、ワタシは人里に下りました。情報収集のためです。

 そして訪れた村落で宗教というモノに出会います。

 終末思想に憑りつかれ破滅的な献身を見せる信徒と、村落全体に思想を蔓延させ私腹を肥やす教祖。

 度し難い一団でしたが、良い教材ではありました。

 教祖を脅し、手駒とし、手口を学び、教義を改竄し、ワタシの操る魔獣達を村中に浸透させ……そうして魔獣教が出来上がりました。

 市井に紛れ布教と工作を行うワタシの手足達。

 やがて十全な備えが済んだ時、貴族への復讐を決行しました。

 魔法学園入学に向けて箔を付けたい、などと愚にも付かない理由で凶行に及んだあの貴族子息は、手足の先から少しずつ魔獣に食わせました。

 共に屋敷に住んでいた者達も、残らず殺しました。

 ですが、ワタシの怒りはまだ収まりません。

 貴族だけがこれほど力を持った元凶、格差社会の根幹たる“魔王”を殺すまでは止まれませんでした。

 故にそれからも戦力拡充に努めていたのですが……先日、魔獣を本に閉じ込められる司教が何者かに殺害されました。

 各地の騎士団の監視の目が強まる中、彼の力なくしてこれ以上の勢力拡大は困難。

 三日三晩悩んだ末、全てを賭ける覚悟で単身での襲撃に臨んだ次第です…………かっ、はぁっ、はぁはぁはぁ……ワタシは、何を喋って……っ?」

「ふん、下らんな」


 恐らくは“魔王”の魔法だろう。

 魔獣教教祖のリーセスとかいう彼女は、ここに至るまでの経緯を一息に話し切った。


 けどそれを聞き出した“魔王”の反応は淡泊なもの。

 興味の欠片もねぇ声音で答えた。


「陛下っ、ご無事でございますか!?」

のろい。賊の侵入を許し余の手を煩わせておいて何が騎士か。我が帝国に弱者は不要ぞ」

「めっ、面目次第もございませんっ」


 そこへ駆けつけたのはさっき城壁前に居た兵士達。

 顔が汗でびっしょりなのは急いで来たからってだけじゃねぇだろう。


「魔獣は屠り、主犯は捕らえた。後日、余が直々に沙汰を下す。抗魔牢に連行せよ」

「「「ハッ」」」

「くっ、〖スキル〗も使えないっ!? こ、このっ、離しなさいっ」


 威勢よく返事をして兵士達の半数が教祖リーセスを運んで行った。魔法で身動きも封じられてるし、他の協力者も来てねぇみてぇだし、彼らに任せたんで大丈夫だろう。

 手持無沙汰だったので何とはなしに彼らを見送っていると、


「──して、其処な包帯の者。汝は何者だ?」


 と、“魔王”が訝しげな声を上げた。

 マズイ。さっきも兵士に声掛けられて困ったってのにっ。

 混乱するオレへの助け舟は、意外なところからやって来た。


「その者は冒険者でございます。先程、城壁の外に現れた〖凶獣〗達を一撃で葬り、あの女を追って来たのであります」


 さっき城壁前で話してた兵士さんがフォローしてくれたのだ。

 心の中で感謝しつつ無言でコクコク頷いておく。


「ほう……誠のようだな。なるほど、〖マナ〗を隠しているのか」


 “魔王”の両目がオレを見据える。

 榛色の瞳は、彼自身の存在感とは裏腹にとても無気力に見えた。


「〖凶獣〗を倒したと言ったな。なれば褒美を取らせよう。余の後に続くことを許す」


 口にしたその言葉にも賞賛の感情はなく、ただ形式的に喋ってるだけって印象だ。

 とはいえペコリと頭は下げておく。

 “魔王”一行はオレの態度になど目もくれず、帝城の方へと行進を再開した。礼儀とか分からねぇのでその最後列にトコトコ付いていく。


 無礼だって咎められねぇのはラッキーだけど、何だか不気味である。

 こんな簡単に不審者を城に上げちまっていいのかな、と思いつつ歩いていると頭の中に声が響いた。


『応答しなさい。今、どこに居るのです?』

『あっ』


 それは賢人の通信だった。

 ゴタゴタに気を取られすっかり忘れていたが、帝都には二人と一緒に来たのだった。


『あー、その、カクカクシカジカでして──』


 〖念話〗を使い、これまでにあったことを手短に話す。

 聞き終えた賢人はしばし沈黙した後、声を絞り出した。


『……………………予定とは違いますが、“魔王”と対面できたのであれば僥倖です』


 苦々しい様子の彼女から合流のための手順等を指示してもらい、オレは帝城への道を歩むのであった。


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