第173話 帝都

「──魔獣だあああああぁぁぁっ、帝都に魔獣が出たぞおおおぉぉぉぉぉっ!!」

「「「っ!?」」」


 叫びが聞いたオレ達は慌てて周囲を見回した。

 けど裏路地にはオレ達しかおらず、人間がやって来る気配もねぇ。


 一体どうしたことかと首を傾げるのと時を同じくして、地面が震え、人々の悲鳴と建築物が破壊される音が響いた。


『〖超躍〗! ……嘘だろ、なんで街に魔獣が居やがる!?』


 己のことは棚上げして驚愕する。

 空高く跳び上がったオレが見たのは、街の中央目掛けて進撃する魔獣の群れだった。中には一体、〖凶獣〗も紛れている。


 帝都の中央には“魔王”の住まう帝城があり、そこを囲うようにして貴族区が、さらに外側に平民区が、という配置だ。

 現在魔獣達が居るのは平民区と貴族区の堺。区を隔てる城壁に向かって攻撃を加えている。

 さっきの震動もこれが原因だろう。


「(状況は分かったけど、なんでいきなり現れたんだ?)」


 不自然な点は多い。

 例えば群れを構成する魔獣。群れの中心となっているのは〖凶獣〗だが、〖豪獣〗以下の種族に統一性はなかった。


 それから街の被害状況。外から魔獣達が侵入したのなら進路に破壊跡が残っているはずだが、ここまでやって来た痕跡はさっぱり見当たらねぇ。

 これじゃあまるで、誰かが魔獣達を転移させたみてぇだ。

 けどポーラ以外にそんな魔法が使える奴がいるとは考えにくい。


 それに、魔獣達が一致団結しているのもおかしい。

 魔獣同士に連帯意識なんてまずねぇし、野生で出会ったら戦うか逃げるかのどっちかのはずなんだが。


「(……うん? あれ、なんかこんなシチュエーション前にも……っと、そんな場合じゃねぇよな)」


 幸い、攻撃が城壁に集中してっから死傷者は見当たらねぇが、これからもそうだとは限らねぇ。

 今見えるだけでも兵士が集まって来てるし、放っといたら彼らの誰かが犠牲になるかもだ。


 取りあえず今見た光景を裏路地の二人に伝え、オレは貴族区の方に駆ける。

 屋根から屋根へ跳びはねるように、しかし実際はアーティファクトの力で飛行していると、城壁前広場にはすぐに辿り着いた。


 舗装されていたはずの地面が攻撃の余波でボロボロになっていたが、倒れてる人は見当たらねぇ。今の内に一掃しちまおう。

 魔獣達は城壁に取り付いていて、オレの攻撃力だとうっかり穴を開けちまいそうだが……こういう時に持って来いの〖スキル〗がある。


「(〖挑戦〗、それから〖焦がしの至宝〗)」



~スキル詳細~~~~~~~~~~~~~~

焦がしの至宝 〖スキル〗所持者を視認中の生物を対象とし、〖スキル〗所持者への攻撃意思を激しく引き出せる。〖スキル〗所持者が殺害された時、殺害者が収奪できる〖魂片経験値〗を劇的に増加させる。自身を視認している生物を対象とし、距離に応じた熱ダメージを与えられる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 〖焦がしの至宝〗は〖王獣〗になった時に得た、〖蠱惑の煌めき〗の上位〖スキル〗だ。

 対象の注意を引くっていう従来の効果に加え、新たな力が備わった。

 それこそがこの、


「「「ギシャアアアアァァァッ」」」

「(燃えろ)」


 燃焼の力である。

 敵愾心を煽られ、オレへと襲い掛かって来ていた魔獣達が、一斉に燃え上がった。


 彼我の近さに応じて火力の上がるこの効果は、最も〖スピード〗が高く最も近くに居た〖凶獣〗にこそ効果覿面。

 その場で転げのたうち回る程のダメージを与えた。


「(【栄枯雷光輪廻】)」


 そうして城壁から引き剥がし動きを止めた魔獣達の命を奪う。

 曲がりくねった軌道の雷は、それ一本で全ての魔獣を貫き即死させた。

 街中に突如現れた魔獣達は、それだけで全滅したのだった。


「(ふう、これで一件落着か。にしてもこいつらは何だったんだ……?)」


 しげしげと亡骸を見てみるも分かることは何もねぇ。

 そこへ声が掛けられた。


「途轍もない雷撃魔法だな、思わず魅入ってしまったよ。その奇異な装い、冒険者だろう。名は何と言う?」


 その人物は兵士の一人だった。

 高い城壁から飛び降り、近寄って来る。


 実直そうな面持ちで、敵意とかは感じねぇ。冒険者には変な恰好の奴も多いって聞くし、その同類と思われているらしい。

 魔獣の突然の発生について何か知らないか、事情聴取をしたいだけなんだろうが……それは困る。

 何せ〖擬態〗じゃ発声器官は再現できてねぇ。


 スラとしか喋れねぇし、そもそもこっちの世界の言語も知らねぇ。

 最初の内は賢人達に代弁してもらう予定だったが、当てが外れた。〖念話〗を使っても怪しまれねぇ理由を考えねぇと。


「………………ス」

「す?」

「っ!?」


 無言に耐えかねて声を漏らしたその時、ここから一キロ程度離れた場所で、一羽の鳥の〖凶獣〗が城壁を飛び越えた。

 次いで響くのは澄んだ破裂音。空中に張り巡らされた障壁が破られた音か。

 兵士が振り返るより一足早く、オレは駆け出す。


「くっ、こちらは陽動だったか!」


 他の兵士達もそちらに向かっているが、絶望的に時間が足りねぇ。

 城壁の上で警戒に当たっていた兵士は最初の襲撃への対応で数を減らしており、鳥魔獣を止めるには戦力不足。


 だが、オレなら間に合う。

 セーブした〖スピード〗ながら、この場の誰より速く城壁を走破。

 そのまま飛行する鳥へと飛び掛かろうとして、


「(なっ!?)」

「………………」


 鳥の背に人が居るのを見つけ、たたらを踏む。

 大きな隈のある、憔悴した女だった。

 左目は眼帯に覆われており、右目だけでとある一点を凝視している。


「(…………っ!?)」


 その視線の先には、異様な一団。

 外縁を歩くのは、機能性よりも格式を優先したような、儀仗兵みてぇな人間達。

 彼らの中心では、騎士とも祭司ともつかない衣装の、仮面で顔を隠した者達が、煌びやかな神輿を担いでいる。


 そして神輿の上には清らかな白銀の玉座と、そこに腰掛ける男性が一人。

 白髪の混じった頭髪から初老であると推測できる。


 彼らを見物していたと思しき人々が城の方に逃げ出しているのに対し、その一団はまるで動じていない。

 背後の魔獣になど気付いていないかのように、足並みを揃え悠々と練り歩いていた。


「──っ!」


 女は奥歯を噛み締めると、懐から数枚の紙束を取り出し、一息に破り捨てた。

 そして破られた枚数と同じだけの〖凶獣〗が出現。

 魔獣らしからぬ連帯感で、神輿に向かって一斉に襲いかかる。


 その様子を見ても、オレは動こうとはしなかった。

 そんな気すら起きなかった。


 なぜならば、そんなことは不要だと理解していたからだ。


「行きなさい! あの者に天誅を──」

「騒々しい」


 神輿の上の男性がよく響く低い声で告げ、背を向けたまま魔法を行使した。

 ただ、それだけで全てが終わっていた。

 突如現れた〖凶獣〗達も、そしてその後ろで何やら魔法を放とうとしていた女も、まとめて動きを止めてしまう。


 さながら動画がフリーズしたみてぇな不自然な停止だ。

 空中に居た者はそのまま空中で止まり、明らかに転びそうな体勢の者も固められたかのようにピクリとも動かねぇ。


 初め、“極王”の時間『凍結』のような能力かとも思ったが、魔獣達からは戸惑ったような感情が伝わって来る。

 何かもっと別の作用で停止しているようだ。


「汝らの身に余る不敬、その命で以て贖うが良い、〖オーダーエグゼキューション〗」


 玉座の男の声は、張り上げられている訳でもねぇのに不思議とよく通る。威厳、みてぇなものが籠っていた。

 そしてその声が響くや、魔獣達の体が動き出した。


 いや、動いたってのは正確じゃねぇ。アレは、倒れたのだ。

 玉座の男性は今、新たに魔法を使った。それの効果によるものだろう。

 複数体の〖凶獣〗が、なんの抵抗も出来ずに即死させられていた。


 そこで神輿の進行が止まり、ぐるりと女の方に方向転換する。


「よもや此れしきの手勢で余に挑んだのではあるまいな? あまりにも杜撰で稚拙。此度の襲撃は──」

「(あぁ、やっぱりか)」


 その圧倒的な魔法を見て、確信する。

 彼の姿を一目見た瞬間から分かっていた。この冠絶した存在感は、


「──余を“魔王”と知っての狼藉か?」


 ノヴァ・エスペラス・オ-ダー。この大陸を支配する帝王その人であると。


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